愕然・・・リリアは、ある一軒の家の軒先で立ち止まり、信じ難い光景を目の当たりにして―――ただ・・・愕然、呆然としていました。

 

(かつ)て―――自分の国・・・オデッセイア国で催された武闘大会で自分を(やぶ)り、不敵なまでの「挑戦状」を叩きつけた、

まさに好敵手と呼ぶに相応しい男を目の前にしながら・・・リリアがそうせざるを得なかったのは、どうして―――?

 

苦節5年を掛け、ようやく見つけ出した、この男の()()・・・

 

これで、借りを返すことが出来る―――

あの時、この自分に見向きすらしないで、オデッセイアより去ったこの男を―――

()かし・・・今度こそは、自分を一人の女として認めさせてやるのだ―――

 

リリアは、5年前にこの男が自分を()かした際に云っていたように、真剣で勝負を挑み、

改めて自分の伴侶となるよう告白するため、この男の()()の軒先まで来ていました。

 

今度こそは・・・と、勝てる自信を胸に秘め、この男に止めを刺す前にこう云うのだ―――

「これで、あの時の借りは返したぞ・・・そして今度はお前の番だ―――」

「私の下へと来い・・・いえ―――来て下さい。」

「そして、私と共に末永く・・・永遠の愛を―――」

 

その言葉は、云ってしまえば月並みなモノであり、本来なら男性が女性に・・・と、云う感もしなくはないのですが―――

そこは、このリリアの本来の性格と云うべきか・・・どうしても男前な部分が出てきてしまうのです。

 

けれど―――それも、今となっては僅かな時間だけ・・・

今まで、夢にまで見てきた淡い妄想は、辛くも厳しい現実の(もと)に打ち砕かれようとしていたのです。

 

それと云うのも―――・・・

 

 

 

リ:・・・莫迦な―――?

  何を・・・している―――冗談だろ??

  なぜ・・・お前が・・・この私を(やぶ)った事のあるお前が―――・・・

  どうしてなんだ〜〜・・・応答(こた)えろ・・・(たける)!!

 

 

 

5年前―――リリアの故国、オデッセイアにて催された武闘大会に出場し、決勝で見事リリアを(やぶ)った者の名―――それが「(たける)」でした。

けれどもリリアは、自分の宿敵・好敵手の現在のあるべき姿に愕然―――落胆してしまっていたのです。

 

自分を(やぶ)った当時は、筋骨隆々で―――まるで直接肌に鋼の鎧を着つけているかのような印象だったのに・・・

そこに・・・この家の床に、煎餅布団を敷いて寝ていたのは・・・

 

病に負け、骨と皮のように痩せ衰えた男が一人―――いるだけなのでした。

 

それに・・・彼―――(たける)(なにがし)の病状は殊更に重いらしく、あれだけ耳元でリリアが騒ぎ立てても、閉じた瞼は開くことすらなかったのです。

 

―――と、云うことは・・・リリアがこの家を突き止める寸前に・・・「死」?

・・・か、と思いきや―――

 

 

 

驍:誰・・・だ―――そこ・・・に、いる・・・の、は―――・・・

リ:(目が覚めた?!)

  私だ・・・覚えているか―――5年前、お前に(やぶ)れたリリアだ!

  さあ・・・今こそ、お前との約束―――果たさせてもらうぞ!!

 

驍:誰・・・? 約・・・束―――?

リ:惚けるな・・・忘れたのか!?

  お前は・・・大会で私に勝って優勝した後、私宛に伝言を残したのだろう・・・

  「オレの名は 千極(せんごく)(たける) ・・・今日の敗北が悔しかったら、いつでも来い―――相手になってやる・・・。」

  ―――だから私は、お前の棲む処を突き止め、ここにこうして会いに来たんだ!!

 

 

 

リリアの殺気―――か、闘気を感じたのか、今まで昏睡していた男は薄目を開け、自分の近くにいる者を必死になって見ようとしました。

けれども・・・長い時間、病に蝕まれていた為か―――返す言葉もたどたどしいまま・・・

そんな彼に、自分がここまで辿り着いた経緯を、リリアは話してみせたのです。

 

すると・・・またもたどたどしい言葉で―――

 

 

 

驍:フ―――フ・フ・フ・・・そいつは・・・御大層な・・・ことだ・・・な。

  だが・・・オレは・・・見てくれの・・・通り―――残念・・・だ・・・が、希望・・・には・・・添えて・・・やれ・・・な・・・い。

  済まぬ・・・な―――

リ:おい・・・しっかりしろぉ―――! なに・・・病なんかに負けてるんだ!!

  お前を負かしてやるのは・・・病なんかでなくてこの私―――私の剣でないとダメなんだ!!

