「今までの・・・この5年間の旅は、私にとって何だったんだろう―――・・・」
リリアが、自分の国であるオデッセイアを出奔してまで、その存在を追い続けてきた人物―――千極驍は・・・
リリアがやっとの思いで見つけ出した時には、生死の境を彷徨っており、儚くも・・・リリアに看取られながら彼岸へと旅立って逝ってしまったのです。
こうして―――当初の旅の目的を見失ってしまったリリアにとって、最早そこには虚しさだけしか残ってはおらず、
現在もサライ国のとある町の茶店に腰かけたまま、虚空の彼方を見つめ―――鬱な溜息ばかり吐いていたのです。
そんな彼女の無念さを判っていたからなのか、一緒に旅をしてきたラスネールや市子も、今はただリリアをそっとしておいてあげることしかできませんでした。
それに・・・正直、リリアは苦しかったのです―――
確かに、驍という男は、生涯を賭けての宿敵ではあったけれども、別の何か・・・
胸に痞えている蟠りの原因が、この時のリリアにはまだ判ってはいなかったのです。
「判らない・・・この胸の痞え―――」
武芸を極める為に、これまで幾人も相手にしてきましたが・・・一人の男の死に直面し、これほど苦しい思いをしたことなど、今まで一度たりともありませんでした。
「私は・・・一体何をそんなに気にしているのだろう―――」
「私は・・・何を驍に求めていたのだろう―――」
何をする気も起らない・・・
本来ならば、旅の目的が消失してしまったのだから、オデッセイアへと戻るのが筋なのだけれど、
解明の出来ない・・・今の自分が抱えている、この謎の苦しみのために、随分と無駄な日にちを費やしてしまったものだったのです。
そして・・・今日もまた、なんの意味のない一日の始まり―――・・・
一刻も早くこんな怠惰な時間を切り上げ、国へと戻らなければいけないはずなのに・・・
そんなことは判っている―――どこをどう曲げた処で、リリア自身はオデッセイアと云う国家の姫君・・・
云うなれば、既に将来の身分を約束され、何不自由しない暮らしが出来る―――・・・
けれども、今となってはそのこともリリアにとっては「枷」であり、また怠惰そのもののように感じてさえいたのです。
「そう云えば・・・昔はよく城下のガキ共と遊んだものだ―――」
リリアにとっての幸せな時間と云えば・・・まだ自分が国家の姫君だとさえ知らない幼少の砌でした・・・。
あの頃は、誰彼分別することなく、陽が落ちるまで野を駆け―――川や池・湖で、はしゃぎ回ったものでした。
けれども・・・時が過ぎ、ある程度成長していくにつれ、自分の「身分」と云うモノが判り―――
昔からの馴染みも、次第と付き合いが疎遠となり・・・孤独となる侘しさを味わったモノでした。
それでも、斯く云うサライ国の女王ソフィアや鉄腕宰相ギルバートなどは、幼かった頃からの馴染みでしたが、
彼らの身分を見ても判るように、昔からのリリアをよく知り、今なお交流し続ける数少ない人物ではあったのです。
「このまま・・・山賊にでもなって、そこで顔も知らない奴に殺されてしまうのもいいかもしれない―――」
怠惰な時間は、リリアの内なる精神を蝕み始め、感情でさえも捻じ曲げて、既に頽廃の域へと達しようとしていました。
そしていつか―――ラスネールがふざけ半分に云っていたことを、口に出してしまうのです。
そんな不届きなことを、間近で聞いて黙っていられない存在は―――・・・
市:―――リリアさん? あなた・・・本気でそんなことを・・・?!
