このエリア―――「シベリア」に於いての、実力No,2である者からの攻撃により、

自分達が(かな)わない―――と、悟ったのか、急に“戦闘の放棄”とも取られなくもない言を紡ぐジョカリーヌ。

 

「済まないが、どうやらここまでのようだ―――」

 

確かに・・・“戦闘の放棄”とも取られなくもない、その言葉。

相手を、煽るだけ煽っておいて、なぜこのタイミングで、自分達を見放したのだろうか・・・?

 

そう思ってしまった市子ではありましたが、それこそが彼女の“杞憂”というモノでした。

 

何故ならば―――

 

 

ジ:<シフト・チェンジ>―――『細剣使い(フェンサー)

 

 

今までのジョカリーヌは、数々の術を行使する、言わば『術師(キャスター)』であり、『回復師(ヒーラー)』であり、『付与師(エンチャンター)』でした。

けれど、ジョカリーヌ自身のOUS『マルチクラス』により、その場その場で「ジョブ・クラス」の選択が可能となっていたのです。

 

そして今、変わった姿こそが、動きやすさを重視した、「軽装の剣士」―――『細剣使い(フェンサー)

 

そう・・・ジョカリーヌは、なにも市子達を見放したのでもなく、このエリアの実力者に見合うだけの、実力を行使しようとしただけ・・・

だからこその、「あの言葉」だったのです。

 

 

 

#56;“師”と“その弟子達”

 

 

 

キ:フ・フ・フ―――なるほど・・・()()が、あなたの「返答(こたえ)」と言う事ですね。

  では―――こちらも“本気”で・・・

 

ジ:それは一向に構わないけれど、こちらは“手加減”させてもらうよ・・・

 

キ:“手加減”―――?

  舐めた余裕を見せている場合かあ―――!

<サン・ピラー>

 

 

市子達が知っている、ジョカリーヌの姿とは、『術師(キャスター)』であり、『回復師(ヒーラー)』であり、『付与師(エンチャンター)』でした。

けれど、OUSの影響により変わった姿とは、直接攻撃職としての、『細剣使い(フェンサー)』―――・・・

その姿を見たキリエも、ジョカリーヌの実力を知っているからか、一切の手加減はしない様子だった・・・

なのにジョカリーヌは、一介の武人に対して、非礼とも思える行為・・・

「手加減をする」―――・・・

 

他人に“モノ”を教える立場の人が・・・

他人の意向を無視する―――・・・

 

けれど

 

本来ジョカリーヌは、今回の施策で、可能性を宿せし者達を、「育てる」()()()でした―――

そう・・・()()()―――

()()()()()()()()()()()()()()()、「直接攻撃職」にシフトしたのも、

昔の教え子達の、「本気」に「成長」に、つい嬉しくなったから―――

 

「思わずも、強くなったものだ・・・」

 

だからとて、()()()()「本気」―――

 

もし、自分が本気になってしまうと、“壊しかねない”―――そう思ってしまった・・・

 

けれど、ジョカリーヌのこの想いも、キリエには届かない・・・

だからこそ、キリエの「本気」の証しとも言える――――

 

 

市:―――っっ・・・()()は!

 

ソ:市子さん、あれが何か、知っているのですか?

 

蓮:()()()―――っ・・・あの時の!

 

ソ:蓮也さんまで?

  なにがあったのです・・・それに、あの化け物は―――ナニ??

 

 

その者の怒りにより、身体を纏っていた“凍気”が空気に触れると、その場から立ち昇る“氷の柱”・・・

それこそが<サン・ピラー>

その発生とともに、あの獰猛なる存在―――その身体を、蒼穹の鎧で固め、

その殺意を―――殺気を―――隠そうともしない、凶暴な存在・・・

しかも、その手には、既に「凍てつきの画戟(フローズン・ハープーン)」を握っていたのです。

 

()()単于の時でさえ、素手だったのに・・・」

「なのに、もう武器を手に―――?」

 

その、獰猛なる存在の(こわ)さを知っていただけに、市子は、

だからこそ叫びました―――

 

 

市:いけません―――!

  あの者を相手にしてしまっては・・・。

  ここは、(かな)わないながらも、私達4人で対処すべきです!

 

 

「フフフフ―――よく周りを見れているね・・・」

「けれど・・・心配する必要なんて、ないんだよ―――」

 

軽装の剣士である『細剣使い(フェンサー)』は、さながらにして想う―――

自分が認めたプレイヤーの“信友”の、目の確かさを・・・

 

そして―――手にした「尖麗剣」を、素振りする動作を繰り返し・・・

すると、「ヒュンヒュン」と、まるで鞭が風鳴りを立てるかの如く、空気が震えた・・・

 

そして、キリエも―――

 

 

キ:凍力顕現(ブリーズ・ストライク)〗―――〖リヒト・ゾイレ〗

ジ:【媧剣】―――【トコブセ】

 

キ:(ナニ・・・?)ただの―――ただの「トコブセ」だと?

  ふざけるなあぁぁ!そこまで愚弄するかあ!!

ジ:ダメだよ―――キリエ・・・こういう時でこそ、冷静にならないと・・・

 

キ:(くうぅっ・・・)講釈を垂れるなあ―――!

