蜆亭の大女将に招かれた、極北よりの客人―――エリヤとキリエ・・・。
その二人の前に今、「おもてなし」と称される料理が並べられているのでした。
季節は6月初旬―――季節の山菜や、鮮魚を調理したものが並べられ・・・
ですが二人は、そうしたおもてなしの料理には、未だ手さえつけなかったのです。
その様子を・・・襖の隙間から覗き見している、こちらの二人は。
小:うおぉぉ〜〜すっげぇ・・・なんなんだ、あれ。
市:なんという・・・お料理されたモノが、異彩を放っているように見えます。
小:ああ、と言う事は、“今”のここに、あれだけの調理をこなすのがいる・・・って事だな。
覗いて見ているだけでも判る―――
それは、未だ自分で調理をしてこなかった、小夜子や市子でも判る「ある事実」でした。
そしてそれは、恐らく客人の二人でもそうなのだろう・・・
こうまで際立つ逸品を見せられては、息を呑んでいるに違いない。
極北からの客人二人が、未だ料理に手をつけられないでいるのは、そうしたことなのだろう―――
と、小夜子に市子は、そう理解するのでした。
けれど二人の理解も、実は半分まで正解だったのです。
エリヤにキリエが、料理に手を付けなかった―――いえ正確には、付けられなかった理由、
それは―――・・・
#45;「ものの理を料る」ということ
エ:チゥディエースヌイ!
まるで食材が喜んでいるかのよう・・・
“赤”の美人エリヤは、供される先駆けの品「お突き出し」を手に取り、その“断面”を、ただ見つめていました。
「食」と言うのは、我々が生命を繋いでいくためには必要不可欠のもの、
けれど「食」べていくには、“他”の生命を自分の身に取り入れなくてはならない・・・
それは、「動物」であろうと、「植物」であろうと、わけ隔てることなく―――
それに、そういったものは、「捕食」にも密接に関している・・・
強者に捕らわれ、その“肉”となっていく弱者の立場としてはどうなのか、
それをエリヤは、この食材たちが、自分達に食べられることに喜びすら感じている・・・と評していたのです。
それとはまた、一方の“青”の美人キリエは、小夜子や市子からすれば、
奇妙すぎる行動をとり始めたのです。
ではその―――“奇妙すぎる行動”とは・・・?
キ:(くんくん・・・すんすん)―――。
小:い゛い゛っ―――?! あいつ・・・料理の匂いを嗅ぎ出したぞ??
市:・・・。(←ちょっと引いているw)
そう―――料理をその手に取り、エリヤの様に目の前に翳したのではなく、
料理を限りなく自分の鼻に近づけ、“におい”を嗅ぎ始めたのです。
その行為に、小夜子・市子の両名は、「いよいよ“伝説のM”の本領発揮か?」と、思ってしまったのですが、
実は・・・キリエのこの行動は、“そう”ではなく―――
キ:フ・・・実に“いい香り”です。
恐らくこの食材たちは、己が切られた事すら感じていないのでしょう。
瀬:あなたには“それ”が判る―――と?
キ:ええ・・・決して不要な力は入らず―――それに食材に逆らおうとはしていない・・・
無理にそうしたのだとすれば、鼻に衝くものでしかありませんからね。
それに―――・・・
エ:ええ・・・私達は、こうした「ものの理を料れる」方を、一人だけ知っていますからね。
瀬:“ものの理”・・・ねえ―――
エ:ええ・・・「ものの理を料る」と言う事は、“烹”るだの“割”くだのの、前提の話し―――と、
ここの本来の女将に教えられたことがありますから。
エリヤは―――いえ、エリヤだけでなくキリエも、こうした料理方法で自分達の舌を愉しませてくれた、稀代の包丁人のことを、唯一人知っていました。
そしてその人物こそが、ここ・・・「蜆亭」の本来の女将だとも。
そして今ここに、その稀代の包丁人と負けず劣らじの、「おもてなし」の粋を極めた“包丁人”が、
今現在、「蜆亭」の板場に立っている事を知るのです。
それからは、供されたモノを余すことなく平らげ、大女将に今回の本来の目的を訊ねよう・・・と、した時。
瀬:まあ―――お待ちなさい。
その話しの前に、今回あなた方に「おもてなし」をしてくれた者を紹介したいと思うの。
エ:生粋の“包丁人”を―――?
瀬:いえいえ、そう呼ぶのは妥当ではないわ。
だって“この子”、まだうちの「見習い」ですら―――
――失礼いたします――
瀬:いいわよ、入っていらっしゃい。
大女将は、この・・・極北よりきた美人二人と、自分達の事を覗き見している不審者二人(w)に、
恰も見せつけるかのように、今回の「おもてなし」をした、蜆亭の板場で働く者を、自分の部屋へと呼び出していたのでした。
そして、入室の許可を得る為に、その者がかけた声―――
その声に聞き覚えがあった二人は・・・
市:えっ―――?まさか・・・
小:あいつ―――が・・・?