  それに・・・見ろ―――お前が望んでいたように、「真剣」―――真剣勝負なんだぞ・・・だから・・・な?!

 

驍:真・・・剣―――? そう・・・云えば・・・産まれ・・・て・・・この方・・・そんな・・・モノは・・・握ったことが・・・なかったな・・・。

リ:(え・・・?) なんだって・・・でも、あの時―――

 

驍:フ―――フッ・フッ・フ・・・お笑い草・・・じゃねえか・・・お前に・・・格好のいいこと・・・云っときながら・・・

  手前(てめえ)は・・・真剣すら・・・握ったことのない―――道場剣法・・・だったの・・・さ・・・。

 

 

 

「そんな・・・そんなことって―――!」

5年前、自分を打ち負かした相手の、全容が今ここで明らかとなりました。

 

なぜ―――模造の木の刀剣で、あの様な真似が出来たのか・・・

それは、模造の木の刀剣での修業だったからこそ、出来た芸当―――

つまりそこには、「利点」も「不利点」も心得ていたからこそでもあったのです。

 

それに彼自身・・・ふらりと立ち寄った街で、殊更ながら祭り上げられているお調子者が鼻に衝いたから、

一度自慢の天狗の鼻を、ぽっきりと折ってやろうとしたから・・・なのかもしれない。

 

けれども今は―――・・・

 

屈強な彼も、旅の途中で流行り病を貰い・・・完治しないままに時を過ごし、今ではもはや虫の息の有り様。

 

それに―――語り終えて暫らくすると、口の中が渇いてきたからなのか・・・急に咳き込んでしまう(たける)―――

どうしても止まらない―――もしかすると、このままでは血まで吐きそうな勢いに・・・ただうろたえてしまうだけのリリア。

 

けれど、そうしているうちにどうにか咳は治まり、(おもむろ)に何かをしようとする(たける)―――

最初は、彼が何をしたいか判らなかったリリアも、次第に・・・彼が戸棚に置いてある薬剤を呑もうとしていることに気付いたのです。

 

そのことに―――(たける)に代わって、薬剤を取ってあげるリリア・・・

 

自分が認めた男は・・・ここでこうして虫の息―――

これでは・・・これまでの5年間は何だったのか―――

 

そのことに、悔しいやら腹の立つやら・・・リリアの(なか)で、感情が複雑に入り混じってきたのです。

 

そんな(なか)―――リリアの眼の端に、この家の一角に立て掛けられている一本の木刀が、飛び込んできたのでした・・・。

 

 

 

リ:・・・あれは―――

驍:あれが・・・オレの総て・・・だった―――あれ・・・を・・・取られて・・・しまったら・・・オレに・・・残る・・・モノ・・・は・・・・・・・何も・・・な―――・・・

 

リ:・・・(たける)? (たける)―――! しっかり・・・返事をして!?

  そんっ・・・な―――・・・(たける)! (たける)・・・ (たける)〜!!

 

第十話;遂げることの莫き―――この想い・・・

 

折角―――症状が軽くなる薬を服用した・・・はずなのに、千極(せんごく)(たける)は・・・リリアの膝の上で、その短い生涯を閉じてしまいました。

 

それにリリアも・・・折角―――自分が認め、居場所を突き止めたとしても、万事が後手だったことに気付き、その悔しさに涕に暮れたのです。

 

そう・・・リリアは―――泣きました・・・。

 

自分にとって、これ程縁遠く、似つかわしくもない感情がこんなにも溢れていたとは―――・・・

そしてそれは、一日でも早くに彼を見つけ出し、病の床から解放してやれなかったことを悔やむ思いでもあったのです。

 

 

それから程なくして、家の外に待たせてある二人に声を掛け・・・

 

 

 

ラ:お嬢・・・

市:リリア―――さん・・・

リ:二人とも・・・ゴメン―――手伝ってくれないかな・・・

 

 

 

この家の(なか)で何があったのか―――二人には判っていましたが、敢えてそれを聞こうとはしませんでした。

それもそのはず・・・今一番辛いのは、リリア自身なのですから。

 

それに、見た処・・・驍は一人住まいで、身寄りの者もいない―――

だから彼の最期を看取った者の役目として、リリアは(たける)を葬ってやることにしたのです。

 

そして―――盛大な炎に彼が包まれる中・・・

リリアは堪え切ることが出来ず、またも声をあげて泣きました。

 

どうして・・・早く探し出してやれなかったのだろう―――その想いだけが、悔いとして・・・

 

 

明くる朝―――(たける)愛用の木刀を墓標替わりに塚を造り・・・でも今度は、何の当てのない旅が・・・リリア達を待ち受けていたのです。

 

 

 

 

=続く=

 

 

 

 

あと