“超”のつく高難度のクエストを受けた、その翌日―――
現実の世界にては、「白鳳」の生徒会長である細川市子が、2クラスある2年生の、ある教室を訪れていました。
それは・・・「ある生徒」に、会う為に。
市:(・・・)松元さん、ちょっと来て頂けますか?
璃:―――えっ? わ、私・・・?
特段、目立つ印象のないクラスメイトの松元璃莉霞を、この学園の生徒会長本人が訪ねる―――
こんなにも異質にて、珍事が起こり得るものだ・・・と、そのクラスの誰もが色めき立ち、騒めいた・・・
なにより、一番驚いたのは、璃莉霞本人でした。
なるべく現実では、あまり目立ちたくはない―――とはしていても、もう既に知られてしまった・・・
市子に清秀に柊子は、同じオンライン・ゲームで出会ったこともあり、
仮想の世界では、現実の自分とは違う事を知られてしまったのです。
そう・・・つまりは、市子が璃莉霞を「自分の部屋」―――生徒会長室に呼び出したのは、
理由として“只一つ”・・・
璃:うわぁ・・・凄い部屋―――
市:(・・・)あなた―――それは皮肉で言っているの?
昨日赴いた「シベリア」のエリマスの部屋は、ここよりは荘厳だったと言うのに・・・。
璃:(あ・・・)ははは―――・・・い、いえ、仮想と現実とは、違うと言いますか・・・
市:(・・・はあ〜)全く―――仮想と現実とでは、こうも違うものなのね・・・まあいいわ、
あなたに少し聞きたいことがありましてね。
璃:―――えっ?
市:言っておきますが、これから私がしようとしている事は、立場が“そう”だからしているだけです。
あなたが雷鳳の生徒ならば、この役目は橋川さんがなされていたはず・・・
璃莉霞も、実のところを言うと、「これ」は想定の範囲内でした。
互いに割れてしまった「リアル」・・・だからこそ疑問は湧いてくるに違いない―――
だけど、“それ”と“これ”とは、関係がない・・・
「シベリア」のエリマス―――エリヤ達の問題を、なぜ「リリア」が解決しなければならないのか・・・
互いが嫌悪するエリマス同士の仲を取り持ち、なにを得ようとしているのか・・・
実は―――“これ”でもまだ、自分の問題の、解決の「入口」に、立たされていただけだったのです。
だからこそ、“今”は、未だその時では、ない―――
だから“今”は、「こんな言葉」でしか返せず―――・・・
璃:ごめん―――なさい・・・今はまだ、「その時」じゃないの・・・
細川さんや秀ちゃんを、巻き込んだ立場で言うべき言葉じゃないのは判ってる・・・
だけど―――“今は”、未だ、その時じゃない・・・
「今は」「未だ」「その時じゃない」―――
その言葉で“至れた”事がありました。
「そうなのだ・・・“私達”は“未だ”、「そのLv」に至ってはいない・・・」
「私は故より、蓮也も到底「そのLv」に追いつくまでは―――・・・」
だからこその、「危険地帯」とも言える、2エリアの強行の敢行―――
事実、シベリアで受けたクエストも、低難易度とは言え、順調とは言い難いものでした。
その原因は―――やはりPTの内では、Lvが低い蓮也だった・・・
彼はまだ、プレイ時間としても日が浅く、上級プレイヤーであるリリアやサヤの連携についていけないところがあった・・・
それを、NPCである「エネミー・モブ」に付け入れられることが儘にしてあり、
その“穴”のカバーに奔走していたのが、市子ではなく―――リリアだった・・・
そう、そこだけを見れば、まだまだ未熟・・・
蓮也よりはプレイ時間は長いものの、所詮市子自身は、蓮也に少し毛が生えた程度でしかないのだ・・・
そこは、認めないといけない―――
しかし、だからと言って・・・
市:あなたの事情―――全てではありませんが、少しは理解しました。
璃:あ―――・・・(ほっ)
市:・・・が、“それ”と“これ”とはまた「別」です―――
璃:えっ??
