御三家の一つ、征木家・・・その次期当主のお披露目―――とまではいかないにしても、市子の目論みはここに一つ日の目を見ました。

 

市子も自分の両親や可愛がってくれている祖父から聞かされていた事には、征木家現当主・・・つまり璃莉霞の母は好く和服の似合う人物だった・・・

その事を知り、ならばやはり娘である璃莉霞もそうなのではないか―――と思い、主に女性が和服を着てもそう違和感のない特別な日、

そんな日を狙ってみたところ、自分の仲間達は許より、周りの反応も上々―――に、つい頬が緩みがちになってくるのです。

 

 

そしてお寺で除夜の鐘を突き―――この後は稲荷大社へ・・・と、なるのですが。

 

ここで一つの異変に気付く事となるのです。

 

 

 

#122;“彼岸”の異変

 

 

 

聡:小夜子さんだけ彼氏さんが来ていないモノと思っていましたが、やはりちゃんと来ていたんですね。

 

清:ん? ああ本当だ―――それに、やけにイケメンじゃねえか。

 

璃:(あれ? あの男の人・・・)

 

 

 

橋川家ご令嬢小夜子の背後に控える細面のイケメンで、長痩身の男性・・・年齢は23と言った処だろうか―――

そんな男性をその場に立たせ、小夜子だけがこちらに歩み寄って来る・・・

 

そして彼女の口からは―――

 

 

 

小:悪りぃ―――この後もあんたらとご一緒したかったが、どうやらここまでみたいだ・・・。

 

市:(?)どうしたの、小夜子―――

 

小:ちょっと私の家・・・ああいや、“こちら”の事情―――ってやつでな・・・

―――お別離れしなくちゃならない―――

 

 

 

一体何があったのか、小夜子は急に、突然“別離れ”を切り出してきたのです。

その言葉に一瞬、市子の胸は“キュッ”と締まったようになり、不安に駆られてしまった・・・

 

 

私―――は・・・この人とは友人であるはずなのに・・・

この人は別離れを告げに来た際にでも、私達()()()()淋しそうな表情を一切見せない―――

私は・・・この人から急に別離れを告げられ、こんなにまでも―――胸が痛まるというのに・・・

 

 

市子が感じた違和―――それこそは急な別離れであるに際しても、特段寂しそうな表情すら見せず・・・言わば無表情でそのまま別離れようとしていた―――

 

そして・・・「小夜子」と言う記憶が、皆の記憶から薄らぎ、消え逝こうとしている最中(さなか)に―――

 

 

 

璃:待って・・・ッ―――小夜子・・・いや、サヤさん! “向こう”で何かあったの・・・??!

 

小:(チ・・・)やっぱあんたには掛りが薄くなっていた様だ―――けど、その事も織り込み済み・・・ってな。

 

璃:そうか・・・やっぱ何かあったんだね―――けれど、忘れない・・・忘れてなんか、やらないよ。

  きっと・・・探し・・・出し――――・・・

 

 

何を言っているの? 璃莉霞・・・

それよりあなた・・・何を知っていると言うの・・・?

 

 

必至の抵抗虚しく、その場にいた璃莉霞に市子以下6名は、吸血鬼の子爵による“忘却”の術式により、「橋川小夜子」と言う存在―――

いや・・・この現実内には、元々「橋川家」などはなかった―――と、上書きされ・・・

全員が一様にして何か眩しい物を見させられた―――と言うリアクションを取ったまま・・・

 

 

 

蓮:あ―――あれ? オレ達何やってんだ?

 

聡:でも・・・なにかとても眩しいものを見たような―――?

 

市:(どうしたのでしょう・・・何でもないはずなのに―――なのに・・・なぜか心の奥が痛い・・・)

  ―――璃莉霞?

 

璃:・・・ん? うん―――・・・

 

 

 

何も、なかった・・・

何も、なかった、はずなのに・・・

どこか胸の奥が痛かった―――

 

それはどうして―――?

 

何もなかった、はずならば・・・どこも痛くはならないはず―――

況してや、胸の奥など痛くはならない―――はず・・・

 

なのにこれは―――・・・

 

その時市子を包み込んでいたのは、言い様のない寂寥感でした。

 

今まで(しか)と紡いできた“はず”のものが、急になくなってしまった―――?

それも、自分が意識している処の外側の方で・・・

 

そこで自分の真友の方を向いてみると、彼女だけはなんとなく・・・どことなく判っているかのようだった―――

 

けれど・・・聞くのが怖かった―――

本当に、今まで、何もない、はずなのならば・・・いくら聞いた処で、答えられない―――

いや・・・真友が、それに答えてくれたとしても、自分は・・・理解まで至らない―――

 

 

・・・とは言え、その後は計画通り、仲間達と年末年始を愉しんだものでしたが。

市子はどこか物足りなかった―――何か大切なものを忘れている様な・・・

 

だから、ある日のログインに於いても―――

 

 

 

ギ:年末年始のイベントにしても、やり込み甲斐があるのが揃ってるな―――!

 

蓮:ああ、愉しもうぜ!!

 

ソ:(あれ・・・?)市子さん、どうかしましたか?

 

市:ええ・・・ちょっと私、考え事が―――

 

ソ:(ふうん・・・)あ―――リリアさん。

 

リ:皆楽しんでいるようだね。

 

蓮:おうリリア―――一緒に周回しようぜ、レイド戦。

 

リ:ああゴメン―――ちょっとやることがあってさ・・・

 

市:(・・・)なら私も手伝いましょうか?

