現在より5年ほど前―――某国にて・・・
その国を治めている王家主催の武術大会があり、王家の姫君も大会に出場していました。
しかもこの姫君は、武術の誉れ高く・・・目下の下馬評では、姫君の優勝だろう―――と、誰しもが思っていました。
けれど・・・結果、優勝したのは姫君ではなく、ふらりと大会に出場した―――どこの馬の骨とも知れない素浪人風の男・・・なのでした。
第五話;対x決
そして現在、街道の峠にある大きな立木の下で・・・女傭兵と女座頭が斬り結んでいました。
女傭兵のアルディナは、この土地を牛耳ろうとしていたやくざ者の一家の剣客となり、一家の安泰を護る筈・・・でしたが、
契約を結んだ直後に一方的にこれを破棄、この大きな立木の下にて今回の好敵手が通りかかるのを待ち構えていたのです。
片や女座頭の市子は、非道極まりない悪質な手を使うやくざ者一家のことが赦せず、
誰からも頼まれもしないのに・・・云わば無償で一家の壊滅を図り、これを見事やり遂げてしまったのです。
その帰途―――「闇討ち」・・・と、までは云わないけれど、女傭兵に待ち伏せされていたのです。
けれども、それまでの経緯を聞いて行くうちに、この女傭兵の人となりがどことなく判ったような気がしたモノでした。
このアルディナと名乗る人物は―――根っからの悪人なのではなく・・・成り行き上でそうせざるを得なかった・・・
その証拠として、アルディナが紡ぐ言葉―――・・・
それは、巷などでなされている言葉に近いようではあるけれど、どこか気品と云うモノが漂っている・・・
昔より浸みついた癖と云うモノは、意図的にそうしようとしなくても隠しきれるものではない・・・その逆も、また然り―――
市子は盲目であるがゆえに、そこの処が敏感だったのです。
つまり、アルディナが、形骸的にやくざ者一家と契約を交わしたと云うのも、総てのことは現在に通ずる―――
アルディナ何某と云う敵が、ここに存在している―――と、好敵手に判りやすく示すためにとられた措置であることが判るのです。
そして―――アルディナの方でも、自分の内に蟠っていた感情を振り払い、無念・無双の一閃を放つのです。
ア:ぃいい・・やあああっ―――!
市:―――ハッ!!
旅の随伴者とその好敵手との決闘を見守っているラスネールは、市子と云う女座頭の剣捌きに目を見張っていました。
確かに・・・お伴をしているアルディナの剣撃も素晴らしい―――
並みの相手なら、初撃の太刀で得物毎弾かれ、次の太刀筋で斬り伏されていたことだろう・・・。
けれど、そのアルディナの剣撃を、怖じもせず真正面から受け切り、更に次の太刀も読んでのことなのか、警戒して身構えてさえいるようにも見える・・・
しかも、見るからに市子は華奢で痩身―――そんな彼女に、アルディナの剣を受け切る力はあるはずもない・・・と、思いたくもなるのですが、
ただ一つ、あるとすれば―――それは「力」などではなく「技」・・・技術。
それに、やはり一番驚いているのは―――・・・
ア:あ、あ・あ・・・わ、私の剣を―――?
市:・・・好い太刀筋ですね、近年私が刃を交わしたモノの中では最高です。
そう・・・やはり一番驚いていたのは、会心とも云える一撃を受け止められてしまったアルディナでした。
そんな彼女の脳裏に、あの忌まわしい過去が去来し始めたのです。
あの時も・・・そうだった―――
あの時も会心の一撃・・・だったはずなのに、躱されてしまい恥辱の想いまでさせられてしまった・・・。
この数年で、自分は何が変わった―――?
