松元璃莉霞は、言葉を失っていました。
本来ならば、今日と言う日は、来たる「お盆」に際し、友人同士が集まって、
「お盆」の「夜店回り」をする時に着込む、「浴衣」を新調する―――と言う約束があった・・・のに、
またしても・・・の、瀬戸朝霞からの緊急招集により、「蜆亭」に来てしまっていたのです。
その時の“誘い文句”にも、何やら自分の“将来”の事にも、関わってくるのだと言う―――・・・
そんな半ば、“強制的”な意味合いの籠ったモノに、璃莉霞は渋々ながらも従い、
「蜆亭」の板場に立ち、自分を指名した「2名」ものお客に供する料理を、
お客の下へと運んだ―――・・・
そして、今にして思うのは、瀬戸が中々、今回のお客に関して詳らかにしてこなかった理由・・・
それこそが、これまでなにかと、「蜆亭」に於いてサポートをしてくれていた、「臨時女将」―――『森野婀娜奈』であったり、
この地域一の「顔役」にして、皆からも「大旦那」と呼ばれている・・・
それに―――璃莉霞は、この人物が、自分の「実の父」なのではないか・・・とさえ、思ってもいたのです。
それが―――『杜下驍』その人だった・・・
そう・・・自分が今日、“誰”の為に、料理を供しようとしていたのか、これで判った・・・
「杜下」「森野」そして・・・「征木」―――
と言う、この地域で『御三家』と呼ばれている、大きな家柄の、それも二つの家の“家長”が、
「征木」を“指名”した「お客」であった事を、理解したのです。
けれど・・・璃莉霞は、驍の事を―――
「実の父・・・なのかも知れない―――」
「だからこそ・・・父と呼べない―――」
でも、最初の一言目に、口から吐いて出てしまった言葉・・・「お父さん」―――
しかし驍は、璃莉霞から“そう”呼ばれても、別段として否定するでもなく―――
それどころか・・・
驍:すっかりと、大きくなったな―――璃莉霞・・・
「ああ・・・今の言葉で、ようやく分かった―――」
「この人だ・・・この人が私の―――」
けれど、次に璃莉霞の口から吐いて出たのは、全く裏腹な・・・
璃:止めてくださいっ―――!
あなたが、私の「父」であるはずがない!
婀:璃莉霞ちゃん―――
「父」・・・と、そう呼びたい―――呼ばれたい・・・けれど、呼びたくない・・・
それには、歴とした理由があったのです。
璃:なら、聞かせてください―――!
私の母さまは、どこにいるんですか?
そもそも、生きているんですか―――死んでいるんですか?
今までその事を、大人のあなた達に聞いても、答えはいつも一緒・・・
「今は答えられない」―――なら、いつまで待てばいいんですか?!
そう・・・璃莉霞の“実の母”である人物は、長らくこのお話しの中では、「行方不明」扱い・・・
それに、「今どこで」「なにをしているのか」さえも、全くの“不明”・・・
しかも、自分がその事について、驍や婀娜奈達「大人」に、聞いてみるも・・・
決まって「今は答えられない」と、口を濁すばかり・・・
どうして―――そんなにまで・・・自分の母の事を、誰も語りたがらないのか・・・
「今は」―――とするならば、「いつ」自分に語ってくれると言うのか・・・
その事を、また・・・「今」になって、問い詰めるも―――
またしても「大人」達は、苦い顔をするばかり・・・
すると―――
#67;秘匿された事実
瀬:その事について、改めてあなたにお話しがあるのよ。
璃:瀬戸様―――
その時の「鬼姫」は、普段からすると、やもすれば自分達を揶揄様な素振りばかりしていて・・・
けれど、この時だけは、真剣にして神妙な面持ちをしていた・・・
その意味を、この人物が次に紡いだこの一言が、集約していたのです。
瀬:『ペルセウス』―――話してお上げなさい・・・。
驍:畏まりました、『ジィルガ』様―――
「えっ・・・?」
「なぜ―――?」
「なぜ・・・そんな名前で呼び合うの―――?」
「この人は・・・「杜下驍」で、あちらにいるのは「瀬戸朝霞」・・・と、言う方なのに??」
「なのに・・・なぜ―――」
「そんな・・・現実内の名前ではない、名前で呼び合うと言うのは―――??」
そして、徐々に気づく・・・
自分が“今”―――「蜆亭」へと呼ばれた、本当の意味・・・
「大人達」が、ひたむきに隠してきた「真実」・・・
そのどれもが、まだまだ“未熟”で、やもすれば「豎子」であった自分が―――
璃:「万能者」ペルセウス―――?
それに・・・瀬戸様の名前―――・・・
「やはり、たったそれだけで気付くとは・・・」
「さすがに、あなたの御子であることよ・・・」
瀬戸が―――『ジィルガ』と呼ばれた者が、現実内ではない、言うならくは仮想内での名前で、
その男性の名を呼んだ時、璃莉霞は気付いた―――
そしてそれを、やはり、この場にいた「もう一人」・・・
未だ、仮想内の名では、呼ばれていない者は、気付きました。
ぺ:璃莉霞―――お前の母が「行方不明」と成った時の事を、覚えているか。
璃:え・・・あ―――
はい―――今となっては、忘れようも・・・
ペ:うむ―――では『ミトラ』。
璃:(え・・・)おば様も―――?!
