この人は・・・図らずも報われぬ「戀」をしている。

そのことを・・・この人自身は、判ってはいない―――

 

もし・・・判っているとするならば、これは「悲劇」に相応(そうおう)しいが―――

判ってはいないのだから、そこに残るのは更なる悲劇となってしまう。

 

古今を通じて、対戦相手―――それも「宿敵」と云う、云わば怨恨から芽生え始めた恋愛感情ほど、

複雑に絡まり合い・・・悲劇中の悲劇になってしまうとも云えなくはありませんでした。

 

しかも、お互いに臨戦態勢に入っており、自分如きが中に割って入った処で無駄死にをするだけ・・・

それにしても、どうしてこんなことになってしまったのだろうか―――・・・

市子の抱く疑問は、最早その一点に集約されていました。

 

そんな市子の思いとは裏腹に―――両者の緊張の糸は、極限にまで張り詰められ・・・

 

 

 

リ:征くわよっ―――覚悟ぉおおっ!

蓮:―――――――――!!

 

 

 

とうとう・・・始められてしまった「死合い」―――

この両者の闘いは、「仕合う」などと云うような、(なま)(ぬる)い・・・また、生易しいものではなく、

お互いの生死を賭けた「死と見合う」こと・・・

 

しかもお(あつら)え向きに、両者は相手しか見えなくなるほど集中しており・・・

それが悲劇の結末―――

 

この死合いの後、どちらかが死ねば―――いずれにしろ、また無用な禍根が残ってしまう事となる。

 

けれど、無意識のうちに「戀」をしてしまっている乙女に、果たして勝ち目はあるのでしょうか。

 

そんな市子の心配をよそに、両者の(せめ)ぎ合いは次第に激しさを増していき・・・

 

 

 

リ:さぁっすが―――中々やるわね!あんた!!

蓮:お主こそ・・・拙者が肌に粟を覚えるなど、久方ぶりの事にござる。

 

 

 

自分が携えるロング・ソードを意のままに操り、一撃・・・一撃・・・と、(はや)さ、鋭さ、重さなどを増していくリリアの剣―――

けれど相手の蓮也は、未だ鞘から抜刀すらせず、防戦一方―――なのですが・・・

それはただ単に手が出せないのではなく、敢えて出さないでいるだけ―――

 

素早く踏み込んでくるリリアの動作を見切り、必殺の斬撃を見舞う―――

それが彼と、彼の兄が修得した流派・・・「千極流」の極意でもあったのです。

 

 

それにしても・・・あれから随分と時間が経ったと云うのに―――決着は中々着きそうにありませんでした。

 

リリアの打ち込みは、もうすでに数十合を越えているのだろうに・・・未だ衰えるところを知らない―――

またそれは、強力な彼女の斬撃を、総て真正面(まとも)に受け切っている蓮也にしても同じ事が云えました。

 

とは云え・・・このままでは決着がつきそうにない―――と、そうした時・・・

ラスネールは、リリアの身に起こったある変化を、見逃さずにいたのです。

 

第十四話;鬼眸(きがん)

 

ラ:うん―――?

  フフ・・・フフフ・・・こうもまだ陽が高いと云うのに―――それが(あらわ)れるとはなぁ・・・お嬢。

 

蓮:ぬんっ?! お主・・・その眸は―――?!

 

リ:フフフッ・・・私はなんだか嬉しいよ―――

  嘗てあんたの兄に敗れ・・・再戦を果たそうとした時、あいつはもう闘える身体じゃなかった。

 

  ―――けどさぁ! そんなあいつよりも、あんたは確実に強い!!

  その事は、一番私が感じている・・・

  あんたの兄―――そしてあんたと・・・二人の剣を交り合わせた事のある、この私が云うんだから間違いはない!

 

 

 

リリアは・・・いわゆる「色素変調症(ヘテロクロミア)」―――

その事は、以前のお話しでもしたように、「右が(エメラルド・グリーン)」で「左が(ピジョン・ブラッド)」―――・・・

でも、そのタイミングは陽の落ちた頃合いに―――だったのですが、しかしこの時にはまだ陽は高く、それでもリリアの眸は変調していたのです。

 

それともう一つ・・・リリアの変調には、まだ語られてはいない―――秘密がまだあったのです。

しかもその秘密とは、もしかするとリリアの身体には、ある者の血が流れているのでは―――と、云うような、疑いすら出てきそうな要素を(はら)んでもいたのです。

 

その時のリリアが、まさにそうでした―――

強い相手と心ゆくまで闘える・・・そんな闘争を好む性格が反映されたからなのか、陽が落ちないと(あらわ)れなかった特徴が、顔を覗かせてしまったのです。

 

 

 

市:(・・・! この・・・雰囲気は―――!)

