≪漆;妖狐の更なる正体≫
〔かたや―――鷹山の左近は、かつての仲間であり、上役でもある=組頭=であったところの 加藤団蔵 ・・・
その団蔵の娘御である 加藤紫乃 を、宜しく危険から遠ざけるために、
この闇の宵の中を―――たった一人にて、下町長屋方面に急行していたので御座います。
しのになんぞよからぬことが起こってなければよいが――――そう思いつつも左近は、しのが間借りをしている長屋に着き、
そこで―――左近の見ましたるものとは、しのにのしかかっておりました、尾が五本の狐の妖シで御座いましたそうな・・・。
しかして―――それを見るなり、左近はこう申したので御座いまする。〕
左:しの―――大丈夫・・・・あっ!お前は・・・
玉 藻 前
たまものまえ
〔然様―――その、しのにのしかかっておりました狐の妖シこそ、
かつて天子様のご寵愛を受けながらも、その美貌・妖艶さで後宮の女どもを誑(たら)しこませ、
いよいよ持ってあと一息のところでこの国を乗っ取らんとし、その野望半ばにして、
当時をして高名なる陰陽師に敗れ去り、都より遥か遠くの那須野の地にて殺生石と化(あだ)したる――――・・・
妖狐・玉藻前
だったので御座いまする―――。〕
し:えっ―――? なんですって・・・!!? た―――玉藻前?!!
左:・・・うむ―――されど、遠き那須野の地にて封印されておるお主がなぜ―――??
まさか・・・封が解けたのではあるまいよな?!!
玉:<ンフフフ―――・・・・あな口惜しや、あと一息というところで、とんだ邪魔が入りおったわ・・・。
いかにも―――妾は玉藻、されど歯痒い事に、今の妾は完全体では・・・ない。>
左:なんと―――・・・イヤ、しかし今のお主は・・・
玉:<あの・・・憎き陰陽師が仕掛けた封は、傷ついた妾ではどうにもならなんだ・・・
じゃが―――時が隔てるとともに、封の効力も綻び始め・・・
それゆえ、妾は自己の妖力の一部を外界に出せるようになった。
しのよ―――・・・お主も見たであろう・・・小さき妾の頃を――――>
し:(はっ―――!!)もしかすると・・・指南をしているときと、あたしが預かろうとしたあの女童・・・!
よ・・・よくもあたしを騙して―――
玉:<フン―――なんとでも云うがよいぞよ・・・。
多寡々、廿余年も生きてはおらぬそちたちのような若輩者に、約阡年もの時を紡いできた妾のなする事なぞ、到底分かるはずもない。>
左:だが―――お主の目的の一つには、ワシらに対しての復讐があろう。
玉:<ふふ―――フフフ・・・よう判っておるではないかえ。
さすがに、妾と同類である者は、考え方も同じきことよ・・・。>
左:ふ―――・・・云うてくれるではないか・・・。
だが、ワシとてお主が大妖怪と知って、ただ手を拱(こまね)く者ではない事を知りおくがよい―――!!
〔その正体―――九尾の狐、妖狐・玉藻前であることを知り、―――と、それが同時に、
自分の長屋の間借りに転がり込んできた、あの女童・おたまであることに、しのが気付くのはそうはかからなかったようにて御座います。
では・・・そも、どうしてそのような大妖怪が、今ここに―――? なのでは御座いますが・・・
それもどうやら、積年にて積もりたる怨み辛みを晴らすべく―――も、その目的の一つだったようで御座いまする。〕