その日は……少し異常でした―――

それと言うのも、王が……王自身が信じる2人もの友人を伴わず、以前から“黒い噂”しか立たないこの国の宰相と、王のみとで会食をしている事に……だったのです。

 

そこには、何の思惑があったのか―――今となっては知り得るべくもない……

 

ただ一つ言えた事には―――王は……

 

 

リ:(……)私の―――“治政”か……。

  そう言えば、私の父も常々言っていたことがある―――

 

ゼ:ほう……前王が―――何か……?

 

王自身の運命を―――

 

リ:うむ、そなたの事を―――な……。

 

自らが知っていた…………

 

リ:『治政の能臣、乱世の奸雄』―――と、な。

  だからこそお前を活かしたのだ……これからは“乱世”などではない―――治まり行くこの世を、お前の手腕で立て直して欲しい……

 

 

宰相ゼンウは、この時ほど自分がこれまで為してきた―――そしてこれから為そうとしている事に、『酷く後悔をした』―――と、伝えられているのです。

そう……宰相ゼンウは、まだこの期に及んでも改心などは―――……

 

 

ゼ:(!!)い―――いけません王よ! その杯を(あお)っては……!!

 

 

()()()()()異常はありませんでした―――

何故なら、王は既に自らの運命を(さと)っており―――

そして宰相は、この後に及んで、()()(・・)…………

 

 

リ:ハハハハ―――何を申しておる! そなたがようやく改心してくれたのだ……だからこそ―――

 

 

王は―――()()()()()()()()()()()()()()()()……

知っていた―――にも拘らず、それを制止させようとした首謀者の(げん)を聞き入れもせず……

 

 

リ:安心して……この杯を(あお)ることが出来る―――

 

 

王はその毒杯を(あお)ると、立ち待ちの内に大量の血を吐き―――王の普段着であるワイン・レッドのドレス以上に、自らの身を―――宰相の邸宅の床を―――(あけ)に染めた……

その毒性により苦しみ藻掻き、のたうち回る王―――

自分がしでかしてしまった事にさながらに悔い、青褪める宰相―――

 

この急変の報を知り、イセリアとセシルが現場へと駆けつけてきた時には、もう……

 

 

セ:王………王―――!!! お気を確かに……

  貴ッ様ぁあ〜〜〜―――ゼンウ!!

 

イ:待ちたまえ、セシル殿!

 

セ:イセリア殿……何を待てと?!

 

イ:不思議なことがあるものだよ……全く―――

 

セ:はあ? 何を言って―――

 

 

謀臣、逆臣の謀略によってその生命の花を散らすなど、これほど無念な事はないだろう―――

なのに、この時の王の死に顔は、とても安らかにして穏やかでさえあったのです。

 

あれだけ血を吐き―――あれだけ苦しみ藻掻き抜いた、果ての死は―――皆一様にしてそうであるように、苦痛に歪み……怨みがましい表情のまま死に絶えるのが常だった……

それなのに、なぜ王はこうも晴れやかな―――口元には笑みを(たた)えたままでいられたのか……

しかしながら、この現場にて横臥(よこたわ)る王の亡骸(なきがら)と、自身がしでかしてしまった罪の重さにようやく気付き、その場にへたり込んでしまったままの宰相……

状況としての証拠も確たるものがあり、王を謀殺したかどで、宰相を捕えた……―――の、でしたが、何を想い感じたのか、宮廷魔術師であるイセリアは、宰相ゼンウを牢獄に繋ぎ止めておくに留めておいたのです。

 

ではなぜ、イセリアはそうしたのか―――

謀殺されたと言うのに、あの晴れやかなまでの、王の死に顔―――

謀殺が成功したにも拘らず、己がしでかしてしまった事に、頭を抱えてしまう宰相―――

この両者の対比に、『これには何か裏があるのかもしれない』と感じたイセリアは、亡くなった王の部屋を(くま)なく探してみると―――やはり……

 

 

イ:これは―――……

 

 

それは、この度亡くなった王の、遺された唯一の手がかり―――

 

 

『私は、近い内に死ぬであろう―――』

『それは恐らく、毒殺やもしれぬし、刺客に襲われて……なのかもしれない。』

『だからと言って、哀しまないで欲しい……私が近い内に死んでしまうのは、それが私が、天より宿(さだ)められた命なのだろうから―――……。』

『それに、天命・宿命を変えられる(すべ)を、私は知らないし……もちろん、宮廷魔術師であるイセリアでさえも、知らないだろう……。』

『だからこそ、私の死を、哀しんではならない……それに、私は次代の魔王となられる方と、ある“契り”を交わした―――』

『それを実現させる為にも、どうか……よろしく頼みたい―――』

 

