<陸>

 

 

〔そして、今度四人が口にしたのは、煮干しで作ったという『お清まし』――――

すると?? なんとその味は、予想していた以上に、まろみとコクがあり、とても火にかけて造ったものとは思えない・・・

 

ところが―――? ステラがいうには、そんな拵え方はしてないようで―――?〕

 

 

ス:実は―――っすね、煮干しは頭も取らず、ワタも出さず、ただ丁寧に埃を取って水に浸して、冷蔵庫で丸一日置いとくだけなんス。

  そうすりゃあ、琥珀色のキレーな出しになりやすんで、その上澄みだけを別鍋にとって・・・・

  んで、そこで始めて火にかけて、煮え玉が沸いてきたら、塩と薄口醤油をさっ―――と、

 

  ただし、煮干しの鍋のほうは、絶対に揺らさぬよう、そーっと、そ―――っと・・・・

  まかり間違えて、かき混ぜたりしようもんなら、それまでの苦労がすべて  ぱァ!

 

美:でっ―――・・・でも、そんなに気ィ遣うんなら、頭とワタ、取って煮ちゃえば済むことじゃん・・・

 

ス:じやあ―――・・・美味いのは一体どっちだったでやんしょ?

 

お:それは・・・こっちに決まってます・・・・

婀:うむ・・・お清ましで飲める、煮干し出しじゃからのぅ・・・

 

美:う―――・・・

 

 

ス:それに・・・取った頭とワタはどうしなさいやすんで?

美:そんなの―――捨てっちまうか、猫のエサ・・・のどっちかだねぇ。

 

ス:じゃあ――― それが鯛の尾頭だったなら?

美:鯛だっちたら話は別だよ―――

  何しろ、頭は一番味が濃くておいしいところ・・・・・(はっ!!)

 

ス:なら―――煮干しだって一緒、同じクセのない出しならば、頭の付いたほうが美味いのが道理―――!

  大根もまた然り―――!!!

 

面取りしたクズはどこへ行っちまうんで―――?!

 

美:・・・・・・。

 

ス:まぁ、もちろん、面取りするのも立派な手間ヒマでやんす。

  ――――が、しかし・・・角を壊さぬように、丁寧に丁寧に、細心の注意を払って、

  贅沢に鍋を使い、決して沸かさぬよう、常に一定の温度で、出しを注ぎ足し注ぎ足し、朝から晩まで付きっ切りでやる手間と―――

 

三:あ・・・・朝から、晩まで―――・・・・?

美:しかも・・・・付きっ切りで・・・?

お:それが―――・・・・この・・・・(ごく・・・り)

婀:『風呂吹き』・・・・と、いうわけ・・・・か。

 

 

ス:それに――― 折角の煮干しに大根でやんすから・・・。

  例えそれがどんな手間であろうとも、蜆(うち)は、全部を使い切る手間を、選らんでるんでやんす。

 

 

〔一見すると、何の事はない『風呂吹き大根』も、その作り方の工程を聞くに及び、

まさに目から鱗―――状態の各々・・・

 

そして―――〕

 

 

美:―――・・・成る程ね。

  もう・・・いいや、帰ろ伯父さん。

 

三:美也子―――・・・

 

美:どこをどうしたって、頭が上がるわけねぇや、長居は無用だい!!

 

  でもさ―――・・・街の連中が、なんでここにじゃれ付くのか、分かった気がするよ―――・・・

 

三:(どうも―――・・・)(ペコ)

 

―――  た    ―――

ス:ありあとやンした―――

 

 

〔以前よりの―――・・・この人気商品のナゾもとけ、しかもライバル店もぎゃフンと言わせ(違)て――――

これにて一件落着――――

 

と、おもいきや?

 

 

実は、この後もう少し続きがございまして。

その翌日、何とステラと美也子が、ステラがとある爺さんと共同で作物を作っている畑で―――・・・〕

 

 

ス:せぇ―――・・・のッ!

―――     ―――

 

美:へぇ〜、こりゃまた、ずっしりとして、いい大根だねぇ? 練馬かい?

ス:いや――――三浦なんすよ。

  青首よりかは、こっちのほうが味が美味いんでしてねぇ、ただ・・・大きくて不揃いだから、抜くのにはちぃとばかし力入りますけど・・・

 

美:フゥん―――・・・自分で拵えるところの畑で、それも抜き立てなんだもんねぇ・・・こりゃ敵わないわけだ。

 

ス:よろしけりゃ――― 中原さんとこでもどうです? ここの畑の大根。

 

美:えっ――?? い・・・いいの?

ス:へぇ、まぁ・・・“他生の縁”でやすから。

 

美:うれしぃねえ・・・恩に着るよ。

 

―――ざく    っ―――

 

美:おっ――――おぃおぃ・・・葉っぱ切っちゃうの?? 大根は葉つきじゃなきゃ――――

ス:へへ――― そいつは銭払うときの話でさぁ、まぁ、葉っぱはもちろん使うんでやんすが・・・・

  実はね、付けたまんまだと、水気が飛んじまうんで、まっ―――魚でいうところの、活き〆ってヤツですかね?

―――ボ キ・・・―――

  ホイ、味見でやんすよ・・・

 

美:オッ・・・・と、こいつはかたじけねぇ。

 

 

―――     ―――

 

 

ス:くっはぁ〜〜――― たぁまんね。

 

 

〔実はこの畑・・・例の、『大逆転編』で、でてきたあの畑なんす――― と、まぁ、そんな説明臭いことはいいんですが、

なして、おひぃさんとでなくて、となり向かいの美也子さん―――?

 

――――・・・・と、思えなくもないのですが、これが、この男なりの配慮というわけでして、

互いに鎬(しのぎ)を削って、切磋琢磨したほうが、身によく付くのではなかろうか―――とも思っていたようです。

 

 

その一方で・・・・こちら、蜆亭では?

ちょうど、ゴミ当番だった婀陀那が、収集のおっちゃんとこんな会話を―――・・・〕

 

 

ゴ:ちゃ――――っす。

  おっ・・・・と、ここ最近思うんだけど・・・ひょっとして、御前、板場に入ってるんじゃ―――?

 

婀:(ほぅ―――・・・)よく判ったな、お主・・・

 

ゴ:だってさぁ―――森野様・・・半分なんだってばよ、板場のゴミが―――・・・

 

 

〔日頃、何気なく造ったモノを出している者の立場からすれば、厨房の―――板場の、それも、見えないところでなされているそれは、

作り手の切磋琢磨しているもののそれであり。

 

しかも、そういうものが、この老舗の看板を支えているのだ――― と、今更ながらに感心するのでした。〕

 

 

 

 

 

 

――――了――――

 

 

 

 

 

 

 

あと