この土地に根付いていた横暴・非道なことを生業としている者達は、女座頭・市子により姿を消しました。
が・・・ここで気になるのは、二人の用心棒の存在―――
女座頭・市子も先刻、自分の足元に斃れている男が口にしていたことを、気にはしていたのですが・・・
契約者の身が危機に晒されているにも拘らず、援助にすら来ない―――
それに、この屋敷には人の気配すら感じられない・・・
―――と、なるとやはり、自分の命惜しさにいち早く逃げ出したのだろう・・・と、思ったものでした。
けれど、どこか拭いきれない不安感―――気持ちのもやもやとでも云うのだろうか・・・
やくざ一家の親分は、自分の切り札にするため、ある者達を「雇った」と云った・・・
「雇った」―――と、云うのは、「雇っている」と云う言葉よりは直近の時間を示す・・・
市子自身が、あの茶店でこの屋敷の関係者と小競り合いになったのは、つい最近の話し。
それから今までに雇い入れたと云うのならば、まさしくやくざ一家の親分の切り札として雇われた傭兵たちは、なんの目的でこの一家に雇われようとしていたのか。
女座頭・市子は、歩を進めながら考えあぐねました。
そして・・・街道の峠にある一本の大きな立木に差し掛かった時―――
第四話;大木下の決闘
ア:―――へえ・・・思ったよりも早かったわね。
もう片付けてきちゃったんだ。
市:(!)何者―――・・・
ア:へへへ―――あの阿呆が死ぬ間際に、私達のことを云ってやしなかったかい・・・。
市:・・・もしかすると、用心棒―――?!
ア:ご名答〜♪
市:それで・・・殺された依頼主の仇を討とう―――と、云うわけですか・・・。
でも、あなたは肝心な時にその場にはいなかったではありませんか。
ア:ああ〜思わず怖くなって逃げちゃった―――w
市:なんと不遜な! よくそんな体たらくで仇討ちなどと・・・
ア:―――そんなことはどうでもいいことさ・・・。
なぁ、あんた強いんだろう? だったら私と勝負してよ―――頼むからさぁ〜。
峠の大きな立木の下で、市子を待ち構えていたのは・・・アルディナでした。
そう・・・彼女は、ひと仕事を終えた女座頭・市子が、またここを通りかかるのを見越して待ち伏せていたと云うのです。
そのことを市子は、殺された依頼主の仇討ち―――だとは思いましたが、
ならばなぜ命を奪われようとしていた主の助けに現れなかったか・・・と、云う疑問に突き当たるのです。
とは云え、雇われながらもすぐに見離し―――こうして自分を待ち構えている・・・
市子には、アルディナの考えていることが判りませんでした。
しかもそれは、それだけ座頭である市子の感覚を鈍らせることでもあり、あまり望まれたことではなかったのです。
するとその時、この対決を見守っているもう一人から、こんなことが―――・・・
ラ:すまんねぇ・・・娘さん、こいつぁ―――お嬢の病気みたいなもんなんだ。
市:病気・・・?
ラ:ああ―――強い人間と見込んだら、まず手合わせをしてみて、自分をより・・・さらに強くする。
こいつぁ・・・一度死ななきゃ治らん病なのさ。
ア:おい!ちょっ・・・ラスネール! 人を莫迦みたいに云うな!
ラ:だって、本当のことだろう、お嬢・・・。
ワシらが旅をしている本来の目的も、突き詰めてみればそう云うことじゃないのか。
ア:ちぇっ・・・しまんない―――と、云いつつ!
ラ:おお―――あれを受け止めるとは。
市:フフ・・・会話の途中から緊張が漲っているのが判っていましたから、いつ斬りかかって来られてもいいようにしていました。
それにしても・・・そう云うことでしたか。
では、あのやくざ者達も・・・
ア:そ―――云わばあんたを釣る為の餌みたいなものだったのさ。
会話の最中に相手を油断させておいて相手に斬りかかる―――
そんな邪道とも思える剣法は、正統派剣法には含まれてはいませんでした。
だからこその傭兵の剣―――とも思えなくもなかったのですが・・・
アルディナの剣撃を受け止めた市子は、彼女の剣が邪道のそれではないことを感じていました。
そう・・・紛れもない、正統派剣法に近いそれ―――
けれども、ならばどうして女傭兵が、誇りあるモノを捨て・・・邪なモノに頼らざるを得なかったのか。
そこの処は、市子ではなくとも興味の対象になろうと云うもののようです。
市:いいでしょう―――ならば、一合ほど手合わせを・・・。
ア:え?いいの? ありがとう〜感謝するわね―――
まるで、欲しかったモノを与えられた時の、子供のような抑揚感。
真剣同士での勝負―――つまりは生命のやり取りのはずなのに、そんなにも嬉しそうな声色で答えられると、どこか調子が狂ってくる・・・。
そう思いながらも、女座頭はいつものように構えました。
しかし、その構えは―――・・・
ア:それが・・・あんたの構え―――
市:そうです。
よろしいですよ・・・いつ斬りかかって来られても。
「よろしいですよ・・・って、云ったって―――参ったな、まるで隙と云うモノが見当たらない・・・。」
アルディナは、詰まる話・・・戦慄をしていました。
それが市子の構え―――
しかもその構えと云うのが、盲人特有の杖をついている時の姿であり。
いわゆる・・・「構え莫き構え」―――に、近かったのです。
以前、自分に剣術を教授してくれた師匠が云っていたことを、このときアルディナは思い出していました。
それは―――武術を修める上での基本、「構え」のあり方・・・。
本来構えとは、武術・武道の基本中の基本であり、防御の型から転じて即座に攻撃の型に移れる姿勢のことを指すのです。
それは今般流通している武芸百般に通じており、構え莫き武道は有り得ないとまでされていたのです。
が・・・しかし―――「構え」としてのあり方とは、本来は守りの姿勢であり、そこには少なからずの油断や怯えなどが生じ易いとも、一説では云われているのです。
ところが、東の方で発達した武道の中には、構えだと意識させないモノがあり、
つまりはそこから相手の隙や油断を誘いだし、一撃の下に相手を仕留める技があるとも云われていたのです。
そんな技があることを聞かされたとき、アルディナはあまり真面目には聞いてはいませんでしたが、
そんな場面に直面した今となっては、その恐ろしさと云うモノが身に沁みてきたのです。
「よろしいですよ・・・いつ斬りかかって来られても」―――・・・
女座頭が吐いた言葉に、嘘偽りはない・・・
もし自分が、師から教えを受けていたことを思い出さずに、無闇に女座頭に斬りかかった時―――
哀れな屍を、野に晒していたことには違いはないだろう・・・
けれど、今ここで臆してしまったなら、旅を続ける意味はない―――
あの時無残に敗れ、そしてそのまま鬱になって自分の部屋でしくしく泣いていればいいだけの話・・・
しかし、そこはアルディナのプライドが許さなかった―――
許さなかったからこそ、自分の命をつけ狙っていると云う男を、無理やり説得させ―――半ば強引に旅の随伴として一緒にいさせている・・・
そう思い、一切の邪念・迷い・畏れを振り払い、無念無想の一閃を放ったのです。
=続く=