 

一枚の紙に落とされた、これから死に逝く者の、遺されし言葉―――

そこには自分の命運を覚った者と、その自分が亡くなってしまった後の“それから”……

 

そして―――なにより一番驚かされたのが……

 

 

イ:(なんと?! あの宰相がそうだったとは―――……ならば総ての合点がいく―――これまでの御身に関わる不届きの数々を赦してこられた動機……。

  思えば宰相も、この時代に於いての被害者であった―――こう言う事だな……)

 

 

それこそが、『治政の能臣、乱世の奸雄』の(くだり)―――

この世が、ある程度治まった世ならば、能臣としての能力を如何なく発揮出来たものを―――

運悪く、この世は乱世―――そんな世では、己の欲しいがままに能力を振るってしまう奸雄となってしまう。

その事に惜しいとはしながらも、やはり罪あるべき処には(しか)るべくをして(ただ)さないといけないとし、イセリアはセシルを伴い、牢獄に繋がれているゼンウの下へと赴いたのでした―――が……

 

 

* * * * * * * *

 

 

場面は一転し―――ここはとある建物……欧州中世の古城を思わせる(たたず)まいのこの場所で、この程“認められし者”が見晴らしの良いバルコニーに登壇をし……階下に居並ぶ多くの魔族達に呼びかけたのです。

 

 

エ:我こそは、この度より魔王の座に登極せし者―――エリスである!! 聞け、我が多くの臣民よ―――我が(げん)に耳を傾け、従うがよい!!

 

 

その“認められし者”こそ、この程選出され、新たに魔王の座へと就いたエリス―――その人でありました。

 

今回の魔王立候補者は、このエリスを含め、計5名―――しかし、他の4名の立候補者を、その弁舌巧みとされている術にて服させたり、エリスの周辺を固める者の武威によって服したり……と、さして目立った衝突もないままに、問題なく推し進められたものだったのです。

 

そして登極の日―――あるセンセーショナル過ぎる宣言に、新たなる魔王の座に就いた者を祝福すべく(つど)った者達は、皆一様にして己の耳目(じもく)を疑ったのです。

 

 

魔族:お……おい―――今、魔王様は何とおっしゃられたのだ?

魔族:ニ……ニンゲンとの戦争を……?

魔族:あ―――ああ……聞き違いじゃなけりゃ、“即時停止”させると……

 

 

新たに立った魔王―――エリスは、その初志通りの公約を……ニンゲンは(もと)より、魔族同士での戦争を禁じたのです。

とは言え―――けれども、種の観念(イデオロギー)とも言うべき“闘争”も禁じたようなものであり、そこは少なからずの反発もあったのでしたが……。

新魔王の周辺を固める者達の前に、程度の反発では無理だと感じたのか、その場はどうにか収められたように見受けられたのです。

 

そしてその後―――……

 

 

エ:どうにか、済ませることが出来たね―――……

 

ミ:ええ―――ですが、程度の反発はこちらの想定内……

  ですが―――……

 

エ:王か―――……惜しい人を亡くしてしまったものだ……。

  彼の者となら、私の夢の実現も近まった事だろうに。

 

ミ:しかし―――その“種”はすでに播かれております。

 それにイセリアも、ニンゲン側に留まってこちらとの調整役として、奔走してくれますようで……。

 

エ:そうか……彼の方には苦労を掛けることになるな―――では、私はこれから予定通り『奉魔殿』へとこもり、歴代魔王の能力を吸収する―――

 

 

王の訃報は、未だニンゲン側に留まってくれているイセリアの手により、エリスの下まで届いていました。

エリスが魔王に登極するよりも以前、王と邂逅しその志とする処が同じであると知った―――

これでようやく……誰も得をしない、ただ壊し尽くすばかりの無駄で無意味な争いはなくなるだろう―――

そうしたエリスの想いは、早々に打ち砕かれたモノと思われていましたが、ミリティアが立てた仮説に微かな希望を抱いたエリスは、これから“真の魔王”と成るべくの、試練を受ける手筈を取ったのです。

 

 

 

#21;魔王登極

 

 

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