〔三〕

 

 

〔・・・・と、言うわけで、講義の開始〕

 

 

ス:ところで―――ひぃちゃん、このこんにゃく・・・味醂(みりん)はいつ入れたのん??

 

お:えぇ―――っと・・・炒めてから、お出し・・・ですわよね?

  それから・・・あれ?その後、醤油でしたか――― 味醂でしたか―――

 

ス:(成る程・・・) そんじゃあ、料理の基本中の基本・・・『さしすせそ』は、いえるよねぇ??

 

お:もっ!もちろんですわっ!バカにしないで下さいましっ!!

 

ス:婀陀那っちはどうなん?

 

婀:妾も、一応は存じておる!

 

ス:ほんじゃあ二人していってみよか? まづ・・・『さ』

 

お:お砂糖。

婀:砂糖。

 

ス:正解。 じゃ次・・・『し』

 

お:お塩。

婀:塩。

 

ス:正解。 『す』

 

お:お酢。

婀:酢。

 

ス:またも正解。 では、『せ』

 

お:せ?? た・・・確か・・・

婀:・・・・正油(せうゆ)で・・・醤油・・・だったかのぅ??

 

お:あっ!そうそう・・・そうでしたわ?!

 

ス:・・・・・。(この辺から、怪しいな・・・・)

 

お:ど、どうしたんですの?? 早く正解を・・・

 

ス:ん、じゃ・・・正解。 でわ、『そ』は??

 

お:ソース。

婀:ソース。

 

ス:・・・・・・・・・・・・・・・・(“みの”ため)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

婀:な、何をやっておるのじゃ・・・ 『みの』ため せんでよいから・・・はよう答えを、いうてみよ!?

 

ス:・・・・・・・・・・・・(“みの”ため)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ざぁ〜〜んねん!!

  答えは、『味噌』ですよ!み“そ”!! 奥さん、あーたね・・・

 

婀:誰が、そこでみのさんの物まねしろと・・・

 

ス:でも・・・まあ、ねぇ・・・お約束とはいへ・・・(じろぉ〜り)

 

お:(ぅ゛い・・・) しぃましぇぇ〜〜ん・・・

婀:(迂闊じゃったのぅ・・・) でも・・・なぜに、このような順番なのであろうな??

 

ス:・・・・もしかして、おタクら・・・何の意味ナシに、鵜呑みで覚えてたとか??

 

お:え゛っ?!!ち、違うんですの???

婀:お、覚えやすいから、そう・・・ではないのか???

 

ス:(はあぁ〜〜〜・・・)  こりゃ、日本滅ぶのも、いよいよ時間の問題かも・・・ねぇぇ・・・。

 

お:(な゛っ!!)日本が滅ぶ・・・って・・・

婀:また大げさな・・・・

 

ス:ところで・・・それじゃあさ、この『味醂』は、いつ入れんの?

 

お:え??! そりゃ・・・まあ・・・『ま』の後、『む』の前・・・

 

ス:(がくぅ―――↓) あのね・・・ひぃちゃん、なによそれ・・・『ま』に『む』・・・って。

 

お:え゛? ち・・・違うん・・・ですのね??

婀:・・・・・・。

 

ス:当の然!! 『味醂』は、『砂糖』に同じ、特にこういう炒め煮の場合、出しより先に、味醂を焼きからめんの。

  そうすりゃあ、ほんのちょっとの味醂で、しっかり甘味が利く・・・ってことなの。

  ひぃちゃんが入れた、その半分の量・・・・が、適量ってとこかね?

 

お:で・・・でも・・・つい“うっかり”とか、“もののはずみ”・・・とかで、順番が違ってきたりという事も・・・

 

ス:はい、それじゃあ、つい“うっかり”して、醤油の後で、味醂を入れてしまいました・・・でも、中々甘味が利きません・・・・

  そゆとき、お二人ならどうする・・・?

 

婀:その分・・・・味醂を多めに入れるかのぅ・・・

お:(そうですよねぇ?普通・・・)

 

ス:はい、それじゃあ、今度はその醤油の香りが飛びました・・・と、いうことで、その分の醤油を増やすとします・・・。

  そんなんじゃあね、爺さんに婆さん・・・・高血圧に糖尿で、ぽっくりだ・・・。

 

お:(え・・・?)

