今代の魔王―――ニンゲンの“英雄”である王によって討たれる……その一報は、瞬くの間に魔族の内に広まりました。
が……同時に、ニンゲンの王が行方不明となり横死してしまった―――との訃報も、早い時期に流されてしまったのです。
だとするならば―――その“真相”は……?
真相など、あろうはずがない―――この時点での重要な情報とは、“かもしれない”レベルのモノでも、“真実”としなければならない……
まだ誰も知らない情報を取り扱うには、その事だけで全体の主導権を握る事さえ可能となる……。
そう―――総てが“曖昧”……で、なければならない。
『王が生きている』―――などと言うようなことがあっては、絶対にならないのです。
とは言え、その時点では他の誰もが“真実”を知っているわけではなかった……なのに、この『訃報』が流された背景には、『王が生きて』もらっていては困る連中がいたからに外ならず……
ただ―――この不審過ぎる情報が流れてより、数刻後……
ミ:すまぬ、遅くなった―――
ガ:それで―――どうなんだい?
今まで事実確認に奔走していた、七人の魔女事実上のトップの帰還―――
またそれに伴い、例の一報が“虚”なのか“実”なのかを問われた時、ミリティアは……
ミ:(……)安心するがよい―――王の身は、ご無事である。
女媧:おお! それは―――……
ガ:それは、“吉”方だよね。
ミ:フッ……聡いヤツめ―――まあだが聴くがよい。
少しばかりの逡巡があった―――その“少し”の差をガラティアに見抜かれるも、総てはこれから話す、自分の説明の後で―――と、したのです。
ミ:偶然か否か、王は血溜まりの中で倒れられていた。
そこを学士エリス殿に救われ、介抱の手解きをなされていたようだ。
このワレが目にしたのは、既に快復され学士殿と歓談なされている王を、この両の眼で確認した。
それは衝撃的―――あまりにも衝撃過ぎる、事実の告白と言えました。
たった一人で強大な敵―――魔王を討ち果たした当代の英雄が、次代の魔王にならんとしている者と、笑いながらの談義に興じていた―――
その一点だけでも、衝撃的だったのに……
ミ:そればかりか、彼の王は学士殿と同じ考えであられる。
『学士と同じ考え』―――
こんなにも、世界を行き詰まったものにした、誰の得にもならない……下らない戦争の―――即時停止。
それは端で聞いていても実現不可能とさえ言われた―――“理想”……
たった一人で―――学士しか提唱してこなかった“理想”が……
学士以外の“同調者”によって、理想が理想ではなくなってきた―――
この衝撃的な事実を知り、あのガラティアも……ジィルガも……思考を鈍らさざるを得なかった―――
とは言え、ミリティア程の者がこんな状況下で“戯言”を言う者ではないと言う事を、知っていたが為に……
では、なのだとしたら―――??
ガ:そいつは……“本当”なんだね?
ミ:ああ、全くの事実だ。
ジ:け……けれど、何かの間違いなんじゃ―――
ミ:疑いようのない、事実―――だ。
なによりこのワレの目の前で、王と学士は、その手を固く握られた……。
ハハハハハ……愉快な事だ! これ以上愉快なことがあるかね?! このミリティア、9500年余りを生きて初めて、この様な気持ちにさせられた―――
ああ、そうだとも……あの“絵空事”が、絵空事ではなくなったのだ!! この事実の前に、あの虚報すら霞んで来たほどにな!
そこにいた“七人”も、やはりそうなった―――……
得も言われない表情―――
慶びの余り感極まり涙くれる者……
ようやく争乱が収まり、平和な日々が来るであろうことを描く者……
など様々―――なのですが、ここで一つ忘れてはならないのは……
ミ:ただ―――残念なことに、王の命脈は、そう長くはない……
ユ:そ―――そんな?!! で……では―――
ミ:原因は、何か―――までは判らぬ。
だがワレが見立てるに、彼の方は近い内にお亡くなりになられる……
これもまた、驚くべき事実の告白―――でした。
折角、次代の魔王(候補)と、その志を同じくにし、その意見を交換したと言うのに……
また、元の振り出しに―――?
これでは、先程の慶びさえも、“ぬか喜び”となってしまう……の、でしたが―――
ここで何を思ったのか、ミリティアがガラティアに、“ある事”を聞き始めたのです。
ミ:ところでガラティアよ、確か汝は“ある事”を提唱しておったよな?
ガ:(はあ……)なんだい―――“ある事”って……
ミ:これはイセリアから聞かされた話なのではあるが、汝は以前に、この“現実世界”とは別に“違う世界”を創造り、そこに魂を飛ばすなどして物事を進めて行く―――そうした事を模索しておったそうだな?