リ:ああ・・・本当だよ。
もう、生きていてもつまらない―――
そうだ、市子・・・あんたになら私の馘をやるよ、そいつで手柄にしな―――・・・
そこには・・・完全に生きている価値を見失っている者がいました。
そのことは、座頭である市子にもひしと伝わってきました。
「いつも感じている、この人の覇気が・・・今はもう感じられない―――」
恐らくその時、本当は目が見える市子が目を見開き、リリアの姿を見れば必ずやこう述べたに違いはありません。
「生きる気力を失った者の眸―――『死んだ魚の眸』・・・」
そこには嘗て、身体より立ち昇る闘気が感じられたモノだったのに、今ではその片鱗すら感じ取れない・・・
剩・・・先程のあんな言葉―――
いつからこの人は、「生ける屍」になってしまったのか・・・
そのことが、市子にとっては最も残念なことのように思えてならなかったのです。
第十一話;影を慕いて
けれどもこの時―――同時に転機は訪れようとしていたのでした。
それは・・・偶々―――リリアが何の気なしに茶店の窓から外を眺めていた時・・・
どこかで見たことのあるような背丈に―――風貌・・・
そんな男が、この町の路地を横切ろうとしていました。
それにリリアは、その風貌をした男に最近会い・・・だからこそ、忘れるはずもなかったのです。
そう―――彼の臨終に立ち会い、自分を哀しみに暮れさせたあの男・・・
リ:―――驍??! あそこにいるのは・・・でも、まさか―――
既に死を迎えている者の名を叫び、本能の赴くままに茶店を飛び出し、謎の彼の後を追いかけるリリア・・・
今、リリアは謎の彼の姿しか見えてはいない―――
急に口走ったリリアの言葉を訊き返そうとした市子の声も―――
制止させようとしたラスネールの声も―――・・・
況してや、勢い余ってぶつかってしまった男の客がいたことなど、気付くはずもなく―――・・・
しかし、慌てて飛び出してしまったため、すぐに謎の彼は見失ってしまい、途方に暮れてしまったのです。
亡くなってしまった彼・・・驍に良く似た謎の彼は――― 一体何者・・・?
そう思いながら、謎の彼を探索しようとした矢先に・・・
男:おい―――
リ:あっ―――驍?! いや違う・・・お前は誰だ!
男:なんだと―――他人の肩にぶつかっといて、なんなんだその言い草は!
それに・・・お前が云っている科白は、こっちのことなんだよ!
リ:そいつはすまないことをしたな・・・。
でも、こっちも気を取られていたことがあったんだ、許してくれ。
男:それが謝る態度か! うぬぅ〜〜もはや許せん―――!
リリアの行く手を阻んだ男五人―――
しかもその内でもリーダーと見られる男が、先程リリアが慌てて茶店を出ようとした際にぶつかってしまった当人の様で、
納得のいかない態度を取り続けるリリアに対し、業を煮やしつつあったのです。
それより・・・リリアを囲む男達も、どこか一風変わった雰囲気―――
たった五人とは云えど、誰一人として気が抜けない・・・隙と云うモノを見せなかったのです。
只者ではない・・・そのことは、一介の武芸者でもあったリリアも判ったものでしたが、
如何にせよ今は白昼堂々―――それに町のメイン・ストリートでもあったため、騒動に観衆の目は注がれてしまっていたのです。
すると・・・そんな殺伐とした空気の中―――
謎:済まぬが・・・そこをよろしいかな―――
男:むっ? 何奴―――
リ:あっ・・・お前は―――
一人の婦女子を囲む男達を窘めるかのような声が、リリアの背後からしてきた―――
その声に反応し、そちらを振り向いてみれば・・・そこにいたのは、先程リリアが見失った謎の彼―――
体躯はあの驍よりがっしりとし、顔つきも驍より精悍そのもの・・・
いや―――それよりも・・・
そう・・・リリアが見間違うのも無理がないほど、この謎の彼は驍にそっくりだったのです。
だから・・・謎の彼も、ついその名で呼んでしまうリリア―――
リ:驍・・・? お前は・・・驍―――?!
けれど・・・しかし・・・謎の彼からの返事はありませんでした。
とは云え、それは無理もないことだったのです。
それと云うのも・・・既にその場は「必殺の地」―――
それに、リリアを取り囲んでいた連中も、その男を見つけるや否や、腰に佩いていた刀剣を抜き―――・・・
刺:ふ・・・ふ・ふ・ふ―――ようやく見つけ出したぞ・・・今まで随分と手古摺らせてくれたな!
謎:拙者を追ってこんなところまで来るとは・・・そなたらの根性、見上げたものよ。
リ:うん? こいつら・・・私を追っていたのではなかったのか?
謎:いかにも―――その通りよ・・・こやつらは、拙者を追ってここまで来た・・・刺客共さ。
リ:しかし・・・なぜ―――
謎:フ・・・簡単なことよ、拙者が以前までいた国―――即ち拙者の郷里にて、少しばかりこの者達の仲間を多く斬り棄ててしまったモノで・・・な・・・。
そう―――この五人もの男達は、最初からリリア目当てなどではなく、この謎の彼を追って・・・この町まで来ていたのです。
けれど偶々―――リリアがこの男達のリーダーにぶつかり、ひと悶着になろうとしたところに・・・
思いもよらず、標的自ら姿を現してきたことに、刺客達は鋭い牙を剥き出しにしてきたのです。
=続く=