ミ:あれは―――現在から遡る事、10年前・・・
璃:(10年前―――!)
そうだ・・・「あのゲーム」が、サービスを開始させた・・・
でも、それと―――
ミ:今は、私の話しを聞きなさい。
璃:は―――はい・・・
「あれは、現在より10年も前の事―――」
「我々は、「とあるオンライン・ゲーム」を提供するのに、日夜を問わず制作に打ち込んでいた・・・」
「そして・・・悲劇が起こってしまったの―――」
「悲劇―――」
「あれは、確かに悲劇だった・・・」
「我々も、早くサービスを提供しようとするあまり、最深まで注意を払えなかったのは、否定できん。」
「このオンライン・ゲームを、サービス開始しようとした「3週間前」・・・」
「最終調整を行う為、「あるプレイヤー」が、事故に巻き込まれてしまったのよ。」
「その、「プレイヤー」の名が・・・」
ぺ:『征木阿重霞』―――お前の母だ。
「やはり・・・やはり死んでいたんだ―――私の母さまは・・・」
あの時より10年―――あれから10年―――
噂話には聞いていたけれど、やはり「死んでいた」・・・と知らされると、
璃莉霞の眸からは、大粒の涕が零れていました。
けれど―――
璃:なぜ―――なぜ今になってその事を・・・
だったら、今よりも以前に教えてくれたっていいじゃないですか!!
ジ:―――何を?
璃:「何を」・・・って、私の母さまが死んだって事を!!
ジ:あら、私達は一言も、あなたの母上が「死んだ」って、言っていないわよ?
璃:(へっ?)でっ―――でも・・・瀬戸様が先ほど言われていたように・・・
私の母さまは、「事故に巻き込まれた」・・・って―――
ジ:ああ―――その当時はね。
ミ:正直・・・言葉にして言い表すのには、非常に簡単なんだけどね。
その意味するとこが、非常に深いものなの。
ペ:今のお前ですらそうなのだ。
色々なことが判っていない頃合では、否定すら出来なかったのだ。
早い話が、私の妻は、死んではいないのだ。
「狐につままれた」―――と、言えばそうなのだろうか・・・
長らく璃莉霞は、自分の実の母である征木阿重霞は、「死んだ」ものと思っていました。
そしてその事は、“今”―――この三人の語らいで判る事となってきた・・・
そう思っていたら、その三人は、口を揃えて同じことを言うのです。
「征木阿重霞は、死んではいない」
のだと・・・
その事で、さらに混乱に陥る璃莉霞―――なのですが・・・
ジ:まあ―――「不幸中の幸い」と言うべきなのかしらね。
その時、阿重霞殿は、「あるアカウント」でログインし、ネット上で不具合がないかどうかを、確かめてもらっていたの。
その最中に、突如サーバーが暴走を始めちゃってね。
璃:それって―――・・・
ジ:いや〜〜あの時は往生こいたものよ。
サーバー暴走の原因は、「偶々そうなってしまった」だけの話しで収まったんだけれど、
事態としては“最悪”―――なにしろ、ネットにダイブ中に、そんな事故が起きてしまったら、まず「死」は免れないからね〜。
ペ:そう言う事だ―――「幸い」だったのは、阿重霞は「ネットにダイブ」していたお蔭で、
「魂」までは損傷していなかったのだ。
ミ:けれど・・・現実内での“器”―――つまり肉体は無事じゃなかった・・・
璃:え・・・っ―――
ペ:ようやく理解できたか、そう言う事だ―――
つまり阿重霞は、現実内では生きてはいけなくなった―――が、代わりとして、阿重霞の存在そのものが、消えてしまったわけではない。
それはつまり―――
ジ:「死んではいない」・・・と、言う事なの。
これは、あなた達が普通に捉えている、「死」とは違うのよ。
ミ:けれど、こちらでの活動体である、肉体は亡くしてしまっているわけで・・・
でも、「人格」等を司る「魂」は存在していて、「ネット内」に留まり続けているのよ。
だから私達は、そのことの表現上に苦慮したの、それが―――
それが今、世間的にも知れ渡っている「行方不明」・・・
確かに、その事情を知っている者達からすれば、自分達の同志が「死んでしまった」と、表現するのは憚られた・・・
とは言え、阿重霞には璃莉霞と言う「実子」があり、その子まで騙すと言うのは、気が引ける・・・と、言いたいのですが―――
ならば、全ての事情を明かすタイミングを、「行方不明」者“本人”から示していたとするなら―――?
そう・・・つまり“今”の璃莉霞は、その条件を満たしていた―――
そして“今”―――総てを話され・・・
“今”まさに識る・・・
つづく