今回の「鳳凰祭」の完全決着の場に―――松元璃莉霞はいました。

それも、誰がどう見ても「武道着」の“それ”を身に(まと)い、

しかしながら―――雷鳳武道場入り口付近に(たたず)んだまま、入ろうとはしませんでした。

 

なぜならば、彼女は―――その時点では、その資格はなかったのですから・・・

 

だからこそ、「景品」自身が、対戦者を(あお)り立てた・・・挑発をしてきたのです。

 

すると、今回の発起人の一人である―――千極厳三(せんごくよしみつ)は、どこか判ったかのように・・・

 

 

厳:フフフ―――味な真似をする・・・

  よろしかろう―――そこから入ってきたまえ。

 

 

今回の事は、両校の対戦成績が全くの五分となったから―――こその、「完全決着」をつけるべくの、

言わば「エキシビジョン・マッチ(決闘)」・・・

 

つまり、両校の「代表」同士―――生徒会長同士が、互いの威信を賭けて挑む「決闘」・・・で、あるはずなのに、

全くの他人・・・いや、「今回の景品」である松元璃莉霞が、白鳳学園の代表として、名乗りを上げてきたのです。

 

とは言え、本来ならば璃莉霞は、この「決闘場」に、入る資格は持ち合わせていないはず・・・

 

そう―――「本来ならば」・・・

 

ならば、自分の事を咽喉から手が出るほど欲している人物を、納得させればいい・・・

だからこその「挑発」であり、その挑発を受諾する言葉があった・・・

 

これで、心置きなく、足を踏み入れることが出来る―――・・・

 

璃莉霞は、ゆっくりと―――しかしはっきりとした足取りで、特定の位置まで到達しました。

 

それにしても、なんと美しいことか―――

まさしくの、その場に於いての立ち居振る舞いこそは、定められたる“武人”の慣わし―――

(いにしえ)より息づく、“武人”の作法―――

 

これで整った―――と、まさに皆が思った時、奇妙なものを目にするのです。

 

璃莉霞が所定の位置に収まったことで、決闘の準備は整いました。

だからこそ厳三(よしみつ)は立ち上がり、竹刀を青眼(せいがん)に構えるのでしたが・・・

依然として璃莉霞は、所定の位置にて―――「正座」をしたまま・・・

 

そう―――彼女のその姿勢の事を、小夜子は知っていました。

 

この前日に、使者として現れた璃莉霞が取った、唯一の行動・・・

それこそが「正座」だった―――

 

けれど、「あの時」と今とでは、決定的に違っている事・・・

それは、今回璃莉霞は「帯刀」をしている―――と、言う事・・・

しかも璃莉霞は、自らの竹刀を、真横には置かずに―――自身の前に置いていた?

 

そう、これこそまさしく奇妙―――と、言わざるを得ませんでした。

なぜなら、「剣道」の慣わしとしては、自分の番が来るまでは、正座をした自分の真横に、竹刀を置いたものなのですから・・・

 

けれども、彼ら彼女が今見ているものとは、そんな慣わしとは関係のない、作法―――だった?

 

なんとも奇妙―――にして、酔狂な真似事をするものだ・・・と、皆誰しもがそう思った時、

小夜子の脳裏には、あの時の厳三(よしみつ)の言葉が蘇えっていました。

 

そう・・・それこそが「構え」―――“攻撃に移れる予備動作”なのだと・・・

 

そして今―――実証がなされる・・・

 

鋭い掛け声とともに、猛然と詰め寄り、竹刀を璃莉霞の頭上に振り下ろす厳三(よしみつ)・・・

ですがしかし―――その場に()しているままの璃莉霞の身体には、(かす)りもしなかった・・・

 

けれど―――??

 

 

小:動い―――た・・・?

 

 

そう、小夜子の説明めいた口調こそが、的を得ていた・・・

まさに皆、誰しもが思っていた通りならば、正座をしている璃莉霞は、

厳三(よしみつ)から振り下ろされた竹刀を真正面で受け止め、立ち処に勝敗は決していたはず・・・

まさに、それが判るくらいの間合いの詰め方であり、竹刀が振り下ろされたタイミングだった・・・

 

―――はずなのに?

