第九話;五年前

 

今から5年ほど前―――オデッセイア王国にて・・・

総ての始まりは、その国で開催された武闘大会の決勝で起こりました。

 

この国の姫君であるリリアは、容姿端麗―――体つきも普通の女性よりもふくよかで、

そのまま大人しくしてさえいれば、結婚相手にも困らず、オデッセイア王国もますます安泰だろう・・・と、されていたのです。

 

しかし・・・惜しむらくは、その性格―――

何分にも幼い頃より男勝りに育てられてきたため、美女の(なり)をしていても仕草・素振り・口調などは男前―――と、云うようなギャップを抱えてしまい、

今では悪い虫でさえも寄り付かなくなってきた有様だったのです。

 

そんなことに憂いたリリアの父―――時のオデッセイア国王は、娘の婿取りの目的の為、オデッセイア王国の首都「ノーブリック」で武闘大会を開くことを思いついたのです。

 

そして、その大会の優勝者には、当時としては破格の「500万プラティーネ」と、副賞として自分の愛娘・・・リリアと結婚できる特権を付加させたのです。

そのことに、武闘大会の景品の一つにされてしまったリリアは、当初こそ不満を述べていたものでしたが、

ならば自分も大会参加するという条件を呑ませた上で、こうして武闘大会は開かれたのです。

 

つまるところリリアも、自分が好きでもない異性と結婚させられるのを良しとはせず、

けれども・・・自分と闘って、もし勝てる奴がいるのなら―――その時は仕方がないだろう・・・と、思ってさえいたのです。

 

実際のところ、リリアの武芸の腕前は並みの男性でも歯が立たず、そのことを実証するいい例として―――

ある日の稽古に「一切の手加減無用」を発し、稽古が終った頃・・・その場に立っていたのはリリア(ただ)一人(ひとり)のみ、

この後稽古に参加した軍の一将校からは、「手加減してもらいたかったのは、自分達の方・・・」と、ぼやいているのを判るように、

彼女の武芸は周囲(まわ)りより群を抜いていたのです。

 

そして・・・大会当日―――

出場する者の中には、自分の武芸の腕に覚えありき―――と、皆息巻いていたモノだったのです・・・が―――

よく考えてみれば、オデッセイア周辺からの出場が多かったため、リリアが出場するとなるのを聞くと、途端に・・・出場を取り下げる事態が続出してしまったのです。

 

しかしこれでは・・・大会開催の目的どころか、運営自体にも支障をきたしてしまうため―――

そこで急遽オデッセイア国王は、大会観戦目的で来ている観客の(なか)で出場者を(つの)ってみた処、どうにか大会が出来るぎりぎりの人数が集まり・・・

その(なか)には―――このあと、リリアが5年の歳月を掛けて追うこととなる、或る人物もいたのです。

 

 

そして大会は開催され―――リリアも順当に勝ち上がって行きました。

 

その前に・・・この大会の形式は、この当時としては一風変わっていたのです。

それと云うのも、この当時・・・こう云った大会は「真剣」が常であり、死傷者が出るのが当たり前だったのです。

 

けれど・・・何分にも、この大会の真の目的は「リリアの婿取り」―――そのことが大前提であったため、

大会出場を決めたリリア姫本人は勿論のこと、相手の婿殿も傷を負ってしまっては困る為、大会主催者である国王配慮の(もと)なされたものだったのですが―――

今にして思えば、そのことも一つには、これからの悲劇の引き金になっていたのかもしれません。

 

それと云うのも、リリアの決勝の相手と云うのが―――・・・

 

 

 

リ:(みすぼらしい恰好をしているな・・・だが―――)

  それにしても―――ここまでよく勝ち上がって来られたな・・・決勝の相手は私だ、一応・・・名を聞いておこうか。

 

 

 

大会前の下馬評通り、決勝の一つの枠には、当国の美闘姫・リリア―――

対して、もう一つの枠には・・・着ている衣服は所々が破れ、一見(いっけん)するとこの国の貧民街にいるような、そんな身なりのみすぼらしい・・・

しかし、それでいて相手を見据える眼光は、切れるような・・・冷たい眼差しを宿していたのです。

 

そんな人物の鋭い眼光を見るなり、リリアはすぐに―――「もしかしたら私より出来るかもしれない」・・・と、思ってしまったのです。

 

ところが―――・・・

 

 

 

男:フッ―――知らぬな・・・そのようなことは。

リ:なんだと―――?

