“疑惑”ばかりの、“疑惑”しか残らない―――“疑惑”の決勝戦が過ぎた後、
その日のログイン光景は、また一つ違った感じとなっていました。
市子にヒイラギは、かの疑惑の中心にあったプレイヤーは、今回質問攻めに遭うと思い、
今日はログインしてこない―――か、或いは、大幅に遅らせてログインしてくるものだと思っていたのに・・・
よもや渦中の人物が、自分達よりも早くログインし、剰え自分達を待ち受けていたものとは、思ってさえもいなかったのです。
市:(・・・)あなた―――「松元璃莉霞」さん、ですね?
蓮:えっ―――??
リ:(・・・)ああ―――そうだよ・・・
蓮:えっ?えっ?? ちょ・・・ちょっと待ってくれ?
“こいつ”―――って・・・“あの”?
リ:あんのさあ〜〜「市子」さん、他人のリアル情報垂れ流すの、ヤメてくんないかな。
・・・ったく、本当、最近のプレイヤーって、「マナー」って言うか、「ネット・リテラシー」・・・って言うか―――
ま、今回の事は、ここのエリアのマスターさんがいてくれたことに、感謝するんだね・・・。
まあ、あんたも、この人がいなけりゃ、この前私がしたように、『ダイレクト・コール』で済ませたんだろうけれど・・・さ。
市子の口から、図らずも出てきたのは、「リリア」というプレイヤーの“リアル”を特定できてしまいそうな、人物の名前でした。
けれどここは、匿名性の高い世界―――「誰が誰であるか判らない」からこそ、自由気ままに振舞える。
しかし、プレイヤーのリアル側・・・現実世界にいる人物を、特定できてしまう情報を漏らす行為は、
まさに禁忌であると言えたものだったのです。
だとしたなら、なぜ市子は、そんな禁忌を犯そうとしたのか?
こんな事が、エリア・マスターの耳に届いてしまったら?
いえ実は―――市子は、この場にエリア・マスターが見えたのを確認したから、
この行為に踏み切れていたのです。
そう・・・この、「トウキョウ・サーバー・エリア」を統括する「マスター」・・・
玉:ほッ―――ほッ―――ほッ―――そうカリカリするでないぞ、リリア。
忍:おっ―――皆さんお集まりデスね〜〜☆
その者―――上背低く、やもすればリアルの姿よりも幼い感じがした・・・
美しい「白金」の長髪を頭に頂き、よく見れば「狐」の“耳”や“尾”も確認できる―――?
いやしかし、市子達はその名前を聞くと、得心に及ぶのです。
かつて―――日本の中世において、数多の男性をその魅力で誑かし、時の天上人すらも、自分の美貌により陥れようとし、
そして退治された魔性の女性・・・
ある説話にては、討伐される際その本性を現し、『金毛白面九尾狐』に変化したる、その魔性の女性の名こそ・・・
『玉藻前』
しかして、その伝説上の大妖怪と、名前を同一とする・・・とは??
その疑問もさながらに、先程の市子の行動には、
「この場所にエリア・マスターがいるのだから、多少の無理は聞くのかもしれない・・・。」
「それにまた、私達の質問にも答えようとはしない、“この人”には、いい薬になるのかもしれない・・・。」
そう思い、試していたことでもあったのです。
けれどやはり、自分の思惑通りに行った―――・・・
市子が、リリアのリアルを割り出したのを防ぐ手立ては直ぐにも講じられ、
エリア・マスターの権限に於いて、周囲から閉ざされた“その空間”の影響は、
今尚―――持続し、継続している・・・だからこそ―――
市:さあ―――説明してもらいますよ、色々と・・・
“総て”―――総てがその“一言”に集約しすぎていました。
「なぜこの人は、関係のない私達を巻き込み―――」
「そして、これから何をしようとしているのだろう・・・」
「私が支援をしている清秀にちょっかいを出し」
「その上でこの“私”を巻き込み」
「剰え剣道部の女子部長、青柳柊子さんまでも巻き込み」
「ついで、ライバル校である「雷鳳」の、“あの人”でさえも・・・」
「そして、「トウキョウ・サーバー・エリア」のマスターでさえも巻き込んで」
「何をするつもりなのか―――・・・」
「只一つ、判っていることがあるとすれば」
「以前この人も言っていたことがある「自分に関わる重要な要素があるクエストをこなすため」に・・・」
「ならば、その「クエスト」とは何なのか―――」
「そうした事を、この機会に答えてもらうため・・・」
―――と、そう思っていたら・・・
リ:(・・・)してやりたいんだけど―――それは後回しだ。
それに、そんなことは道中でもできるしな。
それより蓮也、私が課しといたヤツ、出来るようになったのか。
蓮:ああ―――まあ・・・大体は・・・な。
リ:・・・ま、不安は残るけど、そいつも道中で出来なくもない―――
それからエリマス・・・「玉藻前」様、今回は迷惑かけちゃったな・・・。
玉:フ・・・気にせずとも好い、それにお主の事情、知らなくはないのでな。
リ:すまねぇ―――それともう一つ、済まないついでなんだけども・・・
玉:ほッ―――ほッ―――ほッ―――「ヒイラギ」殿のことであろう?
