この次元―――そして自分達と同じニンゲンの種属と思われる、怪しげな女性2人・・・そんな者達を前に。
この集落『東南の砦』を守衛している衛士の1人が「ある事情」を訊く為にと、その2人を誘い入れました。
そしてその2人の女性も衛士に誘われるがままついて行ってみれば・・・そこはなぜか、休息が出来る場所ではなく―――
市:これはどう言う事でしょう? 私達は休める場所を求めていたはず・・・
衛:フン―――それよりそこのお前、以前ここの司令官殿を斬り殺した奴だな?
リ:(・・・)おや、そうだったか? 私にはとんと身に覚えのない事だが―――
衛:嘘を吐けい! 本国よりの通達で『蒼い服と銀の重装鎧を装備した女』―――そして「人相書きの手配書」によって、お前がそうである事は間違いないのだ!!
しかも事もあろうに、我らがニンゲンの英雄である方の名まで騙りおおせるとは・・・今ワシの相棒が応援を呼んだからな、逃れるモノと思うなよ!
リ:ふぅん・・・へえ〜〜〜で、そいつどんな有名人の名前を騙ったんだって・・・?
見るからに人気のない―――そんな場所で、この怪しげな女2人のことを取り調べようとしていたのです。
しかも東南の砦を守衛する者は、明らかにリリアの事を知っていた―――
以前リリアがこの砦の司令官を殺害に至った時、よろしく風体を覚えられ、以後現れるとともに捕縛の厳命が下りた・・・
しかしこのままではまずいと思っていた者は、のらりくらりと追及の手を躱すものの、その手は剣の柄にかかろうとしていた―――
そしてそれは、“合図”である事を「神威の巫女」は知らされていました。
そしてその衛士が『リリア』―――と言い終わろうとしていた時。
リ:ここを突破するぞ―――!
市:―――はいっ!
この難を逃れる為、近場にいた4・5人を斬り伏せどうにか虎口を脱することが出来たリリアと市子―――でしたが。
続けざまの刃傷沙汰にまたしてもの脱走を許してしまうとなると、自分達の責任が問われてしまう・・・そう思った衛士達も見逃す訳にはいかないのです。
しかしどうにか虎口は脱したとはいえ、リリアは重装鎧を装備し、また市子も不案内にして不慣れな土地ゆえ移動速度も思ったより出ず・・・
まずい―――このままではいずれあいつらに追いつかれてしまう・・・
私はどうなっても構わないが、市子だけはどうにかして逃がさないと―――
追ってから逃げる道中のリリアは、自分の身よりも真友の身を案じてはいましたが、立場を一転すると市子も同様の事を考え―――
この感覚・・・そうですか―――これが「生の肉」を・・・人の身体を“斬る”と言う感覚なのですね・・・。
出来れば今すぐにでも忘れたい―――けれどだからこそリリアは、この私にそうした感覚を味わわせないようしてくれた・・・
けれどそれは私の甘え―――もうこの心に誓ったではありませんか、この先如何なる困難が待ち受けていようとも、私は・・・
人体を斬る―――とは、言葉にすれば容易いものでしたが、いざ実際の行為に及ぶとなると、言い知れ様のない気持ちの悪い感覚に陥ってしまうのです。
それに、現実内に於いても、連日連夜報道される事件性のモノについても、よくこうした殺傷に関する内容を耳にするのに、
耳が慣れ過ぎた所為もあるからか別に気にすらならないでいた・・・。
けれど今、「人体を斬った」と言うこの感覚・・・今にして思う、こうした行為に及んだ―――及んでしまった行為人は、その時何を思いこの行為に及んだのか・・・。
已むに已まれぬ“事情”で及んでしまったのかも知れないが、時として自らの「嗜好」「趣味」「快楽」によって及べる者もいるのかもしれない・・・。
“前者”はまだ情状の酌量と言うモノがあるのかもしれないけれど、“後者”は・・・
自分はけっして“後者”にはなりたくない―――とはしても、今はそうかもしれないけれど、「慣れ」・・・感覚が麻痺してしまえば―――
けれどその事を危ぶみ、剰え自分から突き放すなどして、どうにか“こちら側”に来させない様にしてくれた真友の慮りを・・・
自分は蔑ろにしてしまった―――けれどこの心に誓ったのだ、自分にある“甘え”を棄て、これから真友と同じく・・・横を側を走れる存在になろうと。
市子は、リリアに手を引かれながらも、自分の思いを新たにするのでした。
が―――・・・
ゥ オ オ オ オ オォ ォ・・ ・・ ・ ・ ・
市:(遠吠え・・・)オオカミ―――?
リ:いや・・・違う―――この感覚、魔力が籠った遠吠えだ!
市:えっ・・・魔力―――??
リ:(くっ・・・)どうやら・・・本当に道に迷ってしまったみたいだ―――
まるで、オオカミの様な遠吠え―――それを市子は、まさにオオカミそのものだと捉えましたが、リリアは違った・・・
市子よりかは早い時期に彼岸へと渡った経験があったからか、魔力を感知できるようになっていた・・・(?)