 

男:この・・・オレより弱い奴に、オレの名を教えてどうする。

  それこそ我が流派の穢れと云うものよ。

リ:おのれ・・・私を見くびるな!

 

 

 

その相手が()いた言葉―――こそは、傲岸不遜そのもの・・・

しかもリリアも、自分以上にそんな言葉を()く人物を知らないでいたため、まんまと彼の術中に嵌ってしまっていたのです。

 

いわゆる・・・冷静の欠如―――

 

つい―――とは云え、彼の誘いに乗ってしまい・・・思いきり正面から打ちかかってしまっているのです。

しかも、対戦相手の彼は・・・それまでの仕合いでのリリアの動き―――いわゆる太刀回りを(ことごと)くに観察、分析していたと見られ、

完全に「見切り」終えていた彼からすれば、猪突猛進してくるリリアの動きを(かわす)ことなど造作もないことでした。

 

それでも、リリアは諦めることなく対戦相手に斬りかかっていき・・・その(なか)で徐々に冷静さを取り戻したのです。

けれども予想していた以上に動き回らされていたためか、リリアの呼気は荒く乱れており、身体や顔からも大粒の汗を滴らせていたのです。

ところが一方の対戦相手は、欠伸をする仕草が出来るまでに余裕を見せつけていた・・・

しかし冷静さを取り戻したリリアからしてみれば、そのことも自分を苛立たせる為の作戦なのだ―――と、感じるに至り・・・

 

 

 

リ:フ・・・ッ―――すまなかったな、退屈をさせてしまって。

  お陰でこちらは身体が温まってきたよ。

男:おやおや・・・これはこれは―――オレのこの手に乗って来なかったのは、あんたが初めてだ。

  一応、賞賛することにしておこう―――・・・

 

リ:そうか・・・それでは、改めて―――

男:それはできんな。

  大体この大会の主旨とは何なのだ、稚拙で笑いがこみあげてくる。

 

リ:なん・・・だとおっ?! 私の親父のことを侮辱すると云うのか!!

 

 

 

一応・・・冷静さは取り戻せたものの、対戦相手はリリアのことをよく分析できていた―――と、見るべきか・・・

それと云うのも、これまでのお話し上―――見ても判るように、リリアは自分に対しての侮蔑や恥などはモノともしていませんでした。

・・・が―――そう云った人間に多い弱点と云うのは、仲間や身内を(けな)されると、その本人以上に憤ってしまうと云うこと・・・

 

今も、自分の為に―――と、この武闘大会を催してくれた自分の父に対しての不当な発言に、リリアは憤慨し・・・またも斬撃を見舞おうとしていたのです。

 

ところが・・・その時と今までとで、決定的に違っていたこと―――

今までは・・・リリアの斬撃を、その(ことごと)くを身を(ひるがえ)して(かわ)していたものだったのに、なんとその時に限っては―――正面でリリアの剣をまともに受け切っていたのです。

 

しかも・・・なんとも驚いたことに―――

 

 

 

リ:あっ?? な―――なにをする!

男:「なにをする」? フフ・・・見て判らぬか、(ただ)の木の棒を握っているだけのことよ。

 

 

 

そう・・・リリアのみならず、大会観戦者―――大会主催者の目の前で、リリアの対戦相手は・・・自分に打ちかかってきた、木で出来たリリアの模造剣を・・・

本来ならば、真剣で云う処の刀身の部分を素手で握り、リリアの剣の自由を奪ってしまっていたのです。

 

しかし―――そう、しかし・・・そのような手は、古今東西どの武芸の流派にあるはずもなく、

だからこそ、そこでリリアの思考が一時停止してしまい、そこから何をしていいかを見失ってしまった―――・・・その隙に!