 

虚しく空を切った厳三(よしみつ)の竹刀・・・

 

しかも、璃莉霞が所定の位置から「動いた」のが判る一つの事実として―――

璃莉霞の前に置かれた竹刀―――と、璃莉霞自身の相対関係・・・

それが、見た目に判るくらいに、かけ離れていた―――と、したなら?

 

しかし・・・どうして―――?

正座をしていたはずなのに、なのに斯くも素早く動ける道理が―――??

 

しかしながら、厳三(よしみつ)は余裕を見せ・・・

 

 

厳:ふむ・・・どうやら今一歩、踏み込みが足らなかったようだな?

 

 

例え・・・竹刀が空を斬ろうとも、「余裕」を見せなければなりませんでした。

焦りは禁物―――焦りは隙を呼び寄せ、自身を危うくすることを、厳三(よしみつ)は仮想世界で学びました。

 

だからこそ、相手から“虚勢”と取られても、張らなければならない「意地」・・・

厳三(よしみつ)は、気を取り直すと、すぐさま体勢を整え、今度こそ―――

 

けれども、またしてもそこで、観戦者達は驚愕の事実を目の当たりとしてしまったのです。

 

 

市子は―――ようやく気を取り戻し、いつしか自分が、何者かによって当て身を行われ、気を失っていたことを自覚するのでした。

そして、時計を見れば・・・

 

「いけない―――時間に遅れてしまった・・・?!」

 

市子の幼馴染は、育てられた環境がそうさせてしまったからか、厳格な性格でした。

そう―――厳格・・・特に、約束を(たが)えたりだとか、殊の外時間には厳しかった・・・

だから自分が時間を守らなかったら、そこで難題をふっかけられるかも知れない―――

 

何者かからの襲撃に遭い、気を失わされ、指定していた時間を大幅に過ぎてしまったところで、目覚めてしまった・・・

その事は事実なのだから、正直に証言すればいい―――けれど、「(てい)のいい言い訳」と思われるかもしれない・・・

 

「嗚呼―――これで私は、唯一の友を守れなかった・・・」

 

その事は、市子にしてみれば、大変悔いの残ることでした。

ですが最早この上は、いくら誹謗(そし)りを受けようが、あるべき事実を伝えなくては―――

自分の“宝”は、自分自身が守らなければならないのですから。

 

市子は、使命感にも似た感情を(いだ)き、一路雷鳳の武道場へと急ぐのでした。

すると―――以外にも盛り上がる会場を目にし、市子は・・・

 

 

市:ど・・・どうしたと言うのです?

柊:あっ―――会長様? 今までどこに・・・

 

市:何者かにより、気を失わされていただけです―――

  それよりも、誰が私に代わって、厳三(よしみつ)様と対峙をしていると言うのです?

柊:その事なんですが―――松元さんが・・・

 

 

近くにいた柊子に、ここでなにが起こっているのかを改めて問う市子・・・

すると彼女の口からは、市子自身が身を(てい)して守らなければならない「(とも)」自身が、

自分の幼馴染の相手をしていると言うのです。

 

その事を知ると、近くの窓から道場の中を覗き込んだ市子の眼には―――

 

 

「今度こそは」―――そう思い、また避けられる事も想定に入れ、厳三(よしみつ)は先程以上に踏み込み、

璃莉霞の頭上を捕えた・・・そう思っていたら―――

観戦者一同が、わが目を疑った事実・・・

それこそは、またしても厳三(よしみつ)からの攻撃を回避した―――璃莉霞の、その位置にあったのです。

 

確かに璃莉霞は、今度の厳三(よしみつ)からの攻撃を回避する前までは、厳三(よしみつ)の正面に差し向っていました。

けれど・・・回避した後―――あの「正座」の姿勢のまま、(たい)を入れ替え、

今や璃莉霞は厳三(よしみつ)と背中合わせとなっていた―――

しかも彼女の竹刀は、最初に置かれた位置から「そのまま」・・・()たりともせず―――

 

そう・・・今の璃莉霞は、その竹刀を越えていた位置に()していたのです。

 