そちらも、心配せずとも好いでな。
リ:ありがたいよ―――ついてはこの借り、この後誠心誠意を以て返させて頂く。
なんとも、目を見張る事実がそこに―――
普段は物静かで、特定の友人とでしかコミュニケーションを交わすことが出来ない・・・と、思っていたら、
違う世界では意外と思えるほどのコミュニケーション能力を発揮し、
それが新人である「ヒイラギ」に対しての“ケア”も怠りなかった・・・
そればかりか―――?
実は、この時点においては、あの疑惑の一件に関わった人物は、あと一人残されていたのです。
そう・・・あの“死合”で、璃莉霞と互角に渡り合った、“あの人物”―――
誰?:お〜〜〜やあ? やけに湿っぽいから、お通夜してるかと思ったよ―――w
自分達よりか遅れる事、数分・・・
自分達の背後ろでかけられた声に振り向くと、そこには―――・・・
藍色をした長髪を、後ろで太い2本の「三つ編み」にし、肌は「雪に近い白」―――よく見れば、少し伸びた「犬歯」・・・
「琥珀色」をした双眸をした、「この人物」こそ―――
リ:ああ―――あんたが「子爵サヤ」か・・・
こっち側では、そういう姿をしてんだな。
市:(・・・)はあ〜? ちょっ・・・と?リリアさん―――
あなた、橋川さんの事を知ってて・・・
サ:お゛〜〜〜い゛!! ん゛〜〜だよ・・・あっぶねぇやっちゃなあ―――ちゃんと躾てんの??
リ:アッハハハ―――w そいつなら、先程私もやられたよw
ま、ビギナー上がりとしては、よくやらかす方だから、気をつけときなww
サ:チッ―――しまんねぇ・・・
ま、今回は大目に見てやるけど、今度やったらこっちも容赦ないからな―――
判ってるか、細川の「お嬢」サンww
存外に、自分が何気なく口にしていたことが「悪い」ことなのだと、そこでさながらにして市子は省みました。
それに・・・リリアも、自分のリアルが晒されそうになっているのに、この寛容にして寛大なココロはなんなのだろう―――
その事も、また一つ市子の疑問となったものでしたが、それはすぐに払われることとなったのです。
いや・・・そればかりか、これまで自分が抱いていた蟠りが、これを“機会”に判り始めてきた・・・
その“きっかけ”となったのが、「サヤ」の登場だったのです。
リ:まあ―――もうあんた達には知らせるまでもないが、こちらの人が、今回私に協力をしてくれる・・・
「ヴァンパイア」の「子爵」、「サヤ」さんだ。
それに、市子さんやヒイラギが疑問としている、あの大会の一件なんだが―――
その大元が、ある人が私に対して発注したクエストで、「PTを結成せよ」なんだ。
そこで私は、サヤさんの種族である「ヴァンパイア」の「マスター」に渉りをつけるために、
そのマスターのフレンドでもある、私自身の師匠にお願い・・・「そちらのプレイヤーの一人を貸してくれないか」―――をしてね、
どうにか受け入れてもらえる手はずになったんだが・・・
その「見返り」として、あの大会で「見たいものを観せる」・・・その為のものだったんだ。
ヒ:そんなことが―――・・・
リ:ああ―――そのことについては、ヒイラギ・・・あんたを結果、騙すようなことになってしまって、済まないと思っているよ。
サ:フフン〜♪ けど私は、久々に滾れて何より―――だったよ。
今までず〜〜〜っと、我慢しながらやってたことだったしさw
今にして思う―――
「私は、どう背伸びしたところで、この人には敵うことはなかったんだ・・・」
と―――・・・
片や、技術だけを競う「道場剣法」―――片や、“敗北”は即座に“死”につながる、「殺人剣法」―――
そんなものが、柵を払われた上で、相手と対峙した場合、どうなるのか―――・・・
「私は・・・あの時、それを観せられていたのだ―――」
現実の世界で、現実とは異なる空間で、斬り伏せられたこの人の姿と、自分自身とを重ね合わせて・・・
