鎧袖一触―――極限まで張り詰められた緊張は、最早その中に何人(なんぴと)たりとも入る余地を与えませんでした。

 

そして、これで終わる―――

たった5年・・・されど5年―――

 

リリアにとって、この5年間と云う時間が、長かったか短かったかは、ここでは敢えて言及しないでおきましょう。

 

とは云え、もう誰に求める事が出来ないところまで来たこの死合いも、終極の(とき)が訪れようとしていたのです。

 

 

そのきっかけは―――リリアの内部で起こっていました・・・。

 

「終わる・・・これでようやく―――」

「この私を(やぶ)った(宿敵)の弟・・・」

「その彼に勝って、私は・・・私の内に秘めたある想いを、その彼に伝えるんだ―――」

 

 

「・・・ん? 待てよ―――・・・」

「そう云えば・・・確かこの勝負は―――『真剣』・・・」

「真剣では、加減も寸止めも難しい―――」

 

「もし・・・私も、この彼も―――勢いが余って相手を傷つけ、損ねてしまった時には・・・」

 

 

リリアは―――この死合いの終極を前に、実に初歩的で・・・重大な間違いを犯してしまいました。

それは、真剣の勝負では、互いが傷付け合い・・・下手をすれば、どちらかが死んでしまうと云う事。

 

その事は判っていないわけではありませんでしたが、知る由もない・・・自分の感情に気付かないままでもあった為、

今更ながらに、その矛盾点に突き当たってしまったのです。

 

それを引き金に―――命と命の駆け引きで、絶対にやっては・・・あってはならないこと。

気持ちの揺らぎ―――集中の欠落―――

それが何を意味するか・・・お判りであろうか。

 

とは云え、自らが申し出てきた事でもある為、幕引きも当然自分がしなければならない・・・

そう思ったリリアは―――・・・

 

 

 

リ:―――フッ・・・余興はこれくらいにしておこう・・・次の一撃でお仕舞にしてやる。

蓮:よろしかろう―――ならば拙者も、全身全霊をもってお応え申し上げるまで!

 

 

 

「リリア―――さん・・・?」

その時丁度、リリアの気が揺らぎ・・・先程よりかは弱くなった気がした・・・

 

「そんな・・・リリアさんが今、迷っている―――?」

市子が心配していた事は、就中(なかんずく)当たっていました。

 

そう・・・リリアは今、何かに迷い―――またそれによって・・・性急(せっかち)に、この死合いの幕引きを行おうとしていたのです。

 

けれど・・・そんな事が、いい結果になるとは限らない―――

必ずしもあるのは、悲劇のみ―――・・・

 

そのことを察した市子は、引く事が出来ない―――互いに向けられた刃だとは知りながらも、この死合いの中止を求めようとしました。

 

・・・が―――

 

 

 

リ:覚悟ぉ―――!!

 

 

 

それよりも先に―――リリアは対戦相手の彼の下に向かって行きました。

それに呼応するかのように、蓮也の方も静かに構え・・・しかも―――

 

なんと、あろうことか、蓮也は両の瞼を(つむ)ったのです。

しかもそれではリリアとの間合いが取れず、彼女に斬り(たお)されてしまうのではないか―――

周囲(まわ)りで()ていた者達は、即座にそう思ってしまうのですが・・・

その事は同時に、リリアの方でも―――

 

「おい―――どうしてそこで眼を(つむ)るんだ・・・」

「眼を開けろ―――開けないか!!」

「・・・で、ないと―――」

 

「い、いけない―――このままではこいつを・・・」

 

「―――あれ・・・? どうして私が、こいつの身の事を心配しなければ・・・」

「―――あれ・・・? どうしてなんだ・・・この胸の(つか)えに、苦しみは・・・」

 

「・・・もしかすると―――私は・・・この人たちの事を・・・」

 

「そうか・・・そう云うことだったんだ―――だから私は、あいつ・・・()のことを追い続けていたんだ・・・」

「なんだ―――そうだったんだ・・・だから()が亡くなった後、彼の面影を宿すこの人に、それを求めたんだ・・・」

「そう云う事って―――つくづく不器用なんだな・・・私・・・」

 

今、ここに来て、最初に市子が懸念した状況となってしまいました。

そう・・・リリアが、蓮也に斬りかかって行く最中に、自分でも知らない間に抱えていたある感情―――彼らに対しての「戀」に気付いてしまったのです。

 

けれど・・・もう止められない―――されども、徐々に(しぼ)んでいくリリアの気・・・

そして、自分の必殺の間合いに、リリアが入ってきたと感じた蓮也は、閉じていた眼を大きく見開き―――

 

 

 

蓮:―――御免!

 

 

 

「ああ・・・これで良かったんだ―――」

「こんな簡単なことに気付きもしないで・・・彼らに挑もうとした私が―――莫迦だった・・・」

 

自分が抱いていた恋愛感情に目覚めてしまったお陰で、蓮也を斬る動機を見失ってしまったリリアは・・・

蓮也の必殺の間合いに入ってしまったこともあり、彼の強烈な斬撃をまともに受けてしまいました。

 

(のぞ)まない結果・・・けれどもそれは、自分が受け入れてしまった結果なのだと、(なか)ば自分に言い聞かせるようにして・・・

リリアの(なきがら)は・・・宙に舞い―――そのまま地に沈んで逝くのでした。

 

 

―――ところが??

 

 

 

市:お見事にございます、千極様・・・されど、あなた様ほどの方なら、リリアさんの変化に―――

蓮:勘違いめさるるな―――斬ってはおらぬ。

 

市:(!)まさか・・・峰打ちを―――?!