 

 

 

人一倍感覚が鋭敏だった市子が、僅かながらにリリアの身体から漂ってくる異変に気付き始めました。

 

今まで感じていたのは―――人間の気・・・

しかしこれは―――鬼の気・・・?

いやしかし―――そんなまさか・・・

 

大国オデッセイアの王家、第一王位継承者でもあるリリア=ディジィ=ナグゾスサール・・・

その彼女が、鬼=悪魔と、なんの関わりがあるのか―――と、そう思い、

市子は心配のあまり、閉じていた両眼を開き―――そして見てしまったのです。

 

 

 

市:リ―――リリアさん・・・その眸は?!!

 

 

 

リリアは―――ヘテロクロミア・・・

この色素が変調する症状の(なか)で、極稀に珍しい・・・しかも変わった変調の仕方をする者が、一億人に一人の割合でいました。

そしてリリアが―――その内の一人・・・

 

けれど当時、まだ世に「神」や「悪魔」・・・更には「魔女狩り」や「魔女裁判」なるモノまで横行―――常識と考えられていた時代には、

世間にそんな者がいると知ったら、人々はどんな風に反応するのか―――

恐らく・・・予想に反することなく、一様にこう思う事は間違いなかったでしょう。

 

「鬼や悪魔のようだ」・・・と―――

 

それに、そこで市子は動かぬ証拠を見てしまったのです。

 

確かに―――リリアのヘテロクロミアの一段階目は、先程の説明そのまま・・・

けれど更に次段階の変調を経て、彼女の雰囲気が一変してしまった・・・

 

では、この度リリアの眸に起こった、更なる変調とは―――・・・

 

 

 

蓮:瞳孔が紅い・・・そなたは鬼か?!

 

 

 

「まだ・・・早い―――あの段階に至るまでは、まだ時間を要したはずなのに・・・」

「それとも・・・闘争相手の相性―――巡り合わせが良かったのか・・・?」

「いずれにしろ―――経過観察はこれで終わり・・・こちらも動き出すこととしようか。」

 

リリアと蓮也の死合いを、高見から見物していた存在はそう思いました・・・

つまりその存在も、この死合いを愉しみにし―――しかも、このリリアの隠された特徴をも知っていたとも云えたのです。

 

それはそうと―――このリリアの眸の変調を、遠目で見ていた者は・・・

 

 

 

ラ:お嬢―――なにをしている! それに、どうしたと云うんだその眸は!!

 

 

 

今まで一緒に旅をしていたラスネールでさえ気付かなかった・・・

彼が知っていたのは、第一段階の変調のみ・・・

 

そう―――リリアと長い付き合いである彼でさえも、次段階の変調を見るのは、今回が初めてだったと云うのです。

 

しかし―――それにしても、現在のリリアの眸は鬼気を(はら)んでいました・・・。

第一段階の変調で、左眼の虹彩が紅くなってしまったのはそのままに―――

第二段階にもなると、最初は変わらなかった右眼の虹彩が「闇色(ダークナイト)」に染まり、更に瞳孔が「(クリムゾン)」に染まっていたのです。

 

この第二段階の変調こそ異様・・・異様にして妖しく光り輝いていた―――

だからこそ「鬼(悪魔)のようだ」・・・と、思われてしまっても仕方がなかったのですが―――

当のリリアからしてみれば―――・・・

 

 

 

リ:なにをごちゃごちゃと―――外野は黙ってな!

  私達の勝負に、水を差そうとするんじゃないっ―――!

 

 

 

当人は、至って「冷静」―――

ただ、目の前の男との勝負を愉しむため、その事にだけ集中をしていたのです。

 

その一言で・・・相手の蓮也も我に返り―――

 

 

 

蓮:なんとしたことよ・・・我ながら未熟さを痛感するばかりにござる。

  よもや死合いの最中、その相手から学ぼう事になろうとはな―――・・・

 

  手間をかけ申した、いざ参られい―――!

 

 

 

相手の(かたち)に捉われてはならない―――死合いをする(なか)には、自分を油断させる為に(かたち)を変ずる者や、

意表をついて、自分達の隙を誘ってくる者達と出くわしたりするかも知れない・・・

 

兄の(たける)と、その弟である蓮也は、師であり父でもある人物から、流派の稽古の最中にそんな事を教わりました。

 

そしてそれは―――今日(こんにち)の事に総て当てはまった・・・

敬愛する兄を看取ってくれた―――ながらも、自分に死合いを申し込んできた女性・・・

リリアの変調を垣間見て、動揺してしまった感は否めなくはないけれど、再び自分に活を入れ直し・・・

自分の全身全霊、全武技を持って立ち向かおうとしていたのです。

 

 

 

 

=続く=

 

 

 

 

あと