ガ:ああ―――そうだよ……ちょいとした酒の席での“与太話”でね。
丁度一緒に飲んでいたヤツと意気投合しちまってさ―――まあ、今から考えると、バカな“与太話”だったと思うよ。
大体考えても見なよ、それこそ本当の“絵空事”―――なんじゃないかい?
ジ:その……ガラティアお姉サマと『一緒に飲んでた席』―――って……私も丁度いた時の事よね? だとしたら“あの人”の事かしら??
それにしても……ミリティアお姉サマ? どうして今になって、そんな事を―――……
以前、“意識の者”がイセリアに語ってきた事―――
『私がプレイしている“ゲーム”の内での“クエスト”の“イベント”に、丁度こうした策謀めいた内容があってね。』
イセリアは、この―――“意識の者”からの言葉を、そのまま“戯れ言”とは取らず、あの当時、自分も同席していた『酒の席』で、死せる賢者と一緒に盛り上がっていた【発明王】との、その会話に耳を傾けていた……。
だからこそ、死せる賢者が言っていた“与太話”を、どこか頭の片隅に置いておき―――そして、“意識の者”が語ったその時、甦ってきてしまった――――……
そこでイセリアは、この事を自分なりの注釈を加えた上で、ミリティアに“信”を送ったのです。
しかし当初は、受け取ったミリティアも何の事かは判らなかった―――の、でしたが……
ミ:これは、ワレが彼の王に直接目通りした時の感想だ……。
彼の方は……一人ではなかった、どこかこう―――“もう一人の人格”と言った方が良いのか……。
そうした、“もう一つの魂”の輝きをワレは彼の方に感じたのだ。
それに、イセリアからの“信”にはこうも書き添えられていた―――
『かの“意識の者”も、王リリアと同じく『リリア』を名乗っている』そうだ。
その最初は、酒の入った席でのバカ話も同然だった……それがこれを機に、そのバカ話でさえも真実になろうとしていた……
先程までは悄気かえっていたガラティアでしたが、そのミリティアからの話しを聞くと、みるみるうちに元気を取り戻してきた―――
それに同調するかのように、興味を示してきたジィルガ―――事実上の、魔族の頭脳と言われている2人が協力をすれば、叶わない事などない―――
ですが―――……
女媧:それはそれで良いとして―――運命は最早変えられぬのじゃろうか。
ミ:ああ―――変えられはすまい……。
だが、こうも言えはせんだろうか。
彼のニンゲンの“英雄”の王に然るべくして入ってきた“もう一つの魂”……ワレは、この事を偶発的には捉えてはおらん―――
“今”ではない“未来”に於いて、そうした“魂”の持ち主は確実にいる―――と、言う事だ。
だが我々にはやるべき事がある……それは、エリス殿を魔王にする―――と言う事が前提となって来るのだ。
そう……ニンゲンの王―――リリアの“死”は、免れる処ではない……に、しても―――偶然にも王の身に宿った“もう一人”のリリアなる者の魂……
それに後になって紐解いてみれば、どうやらその“もう一人のリリア”なる者も、王の志に同調していたと見られていた……
“今”に於いての可能性は、早くも消えようとしていた―――けれど……
“未来”に於いては、そうした可能性は引き継がれている―――そう解釈できるのです。
* * * * * * * *
そして―――……かの予言は、的中してしまう……。
未明―――王は、さある者との会食の最中、立ち待ちの内に昏睡に陥り……
大量の王の血と共に―――“絶命”……
* * * * * * * *
その日の王は、魔王軍との激闘の末、勝利を収めた―――その“祝勝”と同時に、その威光にひれ伏し、改心した―――との告白により、王ご自身の臣下、宰相邸に招かれていました。
リ:そうか―――お前もようやく、心を入れ替えてくれたというのだな。
ゼ:はい―――これまでの、主君であるあなた様に抗いきた事、真に恥ずかしく思っている次第……。
ゆえに、このワシ自身改めて心を入れ替え、王の治世の為力を尽くしていく所存にございます。
つきましては、その志としての証しに一席を設けたく、王をお招きした次第にございますれば……
リ:(……)私の―――“治政”か……そう言えば、私の父も常々言っていたことがある……。
ゼ:ほう―――? 前王が……何か?
リ:うむ、そなたの事をな―――
予々、この宰相の“黒い噂”は、常に付きまとっていました。
今代の王の父―――前王の死に関しても、宰相自身が直接手を下さず何者かに依頼をし、隠密の下にその命を断った―――とか、また今代の王に関しても、未だ疑惑の残る“行方不明の件”等々……
しかし、今代の王により暴かれてしまった宰相の陰謀―――その厳しい処罰の前にさすがに懲りたものと見え、改めての忠誠を誓う証しとして自らの邸宅に招いての“会食”……
そこで語られた王自身のお言葉に、宰相は何を感じたのか―――余人には知り得るべくも、ないのです……。
#20;未来への可能性