今―――音も立てずに、大女将の背後ろの襖が明けられ、そこに伏礼をしていた者の姿・・・
その姿勢は、余りにも整っていて、美しさすら感じた・・・
そして、その面を上げようとしたとき―――
するとその時、不意に、この覗き見をしている犯人達の背後の襖が―――
婀:失礼いたします―――
お勘定、こちらに置いておきますね。
市:(えっ・・・あっ・・・)お、おば様―――
婀:フフ―――いけない子たちね。
でも、もうお終い・・・ここから先は、見てはいけないものよ。
小:うっへ―――見張られてたんかい。
婀:なら、よかったのだけれどね。
その、臨時女将からの言葉一つで、自分達は“鬼”の手の平で踊らされていたことに、気付くのです。
そう―――見せるモノは、見せるべくして、見せた・・・とでも言う様に、
「これから」の事に関係のない「部外者」は排除―――
とは言え、幾分か隣の部屋が騒がしくなったことに、呼ばれた者は・・・
璃:あの―――なにかあったんですか?
瀬:さぁ〜〜てねw
エ:フフフッ―――瀬戸様もお人のお悪い・・・。
璃:―――って、綺麗な人・・・
って、私もしかして、お二人の料理を作っていたんですか?私・・・
キ:「もしか」ではなく、そのようね―――
璃:ああ〜〜だったら、私が作ったお料理、お二人の口に合って―――
エ:いましたよ。
それに久方ぶりなのよね、まともな食事にありつけたのって。
キ:そうですよねぇ〜〜―――私達が現在住んでいる場所って、
ほとんどがスープか黒パンだけだもの。
エ:キリエ―――
璃:えっ??キ―――キリエ?
・・って、もしかしなくても??
瀬:はいはい―――そう言う事よ。
こちらの方々は言うまでもなく、あのゲーム内に於いての「エリヤ」「キリエ」ご両名なの。
そして、“現実世界内”では―――
エ:エカチェリーヌ=アトーカシャと、申します。
キ:キシリア=アグリシャスよ、よろしくね。
思わずも知れてしまった、「仮想内」と「現実内」での、“彼女達”の姿・・・
その事に、少なからずの無礼があったのではないかと、杞憂してしまう璃莉霞なのでしたが・・・
実は、今回の瀬戸の計画では、飽くまでここまで・・・
「シベリア」の実力者と、璃莉霞とを現実内で引き合わせる―――
だからこそ、その事が終了すると、璃莉霞も帰宅をさせたのです。
そしてここからが“本題”―――
極北「シベリア」のマスターと、その側近の二人とを、自分の本拠に呼び寄せた、“鬼”の思惑が・・・
瀬:なに―――簡単なことよ。
近々に“アレ”を発動させようと思っているの。
エ:我々の間でも噂になっている、『四凶』の実装ですか・・・
しかし“アレ”は―――
キ:そのための「レイド戦」・・・
エ:(!)それで・・・
私も“レイド”に関しては、時期尚早ではないかと思っていましたが・・・
もしや―――?
瀬:その通りよ、全ては「あの子」を中心に動いていた―――
「あの子」が『因縁の宿敵』を打破できたのを契機に、「ある者」の思惑が動いた・・・と、したなら?
キ:フン―――「ヤツ」か・・・
相変わらず、回りくどいことを。
だが、今回ばかりは感謝しないといけないようね。
エ:その通りね。
また、蜆亭本来の女将である、我が至高の友『征木阿重霞』その人と、同じ手料理を味わうことが出来たのですから・・・。
今回なぜ、鬼姫に呼ばれたか―――の、理由を察し始めたエリヤとキリエ。
エリヤも、「レイド」に関しては、その実装時期が早いのではないか―――としていた一人でしたが、
今にして思えば、関係性が最悪とも言えた、「モスクワ」からの歩み寄り・・・
そして、“至高の友”とまでしていた、璃莉霞の実母『征木阿重霞』の存在・・・と、
その娘が背負う「最重要クエスト」のクリア。
全ての思惑は、個別に進行しながらも、大元は“そこ”に繋がっていた―――
そして、「13人」の一人でもある瀬戸からの申し出にもあったように、
「運営サイド」としては、この「6月下旬〜7月初旬」にかけ、『あるコンテンツ』を実装させようとしていた―――
それが『四凶』なる存在・・・
かのリリアをして、苦心・苦悩させた強敵『因縁の宿敵』すら裏で操り、唆せたともされている、「元凶」・・・
その「四凶」を討ち倒す為に、為されるであろう「打診」に、瀬戸は今回の“お食事代”と引き換えに、
最大の便宜を図るよう促せたのです。
つづく