その世界は、いつも戦乱に明け暮れていました。
この“世界”は、色々な種属が介在しており。
中でも、大別すると、『ニンゲン』と言う種属と―――
『ニンゲン』以外の種属・・・いわゆる『魔族』が存在しているのです。
その内訳を見ても、ニンゲンと言う種属は、ニンゲンのみで構成されており。
魔力というものがないものの、そこそこ戦える身体能力に―――なにより、魔族のそれよりも、数が多い・・・
それに加え、徒党を組んで戦うなど、考え方も柔軟性のある種属でした。
それに対して魔族は、ニンゲンにはない魔力を保有し、高い身体能力・・・
しかしながら、一種属で構成しているニンゲンとは違い、多種多様・・・多岐にわたる、“種”としての多さ―――
“吸血鬼族”や“竜族”、“淫魔族”や“悪魔族”・・・等々―――
ですが、その個性が強すぎるあまりに、他の種と交わり、迎合する事などなかった・・・
時にニンゲン―――時に同じ魔族の違う“種”同士で争い合う始末だったのです。
その事に、憂慮する者もいました。
いました―――が・・・残念なことには、その者が説く事に耳を傾ける者は、誰もいませんでした。
高い知能を持ち、交渉事を得意としていた、その者でしたが、自分が説法を行う時機が尚早過ぎた事を覚ると、
その“時機”が来たるべくを見据え、“野”へと潜み、自分の固有領域に籠る事としたのです。
* * *
一方のニンゲン側でも、哀しき事実がありました。
それと言うのも、一つの“種”で構成されるのだから、ニンゲン同士での争いは、ない―――
と、思われたのですが・・・
確かに、魔族との戦争では、ニンゲン同士が力を併せて、これに当たっていたものでしたが。
それ以外・・・特に貧富の差が生じてくると、それは顕在化し始めたのです。
戦争は―――己を賭けて闘う“争い”・・・でしたが。
戦争ではない戦争―――それは、最も悪質にて陰湿なモノ・・・
いわゆる『政争』とか『権力闘争』と呼ばれる“それ”は、直接的な戦闘行為は起こさないものの、
人の見えない処で起こされていたモノだったのです。
{*ここ最近では魔族にもその風習が蔓延り、謀を好ましくないとしている種属の間では、反発も起っているのだとか。}
そうした中で―――ここに一人の『王』が誕生しました。
前王の逝去に伴い、新たなるニンゲンの王位に就いた者は、まだ年若く―――しかも麗しき容姿の・・・
前王の一人娘―――『姫君』でした。
ただ・・・この事は、この姫君にとっては、あまり好ましくない事だったのです。
王:それではこれより、会議を行う―――皆、忌憚なく思いの丈を述べてみよ。
『王』・・・とは言えど、未だ政治の経験が浅く、何も知らないに等しい―――
そんな者が、果たして『王』に成り得たのだろうか・・・
普通の・・・常識に照らし合わせてみれば、首を傾げたくもなる事でしたが、
そうした者こそは・・・まさしく“一部”の―――これまで、政治の中枢にまで食い込み、
ニンゲンの国の“富”を“財”を、思いのままにしてきた奸臣・佞臣達にしてみれば、
格好の“傀儡”と言えたものでした。
今も―――自分に仕える家臣達の意見を聞き出すも、その殆どが、そうした奸臣・佞臣達の利権ばかり・・・
私は―――この国の・・・この者達の王なのではないのか・・・?
王は―――その王位に就いて、まだ一月も経たない内に、自分の無力さを思い知りました。
そして、父である前王逝去の原因も、どことなく判ってきた・・・
父上も、この私によく話してくれていた・・・
奸臣・佞臣の欲望は限りがなく、日を増す毎に横暴になって来る―――
そこを父上は、譲歩させるなどして奸臣・佞臣の欲求を削ってきたと言うが・・・
こう言う事なのか・・・? 父上は―――全面的に拒んでしまったが為に・・・!
しかし―――今の自分には、そうした力はない・・・
力がないからこそ、強く言えない・・・
自分には、この胸の内を明かせる、信頼できる者は、一人としていない―――・・・
ならば私とは何なのだ―――?
