この「板場」で、“ある人物”の為に料理を作ることになった璃莉霞―――でしたが、
特に何も用意していなかったものですから、右往左往をしてしまうものなのでした。
ですが、そこの処をよく判っていたいたものか、この板場の長である男は、
板前さんの一人から一本の包丁を借り、それを璃莉霞に手渡したのです。
すると彼女は、何をするでもなく・・・「じっ」と、その包丁の刃の部分を見つめていました。
そしてやおらすると、この包丁の切れ具合を試すかのように、近くにあった大根を手に取り・・・
ですがしかし、まるでそれが手慣れているかのような所作で、食材に刃を入れるのでした。
その様子を―――銀次郎は、腕組みをしたまま見つめていた・・・
そう彼は、この年端も行かない女子の実力を見極めようとしていたのです。
そしてそこで、彼は見極めました。
包丁の握り方―――食材への刃の入れ方―――
力むことなく、調理器具の自重のみにて、“切る”―――
おそらく食材は、切られたことすら感じなかっただろう・・・
そこで板長は、本日瀬戸の口に入れる“特別”な食材を、璃莉霞に手渡しました。
銀:そちらは、もういいです―――
璃:えっ?あっ??
もしかして、このお大根切っちゃ不味かったです?
銀:いえ・・・。
取り留めては、“こちら”を、捌いて頂きやす。
すでに、この女子の実力は、見極めた―――とでも言う様に、
板長は、本日の“特別”な食材を璃莉霞の前に置きました。
“それ”をみて、思わずも息を呑んでしまう璃莉霞―――
そう・・・“これ”が、本日の“特別”な・・・
#42;特別・・・そうそれは、まさしくの「特別」そのものなのでした
璃:あ―――あの・・・“これ”・・・
銀:ヘイッ―――!
こちらは、本日水揚げされたばかりの、「九絵」にございやす―――!
「九絵」―――鱸科の海魚で、今回の様に体長3mにもなる大物は、滅多と揚がらないことから、
その大きさのものは「幻の食材」と言われたモノでした。
まさしく限られた人間だけが口にできる・・・と言う、“特権”と言うべきものを与えられていた・・・
だからこその、「本日の特別な食材」―――
けれど、それをこれから捌くのは、一介の女子高生に過ぎないのです。
そのことで、一層ネガティブ思考になってしまう璃莉霞・・・でしたが―――
婀:―――大丈夫よ・・・“普段”あなたがしているように、捌いてみなさい。
璃:(・・・)あっ、はい―――分かりました、おば・・・女将様。
彼女を勇気づけたのは、他でもない、ここの臨時女将―――でありました。
然し乍ら、皆様方には、少し彼女の言葉に、違和をお感じになりませんでしたでしょうか。
現代に於いて、魚の姿そのままにした“食材”を、「調理」「料理」出来る若い女性が、
こうした職業柄を別として、一体どのくらいいるか・・・
世の若い女性(主に10〜20代)は、日頃自分達が口にしている「鯖」や「鯵」「魬」「鮪」などは、
スーパーなどに陳列され、売られているように、「パックされた切り身」そのものが、水の中を泳ぎ回っている―――
と、思い込んでいる者の方が多いとされているのに・・・。
それを臨時女将は、この一介の女子高生が、恰も捌き方を知ったか如くに・・・
或いは、さも当然であるかの如くに、言い聞かせたのです。
そう・・・
「“普段”あなたがしているように、捌いてみなさい。」
と―――・・・。
すると、果たして璃莉霞は・・・
丁寧な手つきで鱗を取り、薄く皮を剥いで内臓を取り、身を素早く三枚に下ろすと、
手つき良く分厚い身の一部を「刺身」に仕立て上げ、残る皮や頭、骨なども余すことなく、
「洗い」や「突き出し」「お吸い物」に取るなどして―――
それはまさしくの、「食材」としての在り方を、恰も知っていたかの如くの所作だった・・・
けれども、最初にも申し上げたように、璃莉霞は一介の女子高生に過ぎない・・・
それは、「本当にそうなのか」―――と言う疑問は、
足早に、今できたばかりの料理を運んでいく、璃莉霞の後ろ姿を見送る、
この二人の会話にご注目を―――
婀:どう?銀次郎・・・
銀:フッ―――敵いやせんや・・・。
まるで、あんたの“先代”である、「あの方」が帰ってきたかのようだ・・・。
婀:(・・・)ええ―――本当に・・・
実の処を言うと、森野婀娜奈は、“本日限り”の、「臨時」としての女将をしていたにすぎませんでした。
そう、彼女の“本来の職業”は、別にあるのです。
それを、無理(・・・と言うより、最早“半強制”でw)を推して、「臨時」に就いたに過ぎなかった・・・
でもやはり、彼女は彼女で、ここの馴染みの常連客でもあっただけに、
しかも、鬼姫から「例の画像」を添付されての「お願い」に、宜もなく屈してしまったようで・・・
けれども、悪い気は一向にしなかった―――
今、謙遜をしてしまうのは、それは自分への自信のなさへの表れでもあったのだろうから・・・。
そして、決戦はこれから―――
異名を「味の修羅場」と称されている、「蜆亭」に巣食う―――鬼との一騎打ち・・・
後から追いついた臨時女将からの一声により、入室の許可を得、襖を開けて料理を差出し・・・
璃:ど―――どうぞ・・・
瀬:ふぅ〜〜〜ん・・・“こちら”は―――?