今度は容赦のない打ち込みが、対戦相手からあったのです。

 

その打ち込みに、思わずよろめいてしまうリリア・・・

それでも、対戦相手は―――自分の対戦者がこの国の姫君であろうとなかろうと、打擲(ちょうちゃく)を加えたのです。

 

それに・・・一旦落としてしまった自分の剣を拾うため、再び握り直そうとしても、その剣と自分の手(ごと)踏みつけにされ、

地面と剣との(はざま)に手を挟まれた状態で、尚一層の自由を奪われてしまったのです。

 

そのことによって、完全に自分の身体の自由と・・・剣の自由を対戦相手に抑えられてしまったリリアは―――

普段においても誰にも見せない様な、無防備な・・・それこそまるで道端に棄て遣られた小動物のように、怯え切った表情をそこで見せてしまったのです。

 

そんな・・・哀れな敗北者を待ち受けていたのは、更なる現実―――冷たい言葉の仕打ちが、リリアに容赦なく浴びせかけられたのです。

 

 

 

男:フ・・・なんだその表情(かお)は、まるで処女(おとめ)だ、な―――

  つまらん・・・気が一気に()えた、お前は―――このオレが斬るに値すらしない、小物中の小物だ。

 

リ:(!)う・・・っ―――

 

男:フン・・・それに、大体何の冗談なんだ、こいつは・・・。

  木で刀剣を模したモノで「武闘大会」とは、(わら)わせてくれる・・・。

 

  よいか、一つだけ教えておいてやる―――本当の「死合(しあい)」とは、(おのれ)と相手とが命の駆け引きをするから、やり甲斐が産まれてくるものだ。

  それを・・・こんな・・・(まが)い物で―――だと?! 他者(ひと)虚仮(こけ)にするにも程がある!

  それに・・・フン! 当該国一の美闘姫ご出場と来たから、どれほどのものかと()(あわ)せてみれば・・・これでは余程、オレが住んでいた国の餓鬼共の方が手強いわ!!

 

 

 

その瞬間―――リリアの心は(くじ)けました・・・

自分よりも強く、また崇高な理念の(もと)で武芸を磨き上げてきた者の言葉に・・・

 

世界はこんなにも広い―――自分が自慢としていたものとは、所詮自分の国の(なか)だけでのことなのだ・・・と、その時からリリアは思い始めました。

 

それに・・・この男ならば―――彼の(もと)にならば、(とつ)いでも構わない・・・

そうとさえも、思っていたものだったのに―――・・・

 

事の発端は、その大会の閉会式の時・・・優勝した者を讃え、また褒賞などの授与の時に発覚したのでした。

 

 

 

王:どうしたのだ―――優勝した者は・・・

官:はあ・・・それが―――行方を眩ませておりまして・・・

 

王:なんと―――?! では・・・リリアはどうすると云うのだ。

官:その・・・ことなのですが―――どうも、姫様の前では〜・・・

リ:―――よい、申してみよ。

 

官:はっ・・・ならば―――こちらの方に・・・

 

 

 

常識的にも考えられないことに、その男性は、授与式には姿を見せず・・・優勝した賞金だけを頂いて、さっさと会場を後にしていたのです。

 

そのことにリリアは、自分のことを無視されたことにも増して、更に・・・傷心の自分を一層焚きつけるかのような、

対戦相手の男からの「挑戦状」とも取れる言伝(ことづて)を、官の一人から受け取ったのです。

 

 

こうして―――・・・大会が終わってから後日・・・5日後に、

リリアは自分をつけ狙っていたラスネールを伴い、オデッセイア王国を出奔―――

5年と云う歳月を掛けて、ようやく・・・念願の宿敵と(まみ)える機会を得たのです。

 

 

 

 

=続く=

 

 

 

 

あと