そのことを知った瞬間、さすがの厳三(よしみつ)も汗を干上(ひあ)がらせました。

 

「まずい・・・このままでは、背後からの攻撃に―――」

 

けれど、彼の思いは、如何(いか)ばかりか遅かった・・・

 

璃莉霞は、正座の体勢のまま、後ろに右足を伸ばし―――足の裏で自分の竹刀を蹴上げると・・・

振り向きざまに剣の柄を取るなり、反射的に振り下ろされた厳三(よしみつ)の竹刀を横薙ぎに振り払った、

その返す刃にて、「上段」から、雷霆(らいてい)を思わせる鋭い斬撃―――

 

しかし、これこそが・・・

 

古廐薙流“閃”の一刀―――閃刻

 

今・・・「殺人剣」を受け、雷鳳の剣豪と呼び声高い男が、うつ伏せになって倒れこむ・・・

それを確認したか―――と言うように、一人の剣士は立ち上がり、あたかも自身の剣に纏わりつく血を振り払うかのような諸動作を見せたのです。

 

その光景を・・・不覚にも小夜子は―――清秀は―――柊子は―――市子は・・・

「美しい」と思ってしまった・・・

やもすれば、「時代劇」等でお定まりの格好ではあるものの、

その()り様を「自然」と感じ、だからこそ、美しいと思ってしまった・・・

 

一人の剣士の、繰り出された技の冴えもさながらにしてして、各諸動作に見受けられる「作法」としての“それ”が、

創られたものではなく、(いにしえ)から連綿と受け継がれているものだと判ると、なお一層「美しさ」は際立つのでした。

 

 

 

#30;“闇”に潜みしモノ

 

 

 

これにて、今回の一連の出来事は、「決着」・・・したものと思われたのですが、

実はまだ終わってはいなかったのです。

 

その事を示すかのように、また璃莉霞は、この武道場の出入り口付近で、「はた」と、その足を止めたのです。

 

なぜ・・・?

 

彼女は勝利を収めたのだから、すぐにでもその場を去らなければならないのに―――・・・

言うならば、「ここ」は敵地―――それも「本陣」の直中(ただなか)で、敵の総大将を討ち取ってしまっている・・・

だからこそ、総大将の仇を―――と、そうした者達の思いが渦巻く中であるのに・・・

 

けれどしかし―――彼らは誰一人として、気付かないでいたのです。

 

もうすでに・・・この、薄仄暗い(うすほのぐらい)この場所に―――「ナニモノカ」が、“いた”という事実に・・・

 

つまりはそう、璃莉霞はすでにその事に気づいており、その「ナニモノカ」が、どう行動に移してくるのかを見定めていた・・・

 

すると、その「ナニモノカ」は、より一層己の“闇”を色濃くにし―――確実に機会を伺っていた・・・

 

そして、満を持し―――

 

何か―――が・・・この場の隅で揺らめき・・・動き出したことを、小夜子と市子は同時に気づきました。

 

「いる・・・何者かは知らないが―――」

「この私達にも気付かれずに、潜んでいた者が、いる―――」

 

「そいつが、明確な意思を持ち、動き始めた――?」

「その事を・・・私の友人は、最初から気付いていた―――?」

 

その二人の思いが、交錯し始めたか―――というのを、知覚したかと言う様に、

その「ナニモノカ」は、状況を開始し始めました・・・

 

姿は見えない―――ただ、着実に「対象」に近づこうとしている・・・

移動をしながら、「対象」の隙を伺い―――確実に“仕留め”ようとしている・・・

 

姿は見えない―――けれども、「忍び足」による足音は、「走音(そうおん)」に変わり、

その間隔を狭めながら、この場を縦横無尽に駆け抜ける―――

 

姿は見えない―――のだから、やもすれば、心霊現象で言うところの「ラップ音」にも似たところが、

他人の恐怖を、否が応でも煽り立てる・・・

 

そして―――

走音(そうおん)が止んだ時―――

 

頭上から「何者か」が舞い降りてきた・・・

その者の“獲物”である、松元璃莉霞の(くびき)目掛けて・・・

 

 

 

つづく