ひとりぽっちなのか―――?
父上には、私と言う存在がいたから、少なくとも孤独ではなかった・・・
だが、今の私は―――??
いやだ・・・いやだ!
死にたくない―――ひとりぽっちで死ぬのは・・・
王は―――王国の、事実上のトップ・・・でしたが、孤独でした。
孤独故に、常に恐怖に駆られ、不安ばかりが付き纏うばかりでした。
それゆえに、奸臣・佞臣からの要求を強く拒むことが出来ず、まさしくの“傀儡”と成り果ててしまっていた処でした。
それに、国の頂点がこの有り様なのですから、当然のことながら、その国に住む民達に課される税は重くなり、
徐々になにもしない王に、失望―――怨嗟の声が湧く処となってしまったのです。
そんな様子は、城の王の部屋からも見て取ることが出来ました。
王:皆―――さぞかし私の事を、恨んでいるのであろうな・・・
王は、そう“ぽつり”と漏らすと、そんな王の発言を否定する声がありました。
宮:いえ―――そうではありません、王よ。
その者は、黒きローブを目深に被り、口元を大きな黒い布で覆った―――
このほど、『王の側近に』―――と、自らが志願してきた、『宮廷魔術師』でした。
王:済まないな―――折角召し抱えたと言うのに・・・
こんな私に、さぞかし失望しただろう。
宮:王よ、差し出がましいようですが、お口添えを・・・
何もしていない―――まだ“何もしていない”あなた様が、なぜそのようなお暗い事を言い置かれます。
王:何もしていない・・・って、何も出来ないじゃないか。
現に私は、大臣たちの要望に抗えてさえ出来ていない。
宮:なればこそ―――です、なればこそ、“何もしていない”のです。
それに、哀しいかな・・・あなた様には、隠された・・・いえ、秘められた能力がおあり―――だと言うのに。
王:えっ・・・? 私―――に・・・秘められた?
宮:そうです―――この私も、あなた様に召し抱えられ5年の歳月を経て、ようやくその“兆し”が見えてきました。
王:5年・・・もうそんなになるのか―――
思えば―――不思議な出会いでした。
未ず知らずの魔術師風情が、王に目通りを懇願している旨を聞き、
取り敢えず追い返す道理もないので、会ってみることにしたのですが・・・
不思議と、会ってみると“会話”は弾み、これからは自身の悩みを打ち明けられる存在だと思って、召し抱える事にしたのです。
そんな、宮廷魔術師からの言葉・・・
自分には、自分でさえ知らない、“秘められし能力”があるのだとか―――
けれど、そんなことは俄かには信じられなかった。
何より王は、宮廷魔術師の事を、何一つ知っていない・・・
つまり、信用は―――“まだ”していなかったのです。
確かに、自分の悩みを打ち明けられる、唯一の存在ではあったようなのですが・・・
すると―――
宮:そう・・・ですか―――非常に残念です・・・
王:あっ―――ちょっと待っ・・・
自分の言が聞き入れられないと思ったからか、宮廷魔術師は王に背を向けると・・・
宮廷魔術師の身の周りに、黒き霧のようなものが発生し、その霧が晴れると―――
宮廷魔術師の姿は見えなくなって・・・消えていました。
その事に、違和を感じ始めた王は―――
そんっ―――な・・・?
今のは―――まさか・・・魔力?
魔力の発生で・・・あの者は―――??
一つの加筆事項として、ニンゲンなる種属には、“魔力はない”―――と、言う事でしたが。
それは、この世界での“黎明期”の話し・・・
今では人知れず、異種属間同士の交配―――
禁じられた・・・禁忌の行いの所為もあり、ここ最近のニンゲンにも、僅かばかりに魔力が宿される事例が確認されたのです。
それでも―――今の、宮廷魔術師・・・だった者が行使したような、高度な魔術操作を行える者は、見なかった・・・
――と、言う事は、つまり・・・?
その者が、何者かの差し金によって近づいてきた事を、王は知るのです。
#1;孤独の王
つづく