  〖氷結の意思(フリーズ・インテンション)〗―――〖フロスト・ベイト〗

 

ジ:【媧剣】―――【ヨノカゼ】

  ヤレヤレ・・・いけない子だ、少しお仕置きが必要なようだね。

 

 

正直―――単于と闘っている時でさえも、「技すら出すまでもない」・・・つまり、「遊んでいる」様にも思えたのに、

今度ばかりは“逆”―――

“他人”がいるというにも拘らず、形振(なりふ)り構っていられない―――と言うまでに、次々に開放してみせる、

奥義(手の内)”の数々―――

しかし、氷の重装騎士からの、“本気”の攻撃を、軽々と往なし、あしらって行く軽装の剣士。

 

あの当時・・・自分達の常識を遥かに凌駕した強さを持った存在が、こんなにも軽くあしらわれている・・・

 

そして、識る―――軽装の剣士、その実力の一端を・・・

 

 

ジ:【剣】―――【ヒョウガ】

 

 

「―――えっ?」

「今・・・何が起こったと言うの?」

 

正直、彼らは、肉眼でその動きを捉え切れてはいませんでした。

 

「技」の発動を示す、“名称”を口にした―――

までは、見えていました。

 

すると、その直後、一秒もしない内に、キリエの身体に無数の傷痕がつけられ―――吹っ飛んだ??

 

あんなにも頑強で屈強な戦士を、一人の華奢とも思える軽装の剣士が?

 

けれど・・・そう―――これこそが、「実力の隔たり」。

 

とは言え、しかしながら・・・自分の居住を荒らされ、黙ってはいられなかった存在が・・・

 

 

エ:全く―――《クゥオシム》の言葉ありませんが、どう言う事です、ジョカリーヌ・・・

  返答次第では、例えあなたとて容赦はありませんよ。

 

 

「焔帝」エリヤ・・・すでに彼女は臨戦態勢に入っており、「形態変化(メタモルフォーゼ)」に、巨大な焔竜(ファイア・ドレイク)をも引き連れていたのです。

 

そして、「焔帝」からの質問に、ジョカリーヌは・・・

 

 

ジ:うん―――本当はね、この子達の“育成”の為に・・・と、思ったんだけれど、

  君達の成長を見させられて、ちょっと私も刺激されてしまってね・・・。

 

エ:そう言う事でしたか―――ならば、お一つ手合わせを。

  それも・・・「昔の様に」。

 

ジ:ああ、構わないとも。

  けれども、「アレ」は使わないよ・・・

 

エ:それは判っています。

  (もっと)もキリエは、「アレ」を使ってもらいたがっていたようですけれど・・・

  私は“そこ”まで自惚(うぬぼ)れていませんから。

 

ジ:判ってくれて何よりだ―――

  では・・・征くよ―――

 

 

キリエの「蒼」とは違い、「紅」の鎧をまとう『鑓の使い手(スピナー)』。

しかも彼女は、その“二つ名”の『焔帝』よろしく、炎属性の使い手でもあった。

それに、背後の焔竜(ファイア・ドレイク)こそは、彼女の支援を(つかさど)る・・・

 

今―――焔竜(ファイア・ドレイク)咆哮(ほうこう)にて、全ての能力値(ステータス)向上に加え、その全身に炎を宿らせた「焔帝」は、

その掛け声と共に、自身の武器『業炎の鑓(スカーレット・ブリューナク)』の切っ先に炎を宿らせ、突撃を敢行したのです。

 

 

エ:〖火力顕現(フレア・ストライク)〗―――〖アルド・ノヴァ〗!

 

ジ:【媧剣】―――【ワンヨウ・トコブセ】

 

 

「先程放った技と、威力・性能が全く違う―――!?」

 

ジョカリーヌが、その時放った技とは、先程キリエの“衝撃波技”を相殺させた時と、基本的な技の名称は同じ・・・

だったのに、性能的には天地程の差の開きがありました。

 

それこそは―――まさしくの、師とその弟子の「演習」でした。

楽しげに剣を―――鑓を交わす・・・その一振り毎に、次第に観客(オーディエンス)達は魅了されて行ったのです。

 

しかしながら、実力の隔たりは、斯くも大きかった・・・

肩で息をつく「焔帝」とは対照的に、キリエとの二連戦を迎えても、息一つ乱していないジョカリーヌ・・・

 

そして―――

 

 

ジ:【媧剣】―――【ミズチ】

 

 

図らずも・・・知れてしまった、その人の実力―――

今、巨大な蛇を思わせる“剣気”を放ち、「焔帝」を撃破してしまった、その様子を、一体誰が疑うだろう・・・

 

こうして、ダンジョン攻略を果たしたご褒美に―――と、最奥部まで辿り着いた彼らを待ち受けていたものとは・・・

 

 

エ:やはり、まだまだ(かな)いませんでしたわね。

ジ:いや、けれども、君達は確実に強くなっている。

  その事を確認できただけでも、嬉しかったよ。

 

キ:私は納得できませんケドねッ―――!

べ:ハハハ―――そう言うな《クゥオシム》。

  相手をしてもらえただけでも幸運と思え。

ス:私達なんか、「形態変化(メタモルフォーゼーション)」すら、するまでも―――ですからね。

 

ジ:悪い―――悪い。

  今度はちゃんと相手をしてあげるから・・・。

 

 

一度(ひとたび)、剣を交らわせたとは言えども、この「ほのぼの」とした雰囲気・・・

 

「そうなのだ―――やはりこの方々は、私達の知らない、遠く昔からの付き合いがあった・・・」

 

それに、当初はやはり、自分達の“育成目的”であるに違いはなかったのだろうけれど、

“師”として一番嬉しいのは、教え子の成長ぶり・・・

その事に触発されて、当初の目的とは裏腹に、手に取ってしまった剣―――

 

「本当は・・・私達は・・・この方にとって“敵”ですらなかった―――」

「この方が、“本当の敵”として立ちはだかった時」

「例えそれが、「竜の一族」の二人や、「話術師」が参戦してくれたとしても、討ち倒すことは難しかったのかもしれない・・・。」

 

 

市子は今、ようやく悟りました。

ジョカリーヌが今回、自分達の前に立ちはだかった―――その本来の意味を。

 

 

 

つづく