それに、傍目から見ても焦っているのが判ってきたのです。
それを裏付けるかのように、リリアの足が“ハタ”と止まってしまう―――後方からは自分達を捕えようと躍起になっているニンゲンの兵士達が迫っていると言うのにも拘らず・・・
けれど、この後方からの脅威よりも、格段の脅威―――いや・・・「恐怖」そのものが、前方から現出してきた・・・の、です。
#131;饕餮との邂逅
市:な―――なんですか・・・あれは・・・
市子が当初思っていたオオカミよりも、桁外れの大きさ・・・
全長5m 体高3m にあまり、漆黒の体毛―――けれどその所々に、鮮血を思わせるような赤い斑点が“斑”状にあった・・・。
逆しまに吊り上がった眦は今にも好物の肉を貪ろうとする為に爛々と輝き、耳元まで裂けたその咢からは涎を垂らし、覗いて見える牙も鋭利な刃物の様にも見えた・・・
その存在こそ『魔獣』―――しかもリリアは、この巨大肉食獣の事を、知っていた・・・
リ:『饕餮』?? なんで・・・こんな奴が―――こんな処に・・・???
『饕餮』こそは、先程の説明にもある特徴を持つ存在にして、もう少し詳しく述べるのならば。
「魔狼」と称される『フェンリル』の亜種にして、その性格は獰猛、人肉は勿論の事、魔族であろうが魔獣であろうが捕食する超一級の警戒すべき存在・・・
その魔獣が、咽喉から自分達の肚の底にも響くような、重く・・・低い唸り声を発する―――
彼の者の目には、恐らく偶然出くわせた好物の肉を選り好みしているに違いはない―――
その危険性と恐怖からか、リリアも後退りするのでしたが、ニンゲンの兵士達はまた違った・・・
兵:ヒッ―――ヒイイィッ! と、と、饕餮だあぁ〜〜!!
兵:に、に、にっ―――逃げろぉお〜!!
こう言った危険な野生生物に遭遇した時の間違った対処法の一つとして、その恐怖に屈してしまい、絶対に背を向けて走り出してしまっては―――ダメ・・・
すると、どちらを捕食するのかを決めた饕餮は、「にんまり」と笑ったかのように見えた―――
すると市子とリリアを飛び越え、逃げたニンゲンの兵士達に飛びかかり、飢えた腹を存分に満たし始めたのです。
その惨状を見るしかなかった―――見ているだけでしかなかった・・・なによりニンゲンの兵士達は、自分達を捕える為に追ってきていたのだから・・・
けれど一難は、これで去ったわけではありませんでした。
少しばかりニンゲンの兵士達の事を憐れに思った市子でしたが、リリアの異変にも同時に気付いてしまったのです。
市:リリア? どうしたの―――・・・
しかし、返事は、ない。
それどころか県の鞘を持つ手が僅かながらに震え、“カタカタ”と鳴っていた・・・
すると少し後れ、自分も震えている事に気付かされる市子・・・
そう―――今まさに彼女は、知覚をしていないながらも生物の本能的な感覚により、まさに生命の危機を感じさせられていた・・・
けれどもリリアは知覚できていたからこそ、やはり生命の危機を感じながらもその危機に備えていたのです。
リ:(来る・・・)―――。
そう思うが早いか、これから自分達が進もうとしていたその先・・・森の奥の闇から、“人”とは思えない存在が待ち受けているのを知ったのです。
?:『魔堕羅』・・・
自分達が追手から逃れる為に選択した先―――は、木々が乱立し、一つの「森」を形成していました。
“獣道”とも“人道”とも思えない僅かな轍が頼りの“道”・・・その下には下草が鬱葱と覆い茂り、奥へと行けばいくほどに日差しはなくなり、
それがまさに一つの「闇」を形成しているかのようでした。
その先に―――“人”とは思えない存在が、待ち受けていた??
一体誰を―――?
私達を―――??
けれど・・・その存在が、一つの名を呼ぶと、あの・・・
饕餮が・・・・あ、あんな危険生物を手懐けているなんて―――??
信じ難い事に、『魔堕羅』と言うのはかの饕餮の個別の名前のようでした。
しかもまだ信じ難い事に、先程人肉を喰い散らかせた巨大肉食獣が、その存在に身体を摺り寄せ甘えている・・・様な? 仕草を取り出したのです。
?:よーし、よぉーし・・・いい子だ―――
それ・・・で? あんたら何でこんな処にいる、この先に何があるのか・・・それを判った上でこっちへ向かっていたと言うのかい?
じゃれる饕餮を宥めるも、厳しい質問が飛び交ってくる―――
そう、ここは此岸の次元と「同じ」ようで「同じ」ではない・・・
此岸では自分達「人間」しかいないけれど、彼岸には「魔族」がいる・・・
そう―――「この遭遇」は決して偶然なのではない・・・
リリア達が無意識ながらも向かっていた先は、この存在・・・いずこかの魔族の領域でもあった。
その為、ニンゲンが迷って来させない為にと警戒に出ていた―――だから遭遇をしてしまった・・・
この、饕餮よりも危険な存在と・・・。
つづく