けれど柊子はこうも思ったのです。
「ならば、私がこの人に、何回か勝てていたのは―――?」
「やはり・・・その時に、凄く手を抜かれていた―――??」
それはやはり、武道をしている者にすれば、屈辱的なことではありました。
しかしながら、真相を知った今となっては、無謀にも思えたのですが・・・
とは言え柊子は、ある誓いを胸に秘めるのでした。
それはさておき―――リリアの“一部”の動機としては、明らかとなりました。
けれども、未だ謎の部分も多くあったのです。
そう・・・そもそもの、リリアが受けたクエストの、「発注元」―――
いえ・・・ですが、そのクエストですら、「リリアが大きく関わるクエスト」の、「ほんの入り口」でしかなかった・・・
ギルドの酒場の一角でなされていたミーティングを終え、それぞれの行動を開始するプレイヤー達。
新規プレイヤーであるヒイラギは、これから少しずつレベルを上げるため、玉藻前の処に預けられ、
一旦リリア達と別れるのでした。
一方のリリア達は、早急にPTを結成し、この「トウキョウ」にある、「ある施設」に・・・
その「ある施設」と言うのが―――・・・
#13;ある「称号」
サ:ほ〜〜ん、『ゲート』ねぇ・・・
これから、どっかの「エリア」に飛ぶのん?
リ:ああ―――取り敢えずは、「PTできました」ってことを報告しに、
『シベリア』に飛ぶ―――
サ:(・・・・・・・・・)はあ゛あ゛あ゛〜〜〜??
おい―――ちょっと待て・・・ってぇ?? 「シベリア」あ??
リ:そんな大袈裟なリアクション、取らなくていいだろうによ?
サ:いやいやいやいやいやいや―――ちょっと待て・・・って、私ゃ聞いてねえぞ? そんなこと・・・
市:あの・・・サヤさん? どうかしたのです?
これから私達が赴かんとしているところが、そんなにも危険なのですか?
サ:タハハ〜〜〜w いい気なもんだわ―――ww
なーんも知らない・・・ってことはww
「転移施設」通称を『ゲート』・・・
この世界に数ある「エリア」間を、瞬時にして移動できる簡便なシステム・・・
そんなシステムを利用して、これから自分達が行こうとしている「エリア」こそ、「シベリア」だった・・・
サヤは、サヤが所属する種族だからこそ、知っている事実がありました。
そんなサヤさえもが、大袈裟と思えるまでのリアクションを取るまでの「危険地帯」・・・
しかし市子は・・・蓮也は故より、知らない―――知る由もない・・・
とある大国の極地に位置する、その地域・・・「シベリア・サーバー・エリア」―――
けれどそれよりも、サヤすらも知らされていなかったのは、
リリアがこのゲームの内で「最も危険」な地帯として指定を受けている「エリア」の“誰か”に、
この「PTを結成せよ」―――の、クエストの発注を受けた・・・
このクエスト自体は、もっとも単純にして、取り敢えずそこら辺にいるプレイヤーを捕まえて、結成をすればいいまでの話し―――
だけど・・・
サ:ああ〜〜〜そう言う事ね―――迂闊だったわあ〜〜〜・・・
あの酒場での「メンバー」、そんでこのPTの「構成」・・・
おい、そこの「武者巫女」さんの言葉じゃないが、そろそろ本題話しちゃくんないもんかね―――
思えば、「あの酒場」では、“中堅”のプレイヤーに、“そろそろ新規から脱却しそうな”プレイヤー、
そして「エリア・マスター」に、クエストの発注者と、ほぼ同じレベルと思われる自分がいる・・・
総ては、「その時点」で判っていなければならないことでした。
この、一見にして簡単に見えるクエストも、生半可なPT構成ではダメ・・・だという事実―――
だからこそサヤは、先程よりは真剣な顔つきに声色となり、このPTのリーダーであるリリアに迫ったのです。
そう・・・ある事実―――この「リリア」なる者が持つ、『称号』を以て・・・
つづく