蓮:フ・・・この御仁と対峙していた拙者が、気付かぬ筈もございませんでしょう。

 

市:―――有難う御座います! 千極様!!

蓮:いや、礼を申すのはこちらの方でござる。

  久方ぶりに良い戦でござった。

 

 

 

なんと―――蓮也は、リリアを斬り臥せたわけではありませんでした。

「峰打ち」と云う、片刃刀ならではの技術で、リリアを気絶させていたのです。

 

そのことに安堵をした市子は、今度は急いで、大地に仰向けになっているリリアの(もと)へと駆け寄り・・・

 

 

 

市:リリアさん―――! リリアさん―――!! お気を確かに!!

リ:う・・・うぅ〜ん・・・―――あれ?市子??

  ―――あれ?私・・・死んでない?

 

ラ:―――フ・・・この旦那が気を利かせてくれたのよ。

  命拾いしたようだな、お嬢。

リ:ラスネール・・・そか―――私はまた・・・負けたんだ・・・

  それも、兄の驍に続いて―――今度は弟である蓮也・・・あんたに。

 

 

 

「けれども・・・今はそれが不思議と悔しくない。」

「なんでだろう―――と、思うけれど・・・ちょっと理解出来るところもある。」

「そう・・・私は―――」

 

(かつ)(やぶ)れたことのある宿敵と認めた男―――と、その男の弟に再び(やぶ)れはしたけれども、不思議とリリアの(なか)には清々(すがすが)しさだけがありました。

 

当初は、その男に対しての憎しみから始まった事ではありましたが、そこから次第に(こが)れとなり・・・

自分でも気付かぬうちに、「恋愛」のそれにまで発展してしまっていた・・・

 

しかも、その事に気付いたのは、まさに死合いの(まっ)只中(ただなか)でもあっただけに、

その事を知らないまま・・・彼―――驍の行方を追っていた自分が、正直恥ずかしく思えてきたのです。

 

けれど、気付いてしまったからには、伝えずにはおけない―――この想い・・・

だからリリアは―――

 

第十五話;手をとりあって

 

リ:あのっ―――蓮也・・・敗北者である私が・・・あんたにこんな事を云うなんて、なんて無礼で―――なんて恥知らずなんだろうかと思うかもしれない・・・

  けれど、敢えて私からの願いを―――聞いて貰えないだろうか・・・

 

 

 

そこでリリアは、本来ならば今回の勝負で自分が勝利を収めた時、敗北者となるべき男に付きつけようとしていたある条件を、

今回の勝利者である、千極蓮也に云ってみました。

 

それが・・・「これから自分の(もと)へと来てもらい、そして末永く共に暮らす事」―――・・・

 

すると、それが本来何を意味しているのか、それとなく判った者達は・・・

 

 

 

蓮:「結婚」・・・で、ござるか―――

ラ:クハハハ―――! 実にお嬢らしい。

  まさか、死合うた相手とひっつくつもりだったとはなぁ!

 

リ:・・・ダメ―――か?

蓮:あ・・・ああ、いや―――

 

 

 

先程まで生死のやり取りをしていた相手に、結婚を申し込まれてしまった・・・

蓮也24年の生涯を通じて、これ程突飛な経験は、()ずはなかったモノと見え、

リリアからのこの申し出に、流石の蓮也も虚を突かれて上手く答えを導き出せなかったようです。

 

すると―――大概(おおむね)、事態がこのようになるものだと察していた市子から・・・

 

 

 

市:千極様―――この私からもお願いを致します。

蓮:細川殿―――・・・

 

市:この方の一途な処は、あなたの兄である驍様の面影を、あなたに見てしまったことからも判ると思います。

  まあ・・・今回は、この方が色恋沙汰に疎かったがため、引き起こされてしまったことだとお思い下さい。

  ですから・・・そこの処を、よしなに―――

 

 

 

どうも妙な成り行きで、自分の事を好いてくれる異性が出現したことに、当初は蓮也も戸惑いを隠しきれませんでした。

でも、同郷である市子からの説得もあり、またそれが功を奏したと見え―――・・・

 

 

 

蓮:・・・判り申した―――細川殿も、この御仁の事をそこまで云われるのならば、この蓮也も考え申そう・・・

リ:―――本当か?! 本当に・・・私の(もと)に来てもらえるのか!?

 

蓮:但し! こちらも敢えての条件を提示させて頂く・・・

リ:あ・・・条件―――・・・

 

 

 

市子の仲介を経て、リリアからの結婚の申し立てを承諾する蓮也。

けれど彼は、それをする前に条件を一つ提示しました。

 

その条件と云うのは・・・彼自身未だ「求道者」でもある為、自分が追い求める道―――つまり「究武の道」を極めるまで、身柄を一時リリアに預ける格好を取ったのです。

 

とは云え―――蓮也からの申し出は、いつ果てることなく続くものでもあった為、早くもこの交渉は決裂・・・に、なるものかと思いきや―――

 

 

 

リ:そうか―――なるほどな、いや、蓮也が云う事も(もっと)もだ。

  では、私達二人共に、その道を歩んで行こうじゃないか・・・

 

  それで・・・いいな―――

 

 

 

そうリリアが述べると、無意識のうちに手を差し伸べ―――相手の男も、そのがっしりとした(たくま)しい手でリリアの手を握り返し、

愛する者の為・・・また、同じ道を極めんとする者の為、互いの意思を尊重する事を、共に誓い合ったのでした。

 

 

 

 

=了=

 

 

 

 

あと