現在時刻―――AM6:00・・・(ロンドン標準時)
彼女のスマフォに、誰かしらからのメールが届いたことを知らせるアラームが鳴る・・・
朝食の用意をしていた手を止め、誰かしらからのものかを確かめていると、そのメールの差出人とは。
かつて自分達が組んでいたユニットの、メンバーからのモノだった・・・
sub;お早う、起きてる?
text;新しい詩を作って旋律つけてみたんだけど、良かったらアレンジして使ってみてよ。
こんな内容のメールを受け取った彼女は、早速差出人に返信すると・・・
聖:ちょっと―――凛? これどう言うつもり?
≪あ〜〜お早う―――で、いいのかなw こっちまだ夜だもんねw それよりその反応、早速見てくれたようだね。
それで? 『どう言うつもり』・・・って?w≫
聖:どうして自分の作品なのに、あなたが歌わないのか―――って事よ。
≪あ〜〜〜それねえ・・・なんだか作っていく過程で、私のじゃなくってもいいかな〜〜って。
それに、聖理那の様にロックなのが似合うかな〜〜ってw≫
聖:なんでそんなものを作るのよ・・・相変わらずねえ―――
“彼女”の名は、聖護院聖理那・・・現在はロンドンに在住で、独特の音楽性を求める為に、
『ロックの聖地』とも言われているこの地にて、活動をしているプロのアーティスト・・・
そんな聖理那の下に、かつての仲間―――半崎凛から届けられた、“あるモノ”が添付されたメールが届けられたのです。
それに、凛が言うのには、作品を作り上げた―――は、いいものの、どうも自分の作品にするのには違うモノが出来上がってしまったため、
代わって聖理那に提供をしたのです。
{*しかも、聖理那からの証言によると、よくこんな事があるのだとか}
実はこのエピソード・・・これまでの話しの流れとは全く関係ないのですが。
ならばどうして―――関係のないものを、今回のお話しの冒頭で取り上げる必要が・・・?
そうした疑問もそこそこに―――
細川市子、一世一代の大勝負の刻・・・
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#100;飛び立つ前の助走
現在時刻20:30(東京時間)―――
とある高級ホテルに到着し、先方に失礼のない程度のメイク―――身だしなみをして、このホテルの32Fにあるレストランへと続くエレベーターに乗り込む市子・・・
彼女は、こうしたお食事会・会食をするのは初めてではありませんでしたが、さすがに今回は勝手が違っていた―――
これまでこなしてきた相手が、中なり小なり・・・とは失礼な気はするものの、今回の相手は、世界的にも名の知られている大物・・・
自分の諸作法が不器用な場合、失敗に終わってしまう―――
市子にしてみれば、未だ知ぬ大物―――
だからか、どうしても思考は悪い方向性にしか向かわなかったようですが・・・
ようやく、エレベーターが予定されていた階層に到達するも、その足取りは重たく感じた・・・
総ては―――この私の双肩にかかっている・・・
過分な心配をし、まともに正面を向いて歩いていられない・・・
また“あの頃”の様に―――・・・
信友に出会う前と同じように、俯いてとしか歩けない、“今”の自分―――
嗚呼・・・今の私は、先方様にどのように見られているのでしょう―――・・・
最悪だ・・・この“手”は最悪―――
“手”を間違えてしまいました―――・・・
ごめんなさい―――璃莉霞・・・ごめんなさい―――厳三様・・・
この不甲斐ない私を、赦して・・・
今回の取引の一環として、まずは細川家との接触を試みていた者は、当家の現当主との取引と、その内容を吟味―――合意までこぎつけ、
あとは“彼”が望む、ファミリー間での交流・・・
妻:あら、見えたようよ―――
夫:ふう〜ん・・・足下が覚束ないようだけど、どうかしたのかな?
父:ああ―――すみません・・・
コラ、市子・・・先方様に対して失礼じゃないか。
市:も、申し訳ございません・・・お父様―――
妻:あらあら、泣かなくてもいいのよ? 元はと言えば、うちの夫が無理言っちゃったんだから・・・
・・・・・?
夫:そうそう―――オイラも、つい先頃知ったもんでねえ?
君のお父様に無理吹っ掛けちゃって、ゴメンよw
・・・・・・・・・・・??
聞き覚えがある―――この“声”?
いえ・・・けれど、私はこの方々の事を知らないはず・・・なのに?
過分な心配をし、一条の泪を流していた市子が、その泪を拭わないまま、俯いていた顔を上げると・・・
そこにいたのは、未ず知らず・・・ではなかった―――
かつて、彼女達の所属クランを襲い、相手として差し向った“顔”が2つ、並んでいた・・・
だから―――・・・
市:え・・・あなた達―――えっ??
マ:ウフフッ―――ダメよ? レディの泪は、無駄に流すものじゃないの。
カ:フフ〜〜ン、こーんばんは♪ 改めて自己紹介させてもらうぜぇ?
