頭に獣の豹の耳を持つ少女―――ノエルは以前にも述べた事がある様に「戦災孤児」。
戦争と言う災禍によって引き起こされた被害の当事者でした。
そんな彼女に、唯一気も心も許せていた存在がいました。
それが、エルフ族の女性―――「ローリエ」。
少しおっちょこちょいで、不器用で、ドジばかり踏んでいる―――けれどどこか憎めない、そんな存在でした。
そしてローリエも、ノエルと同じ・・・戦災孤児。
しかしながらその「集落」としての性質上、そうならざるを得なかったと言っても差し支えなかった。
その「集落」―――こそ、今代の魔王が魔族の最終防衛地点として、戦略面で組み上げた「東南の集落」でした。
ゆえに、ノエルやローリエと同じ境遇の者達は彼女達だけではなかった・・・。
それに―――
#139;「ローリエ」と言う名のエルフ
ロ:ねえねえ―――私ローリエって言うの、あなたのお名前は?
ノ:――――?
ロ:んー無視はないかなあ?
ノ:何の様なのですか。
ロ:えっ、あっ、うん―――あなたいつも一人ぼっちだよね。
ノ:ええ、両親を亡くしてしまいましたから。
ロ:それじゃ私と一緒だね。
それでさあ、一人ぼっちだとどこか寂しくならない?
ノ:別に?これと言って―――
ロ:だったらさ、私と仲良くなろうよ。
それに仲間がいれば楽しくやっていけるって。
一人でいる処を淋しいと思われてしまったのか、妙に付き纏ってくるドジで鈍間でおまぬけなエルフ。
当時の私はそんな彼女の事がウザったく、嫌いでした。
けれど―――そんなノエルの気持ちとは裏腹に、「彼女自身」と言う存在を目一杯に押し付けられ、
ついには根負けをしてしまい相手をしてしまうノエル。
ノ:もうっ!いい加減にしてくださいっ!
ロ:え〜〜いいじゃあ〜ん。
ノ:『いいじゃん』ではありません!私の他にもいるでしょうに。
ロ:え〜〜だってさあ、皆私の事相手にしてくれないんだも〜ん。
ノ:(〜)それは、あなたがおバカだからだと思いますよッ!
ロ:お、おバカ〜?ひっどぉ〜い!
ついに反応を―――相手をしてしまった。
それであるが故、抜け出す事の出来ない蟻地獄に嵌ってしまったかのような感覚。
立ち処にノエルとローリエの丁々発止は、集落の皆の目に留まる様になり、それがどこか彼らの心の休まりの間ともなっていた・・・
はっ!? 皆が・・・笑ってる?
この人、これが狙いで・・・?
皆、やっと笑ってくれたね―――そうだよ、誰かがバカやらないと、ここはずっと暗いまま・・・。
だから私が、バカになろうと決めてやっているんだ―――。
直接的な彼女同士の間での会話は発生してはいませんでした。
けれど相手の気持ちが自然と流れてくるようだった・・・。
そうだったんだ―――エルフ族ってどこか高慢で高飛車なイメージがあったけれど、この人だけはどこか違うみたいだ・・・。
ちょっと間が抜けたようで、とても賢いようには見えない。
それに「エルフ」という特徴が邪魔をしているから、他の人達も彼女を避けている印象すらあったのに・・・。
だからこそ―――バカに見えるような演技をしていた・・・エルフはやはり賢かったのです。
そうした想いが届いたからか、いつしかノエルもローリエからちょっかいをかけられては絶妙な「合いの手」としての役割を果たしていたのです。
とは言っても、依然状況としては変わっていない。
戦乱の世であるからこそ攻め立てられる・・・。
だから、こそ―――
ロ:ねえ―――ノエル・・・。
ノ:どうしたのです、ローリエ。
ロ:私、やっぱり義勇の士として志願して来るよ。
ノ:あなた・・・気は確かですか?!
ロ:うん―――確かだよ。
それに出来る者が出来ないって言っているんじゃ、ダメなままだと思うんだよ。
時折、今代の魔王自身が、この集落の防衛に当たる為に出向いてくる・・・とは言うものの、それは「いつも」ではありませんでした。
ある時点で形勢が不利に傾きそうになると、それ以上にならない様にと交渉の場に現れてくるだけ・・・。
それ以外はどうにか押しきれられない程度に専守防衛をする―――それでも兵士は斃れて逝くのです。
それに、その防衛のために闘える者・・・それこそ老若男女を問わず―――と言う訳にはいきませんでした。
性別は問われずとも幼すぎる者や年老い過ぎた者は、いくらその意思があったとしても不適格にされてしまっていた・・・。
当時のノエルは、その意思があったとしても「不適格」でした。
片やローリエは、その資格を充分に果たしていたのです。
だからローリエは、義勇兵の一人として志願した―――の、でしたが・・・
ロ:あやっ?!あいテテテ・・・
あひゃあああ〜〜〜!!