婀:はい―――本日水揚げされたばかりの「九絵」を使用した、一品料理にございます。
瀬:ふうう〜〜〜ん・・・
臨時女将からの徹る声によって、本日の供物を紹介するに辺り、「お刺身」の一つを抓むと、
「じっ」・・・・・・・・・・・・・と、見つめる“鬼”―――
「えっ・・・まっ、まずい―――やっぱり、私が作ったお料理、どこか可笑しいんだ・・・」
「ああ〜〜〜っ・・・なぜこうなっちゃったんだろう?」
「あの時、秀ちゃんと一緒に帰らなければ・・・」
「・・・て、あれ?そう言えば私―――なんでここへと来たんだっけ?」
ネガティブな思考は極まり、まるで永劫回廊のように果てしなく巡る・・・
ここへと呼ばれた原因も、そもそも判ってはいない―――
それに、「“普通”に作ってみて」と言われたから、“普通”通りに作ってみたのに・・・
―――と、困惑気味に璃莉霞がそう思っていたら?
瀬:んん〜〜〜まいっ!
ぃよっしゃあ―――合格ぅ!♪
璃:はい・・・
えっ? はっ、はい??
ごっ―――合格ぅ??
そう、唐突に「合格発表」を言い渡され、さらに混乱に陥ってしまう璃莉霞・・・。
「いや―――突然合格・・・って言われたって、私・・・試験なんて―――」
璃:―――って、もしかして私、「試験」受けてたんですか??
瀬:そぉ〜よお?
あんた―――なんで“ここ”に呼ばれたのか、気付かなかったの?
璃:(気付くわけ・・・無茶言う人だなあ・・・。)
でも―――ここには、私より・・・
瀬:近々ねぇ―――“ここ”に、大勢の「お客様」をご招待しようと思っているのよ。
婀:(・・・って)はああ゛〜〜?
あのっ・・・それ、私、初めて耳にするんですけど??
瀬:そりゃ当然〜〜―――でしょw
今、私が思いついたんだも〜〜んw♪
婀:このっ・・・クソババア〜〜―――そう言うのを「端迷惑」って言うんです!
大体“今回”のも、私ギリッギリで調整したんですよ・・・?!
瀬:そぉ〜〜んなこと、私の知ったこっちゃないでしょ〜〜う?w
第一、あんたが“ここ”にいる―――ってことは、私からの無茶ブリに対処できてる〜〜〜ってことなんだしぃww
婀:ぐ・・・・ぬぬぅぅ〜〜〜――――
璃:あっ・・・あのぅ?お、おばさま―――??
婀:私も迂闊だったわ・・・。
たったの“一枚”に踊らされ、“ここ”に来ちゃっているんですものね―――
全く・・・それで? いつ召集なされるんです?
瀬:ふぅ〜〜ん・・・そうねえ―――
取り敢えずは、6月中旬から7月の頭までは、空けといて頂戴な。
璃:えぇ〜〜っと・・・あの・・・私、話しに付いていけていないんですけど―――
婀:ああ―――ごめんなさいね、今の事は「大人の事情」だから。
そう―――図らずも瀬戸は、璃莉霞の“力量”を試していたのです。
それと言うのも、これから画策している「ある催し」・・・その為に、
“自分達”「7人」だけではなく、“仲間”の「13人」を、「蜆亭」に呼んでの会議を行うために・・・
しかし、その事を知らされていなかったと見えた「13人」の1人から、
今回この鬼が企てていたのは、その一環だったのだ―――との思いに至り、
思わずも口から吐いてしまった、不適切にして、この鬼の代名詞になっている「禁句」を申し立ててみたものの、
そんなことはどこ吹く風か―――「しれ」とした表情のままで、今回の「プロット」の全容を語ってきたのです。
・・・とは言え、「置いてけ堀」感満載の璃莉霞は、今のところ事情に精通していそうな臨時女将に訪ねるのでしたが、
婀娜奈からは「大人の事情」とだけ・・・それが尚一層、璃莉霞を不安に掻き立てるのです。
それからと言うものは―――無事解放(?)され、身も精神もくたくたになった璃莉霞は、
明日の登校のために・・・と、入浴まではしたものの、ログ・インする気力までは回復できておらず、
ここで無念の「断念」をせざるを得なかったようです。
明けて翌日―――その日一日は、日曜に何があったのかの「事情聴取」が執り行われ、
全てを白状する璃莉霞の姿があったようです。
一方―――「シベリア・サーバー・エリア」では・・・
キ:いかがされたのです―――猊下。
エ:「あの方」から、「こんなもの」を頂いたわ。
キ:『マエストロ』から―――ですか・・・
それで、なんと?
エ:「“東京”でお待ちしております」―――と、だけ・・・
「“カナ”表示ではなく、“本来”の・・・」
そこでキリエは、一つの思惑に至りました。
「恐らくあの方は、私達「だけ」に、“こちらに来い”―――と、仰られている・・・」
「あの「悪魔的」頭脳を持ち合わせる、「あの方」が・・・何の為に?」
キリエは、静かに思う―――
かの「鬼」と称される人物が、密やかに行動を開始したことを・・・。
そして、宛らにして思う―――「鬼」とは、西欧に於いては、「悪魔」として、並び称されている事を・・・。
つづく