婀:(なんと・・・)

 

ス:出来上がりの味だけで、三度、三度の飯は作るな。

決まり事も軽く見るな。

どうしてそんな風になってるか、頭を使って考えろ。

  とどのつまり・・・“道理”を覚える・・・ってのはね、そういうことからなんだよ。

 

  今、ワシが聞いてたからいいようなものの・・・そんなこと・・・“ついうっかり”だとか“もののはずみ”とかを、大女将の前でゆってみ?

  間違いなく、げんこつが飛んでくるよ・・・。

 

お:そ・・・そう・・・だったのですか・・・・。(それで、瀬戸様、あんなに・・・)

婀:(なんとも・・・)

 

 

〔そう――― そういうことだったんです。

あの、覚え方も、偶然並びがそうなってただけであり・・・何も、語呂がいいだとか、覚えやすい・・・だとかで、そうなってるわけではない旨を、

この男から聞きに及び・・・またも“目から鱗”状態の婀陀那と、おひぃさん、感服仕ったようであります。

 

それから――― 翌朝の事、瀬戸さんの朝食の膳に上げる献立を盆に載せ、いざ向かおうとしたところ―――〕

 

 

ス:ちょい待ち―――

お:あっ・・・・ステラさん、どうしたんですの?今日は、昨日と違って、ちゃんと手順も踏まえて・・・

 

ス:ん―――まあ、それでも不安の材料、たぁくさんあるからねぇ・・・検問ざんすよ。

お:(検問―――・・・)ふ、ふん・・・まあいいでしょう、じっくりと見るがいいですわ?

 

ス:・・・・。(くんくん すんすん  ひょい ぱくっ・・・んぐんぐ・・・・)

お:(どぉんなもんです! 非の打ち所があるんでしたら、指摘してごらんなさいましっ!?)

 

ス:・・・・・・あのさぁ、ひぃちゃん・・・。

お:えっ?!!(ま・・・まさか・・・あったというんですのっ??)

 

ス:他のおかずはいいんだけどさぁ・・・この、『子芋のにっころがし』・・・・

お:ええ゛っ??!!(そ・・・そんな・・・まさか・・・今回の、わたくしの会心の作・・・が??)

 

ス:昆布に、鰹に、醤油と・・・・あと一つ、他に何を入れやした?

お:(そ、そんな・・・一口食べただけで・・・使った調味料、全て言い当てる・・・だ、なんて・・・)

  お、お料理雑誌などで、定番の・・・・“煮物の隠し味には『お酒』を少々”・・・・

 

ス:(ふ・・・う・・・)

  じゃさ・・・昨日、一昨日の、『魚の煮付け』に、『お酒』を入れるのは、何のため?

 

お:(えぇ〜と・・・確か・・・)古くなった・・・お魚の生臭さを、取り除くためですわ?

 

ス:ふぅ〜〜ん・・・・それが、 今朝の魚 だったら?

お:(えっ??)な、生臭くありません・・・

 

ス:それじゃあ当然、『お酒』も?

お:ひ、必要・・・ありません・・・ですわよね??

 

ス:この『煮っころがし』に使った『子芋』は、いつ獲れたもの??

お:えっ・・・確か、直売所で、今朝の掘りたて・・・・と。

 

ス:それに、『お酒』なんか入れたら、どうなります?

お:(あ・・・・っ)

 

ス:確かに、『隠し味』ってのは大切なもんだけどさ、バカの一つ覚えみたいに、そういうのに頼るのはよそうよ。

  そんなことに、時間を費やすくらいなら、一つでも多くの、美味しい材料を作ったり、覚えたりする事に、腐心しよう・・・

  大事なのは、“芋”の“味”・・・食材そのものなんだからさ・・・。

 

お:は・・・はい・・・。

 

 

〔まさか・・・一番に、自信があった『会心の作』を・・・

しかも、それを完全に否定しつつも、レクチャーしなおす・・・だなんて・・・

でも、まあ、すんでのところで、“雷”が回避できたことには、感謝しても、しきれなかったことだと思います。〕

 

 

 

 

 

 

 

―――了―――

 

 

 

 

 

 

 

 

あと