オイラは、カイン―――カイン=ロックフェラー。
今回、君の家と新たに契約を交わした人間さ。
マ:私も、こちらでは初めてになるわね。
初めまして―――彼の妻である、マリア=ロックフェラーよ。
知らないのは自分だけだった・・・
そもそもは、この人達は、自分の事を知っていて、だからこそ今日会おうと・・・?
いやでも、どうしてこんなにも迅速に―――?
市子は確かに、一時的にショックに見舞われましたが、なぜこの2人が現実内での自分に辿り着けたのかを、推測し始めました。
けれど、推測すれはするほどに心当たりがない・・・あるとしても、それは仮想内での出来事―――
いくら仮想内のキャラクターが、現実内での自分達を反映させているとはいえ、昨日の今日に「細川市子」だと断定できていたのかが不思議でなりませんでした。
けれども、そのはず―――だったのです。
カ:いっやあ〜〜オイラもビックリしたもんよw なにしろ君が、“そう”だったんだからね。
マ:まあ私は、昨日会って女子高生―――って事までは知っていたけど・・・
それが今日の、この人の取引先のお嬢様―――だったなんて、数奇なモノよねぇ・・・。
市:(あ・・・)それでは、SNSにもあった―――『ハリウッド女優並みの奥様』・・・って。
マ:はあ?
・・・あ〜んた、まだあのこっ恥ずかしいネタ使ってるの? いい加減にしときなさいよ??
カ:ええ〜〜? けど、嘘は吐いてねえぜ?
市:プッ―――ウフ・・・ウフフフw
マ:ほらあ〜〜この子にも笑われてるじゃないのよ゛っ!
カ:け〜ど、泣いてるよか、そっちの方が良く似合ってるぜ―――
市:ああ・・・ごめんなさい。
けど、あなた達だと知って、安心してしまいまして・・・
彼女達三様は、実は知らない間柄ではありませんでした。
それと言うのも、カインの訪日の目的の一つに、この国の、ある特定地域にある財界人とのコネクションの構築―――
その過程で、彼自身が持っている情報網の働きにより、どうやら“彼ら”に関わる、ある出来事の中心にいた人物の事が、特定出来た・・・
その真偽を確かめる為、先行してこの国に入国した妻と情報を共有させ、より核心に近づけさせた・・・
そしてこの事に、この機を逸す手はない―――と、急遽思いついたカインにより、無理とも思えるお願いを、
細川家の現当主である市子の父に受理してもらい、そして現在に至る・・・
市子にしてみれば、顔見せをするまでは全くの他人同然でしたが、知れた間柄であると知ると、途端に弾む会話・・・
顔見せ当初は“泣きっ面”だった娘も、今では海外でも屈指の実業家とも、対等に渡り合えている―――
市子の父にしてみれば、娘の市子は自分への自信の無さだけが心配の因でしたが、こうした機会によって、その心配は晴れてきたのです。
それからと言うモノは―――・・・
カ:君の様な利発的なお嬢さんが居てくれたおかげで、我々もこの地へと来た甲斐があったと言うモノだよ。
そこで―――だ・・・
市:はい。
是非ともロックフェラー様に於かれましては、私ども細川の他にも、提携して頂きたく思っている次第です。
つきましては、千極・橋川・森野・杜下と、あと―――・・・
マ:どうしたの?
市:いえ・・・なんでも―――
取り敢えずは、この地域を代表する、4つもの家柄とのコネクションの構築を、お願いいたしたく存じ上げます。
市子からの提案により、主要二家と自分達四家の、他の三家を推薦しましたが、なぜかそこには「征木」の名はありませんでした。
これは、市子なりの配慮があったわけなのですが―――・・・
それはそうと、この市子からの提案を受け入れたカインは、これからのスケジュールの調整を行い、
至急の段取りで彼の四家とのアポイントメントを取ったのです。
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ですが・・・彼ら彼女は、“彼”の本性を知らない―――
今回の“彼”の、訪日の本来の目的―――
K:ほぉ〜んじゃ、始めよっか―――w
奇妙な出来事と言えば、“彼”―――『KAIN』の被害報告は、アジア圏内・・・特に日本ではゼロでした。
・・・が―――
けたたましくも鳴る、侵入者を知らせる警報―――
それにより、警備員や警察官が詰めかける時間・・・凡そ3分―――
警備員や警察官が現場に駆け付けた頃合には、荒らされた形跡などなく―――
単なる警報の誤作動―――と言う事に収まるのですが・・・
翌日出社した重役が、大切に保管をしていた『ヤバい物件』はすっかりとなくなっており・・・
ですがしかし、その事が判ったのも、警報の誤作動から、かなりな時間が経った後の事・・・
それが、この一件ならばまだしも―――立て続けに三件とは・・・
ならば、今回犯行に及んだ者は、今頃は悠悠自適に海外へ高飛びを―――?
そう思うのがそもそもの間違い・・・
KAINの本当の狙い・・・「メイン・ディッシュ」はこれから―――
狙うは、“ある一族”が大切に保管している、「とある研究データ」・・・
そして、それを巡る攻防が―――まさに“今夜”・・・行われるのです。
つづく