自分は・・・何かを変えるために両親を欺いてまで国を飛び出し―――
また再び、自分を敗ったあの男と相見える為の旅をしていた―――はず・・・なのに・・・
これでは・・・何も変わらないまま―――
あれから5年―――何か自分でも変われたのだろうかと思い、腕試し程度の気持ちで勝負を挑んでしまったのがいけなかったのか・・・
それでなくとも、見る見るうちに自分の内の自信と云うモノが喪失していくのを感じるアルディナ。
すると、対戦相手だった市子は、そんなアルディナの心境の変化を酌み取ったモノなのか・・・
市:あなた―――・・・
ア:え・・・? あっ―――? あんた・・・やっぱり、見える―――
市:そこはもういいです。
それよりもあなた、今大いに迷いを生じさせてしまったようですね。
闘気に揺らぎが感じ取れます。
勝負は・・・既についていました―――
それも、アルディナの一方的な戦意喪失による、勝負の放棄・・・と、云う象で。
それにしても、一方的に勝負を挑んでおきながら、これまた一方的に勝負を放棄すると云う珍しい事態に、さすがのアルディナも恥じ入りましたが―――
今迄にも苦労を強いられてきた経験も豊かそうな市子は、萎れたアルディナを見かねてか、こんな助言をしてくれたのです。
市:申し訳ございません・・・あなたに斬られてやれば宜しかったのでしょうが、生憎私も目的あっての旅ゆえに、志半ば・・・と、云うのは―――
ア:いや・・・いいよ―――
大体私の方から一方的に勝負を挑んどきながら、勝手にいじけちゃったんだもの・・・それはないよね。
互いの健闘を讃え―――また慰めあう二人・・・
そのあとでアルディナは、どうして市子が意図的に目を閉じているのかを訊いてみることにしました。
すると市子は・・・彼女がまだ幼かった頃、住んでいた集落が襲われ―――彼女たった一人を残して、集落の全員が殺されてしまったことを語りました。
それに・・・彼女の集落をその時襲ったのは、野盗や山賊と云ったような悪党の群れ・・・などではなく、
人が起こす災厄の極み―――「戦争」・・・
その煽りを受け、戦争の当事国の一部の軍隊によって、それが成されてしまったことをアルディナは知るのです。
それから・・・たった一人残されてしまった市子は、身寄る当てもなく―――ただ、破壊・蹂躙し尽くされた集落を泣いて彷徨い、
絶望の果てに自らの死を選ぼうとまでしたのです。
しかし・・・そんな時、ふと市子の脳裏にある考えが過りました。
それが・・・「そんなに見たくなければ、見なければいい」―――
何とも単純にして明快―――けれども、これ程困難な途は残されてはいませんでした。
けれども、それからの市子は・・・一日でも早く眼の見えない状態に慣れるように―――と、廃墟と化した集落を拠点として、座頭としての活動を始めたのです。
そして苦節の歳月が流れ・・・今では弱き者の力となれるまでに成長した市子―――・・・
そんな市子の生い立ちを聞いて行くうちに、今までの自分の苦労が、実は苦労と云う言葉の内にも入らないと、アルディナは感じたのです。
ア:ふぅん・・・市子って凄いんだね。
参っちゃうよな、私なんかがどうやった処で敵う相手じゃなかったんだ・・・。
市:そんなことはありませんよ。
確かに―――座頭の真似事を始めた頃には、あまりの初歩的な過ちの多さに、私自身ですら「ああ・・・なんて莫迦なことを始めたんだろう―――」と、思いましたが・・・
「慣れ」と云うのは恐ろしいモノで、ある拍子に他人が交わす言葉の高低差・・・感情の起伏などで、その人が隠そうとしている偽りを見抜くことが出来たのです。
そのお陰で、私もようやく座頭の仲間入りをしたものですけれどね・・・。
「それに・・・眼に見える総てのモノが、そうではない―――と、目を閉じている時分に改めて思ったものです。」
「物理的にモノが目に見えてしまうと、それで判ったつもりとなり・・・見るべき本質と云うモノを見失ってしまう―――」
「それに・・・私自身、こちらに渡ってからと云うモノは、さある宗派の伝道師からこんなことを教わりました・・・」
『私は盲目だった・・・けれど、今は見える―――』
目が見えないと云うのは、不自由の内には入らない―――
逆に、今まで目に見えなかったことが、自分の脳裏にイマジネーションとして映し出される…
そのことを市子は、自分の経験談を踏まえたうえで、アルディナに話して聞かせたのです。
ア:・・・ふぅん―――やっぱ市子は凄いや。
私より若いのに、私より良くモノを知ってる・・・。
市:いえ―――まだ私とて修験を積まねばならぬ身です。
さて・・・思わずも話し込んでしまいましたが、ここで別れることにしましょう。
ア:うん、そうだね・・・。
―――あっ、ちょっと待って。
市:はい? なんでしょう・・・―――これは?!
ア:これ・・・あいつらの屋敷にあったもんだけどさ、市子から返してやりなよ。
市:しかし・・・これはあなたが―――
ア:いいの―――いいの―――こう云うのは市子みたいなのがした方が得なんだって。
市:で―――ですが、しか・・・
ア:じゃね―――頼んだわよ!
長らく話し込み、自分の身の上まで語り終えたと感じた女座頭は、その場から女傭兵たちと別離る選択をしました。
するとアルディナの方から―――この度、やくざ者一家の屋敷から分捕ってきたと見られる金品などを市子に預け、
一家から甚大な被害を被ってきた、あの集落の住人たちに返すように依頼したのです。
それを聞いた市子は、なぜアルディナが―――自ら望んでやくざ者一家の剣客となったのか・・・はっきりと判りました。
そう・・・あたら仲間だと云うことになれば、財宝や宝物庫の位置や警戒等が緩められ、易々と仕事が出来てしまう―――
ただそれは、盗賊の流儀であり―――普通一般の民のそれではないのです。
とは云え、市子は・・・女傭兵からの預かりモノを、その依頼通り例の集落の人たちに返し、
この偉業が自分一人のモノではなく、ある協力者の下で成し遂げられたことを話し、
また彼らとの去り際に、こう言葉を残したのです。
市:結局の処・・・眼を開いていましても、見えないモノは見えないのですよ―――
=続く=