 

 

 

どこか“気”が乗らない―――ただログインしているだけ・・・

運営が年末年始に組んだ、報酬も経験値も数倍になるキャンぺーンを提供しているにも拘わらず。

ヤル気が起きない―――いつもならば率先して先頭に立ち、クランメンバーは許よりレイドPTを引っ張って行くほどのプレイヤーが・・・

それに、変に感じたのは市子だけではなくリリアもそうだった―――

こんなイベントやキャンペーン満載の時期だというのに、なのに一人で何かをしようとしている・・・。

 

しかも彼女は、そんな真友のやろうとしていることに協力を申し出た者にさえ―――

 

 

 

リ:いいよ―――市子には・・・まだ早い。

 

市:(えっ?)リリア―――リリア―――?

 

 

 

なぜか・・・また・・・置いて行かれるような気がした―――だから必死に呼び止めようとしましたが。

真友は自分に背を向けると・・・

 

 

 

リ:市子は、まだ“こっち”に来るのはまだ早い―――けど、孤独(ひとりぽっち)にはしないよ。

  いずれその時が来た時、きっと迎えに行くからさ・・・

 

 

今にして思えば、判っていなければならない事だった―――

私の真友は、いつも通りの軽装の防具ではなく、どこかの王国の―――それも王族の姫君を思い起こさせるかのような、

蒼のドレスにその上から重装の鎧を纏っていた・・・

 

そして―――

 

 

 

リ:≪転移;ラクヨウ≫

 

 

え・・・っ、ラクヨウ―――? ラクヨウですって??!

そう言えば・・・どうして気付かなかったの? クランマスターであるジョカリーヌ様が、ここ数日姿を見せていなかったことに・・・

 

 

一つ市子には、判った事がありました。

それは、普段通りではない真友の姿は勿論のこと、いつもならばその豊富にして確かなる知識で自分達を導いてくれている師の存在が、

まるで何かのタイミングを計ったかのように不確かになっていた―――と言う事に・・・

 

けれど、それは―――・・・

 

 

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リ:(・・・)ジョカリーヌさん―――

 

ジョ:リリアか・・・たった今しがた危篤に陥られたそうだ―――

 

リ:そう言う事だったんですか・・・

 

ジョ:彼女には気の毒な事をした―――いくら詫びを入れた処で済まされる話ではない。

 

リ:それより、容態の方はどうなんですか?!

 

ジョ:“今の処”という話では、これまでの疲労が重なり倒れられた―――そう言う事にはなっている・・・

 

リ:一体―――何年も前から?! 一体・・・何年も前から“あの人”は、たった一人で立ち向かっていたんですか!?

 

 

 

ここは、ペキン・サーバー・エリア内にある、ラクヨウと言う場所・・・そして、ジョカリーヌの本拠(ホーム)

古代中国の皇帝が住むような場所で、弟子は師に今回何があったのかを訊いている処でした。

 

とは言っても、その会話の脈絡を見る限りでは、なんら要領を得ないモノでしたか、両者間では齟齬なく滑らかに通じ合っていた・・・

それにしてもリリアは、何者かに関しての健康状態を気にはしているようでしたが―――

 

するとここで・・・師の方からは、声を震わせ―――剰え大粒の泪を流しながら、こう答えたのです。

 

 

 

ジョ:“あれから”700年―――私達が、君達と言う可能性を見つけ、求める為に太母(マザー)かられたのは700―――

 

リ:700!? そんな・・・

 

ジョ:だけど! それは私達の時間でそうなんだ!!

 

 

 

その瞬間―――リリアを絶望が襲う・・・

ジョカリーヌが口にした「700年」という“単位”も、それはジョカリーヌ達の時間構成で・・・と言う事だったのです。

 

だからこそ、リリアは膝から崩れ―――両手を地に着き、悲観に暮れる・・・

 

そう・・・此岸の次元(こちらのせかい)と、彼岸の次元(あちらのせかい)では、時間進み方―――

つまりは、どう軽く見積もっても・・・

 

 

 

リ:7000―――年? そんな・・・? そんな気の遠くなるような時間を・・・?

 

 

 

今にして思う、なぜ自分達の師や可愛がってくれている人たちが、やけに此岸(こちら)歴史しいのか―――

 

いや・・・あれは詳しいと言うものではない―――

まるでその当時、丁度その場に居合わせ、見てきたかのように言う・・・

 

古代の中国―――神話時代のギリシャ―――中世欧州の動乱等々・・・

 

そしてそこでようやく気付かされる―――

 

 

この人達は、私達を求めて気の遠くなるような時間、試行を繰り返してきたんだ・・・

 

今、識り―――その上でやらなければいけない事・・・

 

違えては、ならない―――

 

 

 

リ:ジョカリーヌさん・・・泣いている暇なんてないよ―――そんな時間なんてないんだ! 今すぐにでも私を・・・

 

 

嗚呼・・・君は、やはりそう言ってしまうのか―――

いや・・・だからこそ―――と、言わなければならないのか・・・

だけどもう、甘えた事なんて言ってはいられないのだよ?

その事を、判っていると言うのならば―――・・・

 

 

その瞬間―――リリアは、此岸の次元(こちらのせかい)から、姿したのでした。

 

 

 

つづく