市:この私を、あまり嘗めないで頂きたいですわね―――!
それに、言いたいことがあるならば、はっきりと言えばいいでしょう!!
璃:ほ・・・細川―――さん?
市:はっきりと言いなさい! 「あなた達か足手まとい」なのだと!!
璃:わ―――わわっ!? 細川さん・・・声が大きぃ・・・
市:何を狼狽えているのです! この部屋は「完全な」防音―――
多少大声を出したくらいでは、ここで何が行われているか、分からない仕様となっているのですよ!!
それに・・・あのPTの構成―――最初からおかしいとは思っていたのです。
初心者も同然の清秀と、その彼より毛が生えた程度の私を、なぜ招き入れたのか・・・
そこの処だけでもいいですから、あなたの「赤心」を、明かして下さい―――
いつになく感情的になり、お嬢様泰然としていた生徒会長から、怒号が飛び交う―――
「これが・・・この人の“素顔”―――」
「自分の素性というものを、押し隠していた“私”に対しても―――」
「赤心あるがままに明かしてくれたことを・・・」
「そこは、感謝しないといけない・・・」
「けれど―――・・・」
「「覚悟はできている―――」そう口にしながらも、本当の処では、「覚悟が出来ていなかった」“私”・・・」
「こんな時にでさえ、未だ私の事情と言うものを、知られたくはない私がいる・・・」
「違う―――違うんだよ・・・」
璃:違うんだよ―――市子・・・さん。
本当は・・・私は・・・
本当の意味で私は、「臆病者」なんだ!
市:(!)あなたが・・・?
どうして―――
璃:だって私は・・・未だ素直にはなれない―――
いくら市子さんが赤心を・・・あるがままの気持ちを明かしてくれと言われても、
この私の“覚悟”が足りていないから、答えてあげるわけには行かないの―――!
市:(・・・)そう言う事でしたか―――分かりました・・・
自分の赤心を明かしてみたものの、やはり彼方からは連れない言葉でした。
けれども、“それ”もある意味では市子の想定内―――
自分一人となった生徒会長室で、市子は・・・「ある人物」を“召喚”したのです。
市:(・・・)―――祐美恵・・・
祐:―――こちらに
市:確かあなた・・・松元の家とは関わりがありましたよね。
祐:(・・・)「松元」―――その家名、あまり思い出したくはありませんね。
市:(・・・)あなたほどの―――“忍”が?
祐:ええ―――なにしろ“あの方”・・・
「征木」の“メイド長”であった「松元ハナ子」は、私の直属の上司にして・・・我が師でありましたから。
その部屋の―――“闇”の部分より湧き出た存在・・・
こんな“芸当”が出来る者こそ―――“忍”・・・
そして、その“忍”の主人であると思われる市子の口から出た、その“忍”の名こそ『須藤祐美恵』というのでした。
(ここで・・・前回出演したことのある「加東しの」も“忍”・・・そしてこの「須藤祐美恵」なる者は、市子の命により動いたようですが・・・
つまり、彼女達“忍”は、ある種の“契約”によって雇われ、動いている・・・“契約”をした主人の「家」に、忠義を尽くす者達なのである。
ちなみに・・・こうした“忍”は、あと一人いる模様―――)
その、「祐美恵」なる者の口からは“ある事実”が―――
そう、その“事実”とは、祐美恵なる者の“経歴”にも関わりがあった事―――
かつての、彼女自身の“上司”と“師”の存在・・・それが「松元ハナ子」なる人物のようですが・・・
そう・・・「松元」―――あの璃莉霞と同じ苗字・・・で、あるならば、なんらかの事情を知っているものと思い、
その人物の部下でもあった自分の「メイド」にして、忠実なる“忍”を呼び、言質を取ろうとしたのです。
そして―――“思い”“至る”・・・
現在、形骸化されているとはいえ、かの「御三家」の“立場”に“影響力”は、自分達の「家」よりも、「上」なのだ―――と・・・
それに、数年以上前から囁かれている、「征木家当主」“謎”の失踪・・・
その「家」の“メイド長”を務めていたと言う人物の部下ならば、多少の事情を知っているものと思ってはいましたが・・・
自分が訊いた上では、それ以上の接点は見い出せずにいたから、程度以上の情報は聞き出せずにいたのでしたが・・・
ただ、“噂”に聞くところによると、「征木」には、自分達と同じ年頃の“娘”がいたはず・・・
それに、これまでは、その“娘”の行方も知れずのままであった・・・
けれど、だからこそ―――なのか、璃莉霞と接点を交らわせていく内に、市子は次第に気付き始めていたのです。
#16;OUS
それはそれとして―――その日のログイン光景・・・
指定されていた時間より、早めにログインした市子と蓮也は―――
蓮:なあ―――お嬢、なんだってオレ達だけ、早くログインを?