ン・ぎぎぎ・・・・も、もうダメ〜〜〜
一体どこまでが本気で、どこまでが演技なのやら。
何もない処ですッ転ぶし、深みに嵌るし、少し重い物でも持ち上げられずにすぐへこたれるし・・・
だから―――
隊長:お前、後方の更に後方な。
ロ:えええ・・・しょんなあ〜〜〜トホホ。
全く―――の「戦力外通告」を受け、後方の更に後方での支援活動に従事するのがローリエの役目になりました。
しかし?それはどうやら―――・・・
ノ:・・・あなた、私と一緒に居たいが為に、ワザとズルしましたね?
ロ:エヘヘ〜〜バレちゃった? けどさぁ、私の身体能力ってこんなもんだよ。
ローリエ自身、ノエルの身を案じるために、ワザと演技をしていた?
しかしながら、確かにそれはローリエの思惑の一つ・・・なのでしたが、ある時―――。
そう、それは人目を忍んで林の中に消えて行くローリエの姿を、偶然見てしまった・・・
あの人―――なぜこんな時分に?
妙な胸騒ぎを覚え、彼女の後を尾けて行くノエル・・・他人の目を避け、誰もいない処でする事と言えば。
もしかするとこのエルフは、敵と・・・?
そう思っていたら「あの場面」―――そう、リリアが自身の武を磨いていた「あの場面」と同じ状況に出くわしたのです。
エルフの、種属としての特徴―――時に素早く、時に軽やかに身を翻し敵を穿つ。
得意としていたのは武器全般、その中でも特にローリエが得意としていたのは「弓」でした。
それにやはり、「魔術」も得意としていた。
ローリエが得意としていた魔術は、主に「補助系」。
エルフの特性としている素早さを向上させるモノや、物理的な矢ではなく「魔法の矢」を創造させる事も心得ていた。
なのに・・・
ロ:はあ〜あ、こんなモノかなぁ・・・。
でも、まだまだだ―――こんなんじゃ皆を救えないよ。
何を・・・言っているのか、判らない―――。
私が見ていた、見せられていたのは、この集落での防衛の前線でも十分通用するものだというのに。
確かに、ノエルが見せられていたローリエの武は、そう言えました。
けれどローリエには、歴とした志があったのです。
ロ:ニンゲンの「英雄王」―――かの伝承通りだったら、ここに攻め寄せてくる連中なんて、敵じゃないんだろうなぁ・・・。
ローリエが目標としていたのは、彼女自身が産まれるよりも遥か以前に存在していたという、ニンゲンの「英雄王」でした。
たった一人で当時の魔王と相対峙し、そして倒した武辺者。
そうした存在に自分が成れるよう、直向きな努力を続ける―――それがローリエでした。
志は、高い―――そしていつしか自分がそう成れる様にと、努力を惜しまない為にと後方の後方に収まって武を磨く。
ノエルにはそう思えてならなかったのです。
それから・・・幾許かの時が過ぎた―――運命の日に。
この当時になってようやくノエルも、義勇兵の一人として加われることになりました。
けれど彼女は・・・
隊長:なんと??ノエル―――お前、高い成績を収めておきながら、後方の後方に収まりたいと?
ノ:はいっ!あのおバカエルフ1人だけだったら、また何やらヘマをやらかしかねませんから。
唯一自分が気を心を許した存在と同じく、後方の後方―――支援の任に就くことを志願したのです。
しかし口ではああは言ったモノの、もう既にこの当時ではお互いになくてはならないまでに絆を構築させていたのです。
そして―――悲劇の幕は上げられる・・・
ロ:ノエルぅ〜〜私の事、「おバカエルフ」って、言い過ぎじゃない?
ノ:けれどそのお蔭で、またあなたと一緒になったじゃないですか。
いつもの様なバカ話が出来たのも、その日が最後でした。
それと言うのも、やはりこの集落を目の敵に、攻め寄せてくる軍勢―――
そして、あの回想の場面・・・逃げ惑う住人達を安全な地帯に避難誘導させているノエルを・・・
ノ:キャアアッ! ああっ・・・ぐぅぅっ・・・
猪:グハハハ―――死ねい!
そんなノエルを目聡いと見たレギオンの蛮兵により、地面に転倒させられ終撃の刃が振り下ろされようとしていた・・・時―――。
ロ:ノエルーーーー!!
自分と、蛮兵との間に、塞がる様に割って入った存在こそ―――ローリエ・・・
しかし、終撃の刃は止まらない。
ノエルを庇う為に覆い被さったローリエを、レギオンの蛮兵の大刃は背中から分断をした―――・・・
しばらく戦慄きながら大量の血潮を吹き、撒き散らし、その大半をノエルにかけながらローリエは物言わぬ冷たい骸と変わり果ててしまいました。
そんな、信じ難い光景をまざまざと見せつけられ、ノエルもまた硬直してしまいました。
とても現実としては受け入れられない―――また、その場を脱そうとも、力無く斃れた骸を押し退けられるほど、ノエルには力はありませんでした。
だから、ノエルはローリエが身を呈した甲斐虚しく、またその場に一つの骸と変わり果ててしまう処だった。
猪:グ・がぁっ?!
サ:無事か!
目の前のもう一匹の獲物に止めを刺そうと、大きく振り被ったモノの、出来ずに露と果てた蛮兵と、その者を斬った者こそ、後にノエルを保護するサヤでした。
けれど続けざまに信じ難い光景を見せられたノエルは、そのまま気を失ってしまったのです。
つづく