市:―――・・・
蓮:お、お嬢?
市:全く―――! あなたと言う人は!!
いい加減にその呼び方は止めなさい・・・と、言っているでしょう!!
蓮:えっ・・・え、え―――あ、ああ・・・
いつになく苛ついていた―――
それは、いつまで経っても、自分に対しての呼び方を直さない者に対して・・・?
それは、いつまで経っても、中々梲の上がらない者に対して・・・?
いえ・・・中々、上を目指そうとしなかった、“自分”に―――
現状に満足しようとしていた、“自分”に対して―――
「それにこれは、最早“八つ当たり”なのだ―――」
「成長していないのは、“私”―――」
「もし私が、あの二人にもっと近づけたなら―――」
「もっと展開は早くなったのだろうに・・・」
これは、市子の“焦り”にも似た感覚―――
けれどそれは、遅きに失していたことだったのです。
そこで一案を巡らせることにしました。
あの、二人の上級プレイヤーがログインしてくるまでには、少々時間がある・・・
その「時間」を利用して、どうにか出来ないものだろうか・・・
そうしている内にも―――
サ:おぉ―――んや、ようやく“至れたり”かい。
市:サヤさん―――あなたも気付いていたのですね。
サ:ああ―――だからと言って、私から言うほどの事じゃない。
あんたは賢いからな、いつかは“至れる”もんだとは思っていたのさ。
市:それにしても、「ようやく」―――ですか・・・
もし・・・私が“至れ”なかった場合には?
サ:そいつも心配はいらない―――そう言うのも“込み”での、「私」だから・・・な。
二人は、すでにその「域」に達しているから判っていたことだった・・・
「“これ”は、私自身が気付かなければ、ならないことだったのだ・・・」
その事は、次第に―――未だ“至ら”なかった自分への“怒り”へと変じ、
やがて市子は「至れる」事が出来ていました。
そう・・・市子「自身」でしか修得しえない「プレイヤー・スキル」・・・
それこそが―――
リ:(・・・)フッ―――ようやく「至った」か・・・
サ:おう―――やはり思っていた通りだったよ。
私が“出る幕”なんざなかったってワケさ。
市:申し訳ありません・・・私が足踏みをしてしまっていた所為で―――
リ:そいつは、言いっこなし―――てヤツさ。
“こいつ”は、な―――自分の「切り札」みたいなものなんだ。
「切り札」―――ってのは、出来るだけ他人に知られちゃならない・・・
なぜなら、知られた時点で、「切り札」ではなくなっちゃうからだ。
市子が、この度新たに修得した「プレイヤー・スキル」・・・
それこそが『OUS』と言われるものでした。
市子「のみ」が修得でき―――市子「しか」知らない・・・市子「だけ」のモノ
だからこそ秘匿としなければならない―――
重要な、「ここぞ」と言う場面で出さなければならないもの・・・
それは、サヤやリリアも“同じ”であり、彼女たちが持つ「OUS」も、
彼女達「のみ」が持ち得た、大切な『宝』のようなものなのです。
そして―――これで最低限の準備が整った・・・
「OUS」を持つプレイヤーが、PT内に3人・・・
これで、多少の無理が効こうと言うモノ・・・
そして“これから”、最大の「難敵」に挑まなければならないのです。
つづく