ある日の午後―――王は武の錬磨の最中でした。

 

 

「『自分には取り柄がない』とは言っていたものの、よくまあ続けられるものだ。」

「それに、“筋”も悪くない・・・。」

 

 

朝早くから起き、自前の長剣を振るう―――それも、飽きることなく何回も・・・

王自身は、以前にも『自分には何の取り柄もない』とは言っていましたが、

その直向(ひたむ)きな姿勢―――北の魔女たる宮廷魔術師が、遠目から眺めていても判る、その確かな“剣筋”・・・

なのに、自身には自信がないと言う・・・

 

 

「ひょっとすると、相手がいない―――から?」

「“私”だけがいて、“あなた”がいないから、自身の力量が計れない・・・と?」

「“争った”ことがないから、自分には自信が持てない―――と?」

 

 

『これは・・・』と、宮廷魔術師は思う処となりました。

 

それにこの論理は、彼の学士が提唱していたものと似通ってもいたのです。

 

 

「学士は、常々『健全な争いを』と言っていたが・・・まさかこの事なのか?」

 

 

学士が提唱していた論説―――それが『争いの本質』でした。

 

 

『“私”と言う“個”がいて、“あなた”と言う“個”がいる。』

『この“個”と“個”が遭遇し、出会う事により、“個”と“個”の固有領域が接触・・・衝突を起こし、』

『そこに僅かながらの変化が認められる。』

『この“衝突”は全体からしてみれば、ほんの小さなモノではあるが、“私”と“あなた”がいればいるほどに、』

『その“小さなモノ”はやがて“大きなモノ”へと発展し、そこには我々も(いま)らぬモノへとすることになるだろう。

 

 

最初に、この学士の論説に当たった時には、学士が言わんとしている事など判りませんでした。

 

魔族の中でも、屈指の才媛(さいえん)われた魔女しても・・・

 

 

「だが―――今となっては、どことなく言わんとしている事が判ってきた・・・」

「恐らくは、南の魔女も、この論説に触れ、何かを得たのだろう・・・」

「彼の者も常々言っていたことがある―――」

「『我々には未だ知れぬ“深淵”がある。』」

「『その“深淵”に触れる為、ワレはしばらく領域を空ける事にする。』」

 

「“風の噂”によれば、南の魔女は現体制の側近になったのだとか―――?」

「なぜなのだ・・・? そなた程の者が行き着いた先―――“深淵”が()()だったのか・・・

「判らないな―――どうやら、知らなければならないことが、また増えてしまったようだ・・・」

 

 

東西南北の、それぞれの魔女の(なか)出自目的なれているのはだけでした。

その北と南も、今は対抗勢力の枠組みとして組入り、互いが争わなければならない立場になろうとしていたのです。

 

 

それはそれとして―――いつもの朝練の仕上げに・・・と、王は―――

 

 

騎士:お相手願います―――

 

王:うむ、では手加減無用でお願いします―――

 

 

ここ最近、宮廷魔術師の勧めもあり採用した『近衛兵』―――その“長”。

 

元はこの国の騎士の一人であり、王が一人でされている錬磨の程度と、

元・騎士であり現・近衛長の練兵の程度を(かんが)また近辺護衛ねた者達選抜したのです。

 

それに―――・・・

 

 

「やはりいい筋をしている。」

「彼の近衛長は、私が見立てた上でも、かなりな腕の持ち主・・・」

「それを、対等に(わた)り合えているとは

 

 

『取り柄がない』とは言葉の(あや)―――

王国騎士の中でも五指に入るほどの武の上達者と、互角に(わた)り合えている・・・

互いの身体を傷つけ合わないよう、真剣ではなく木で出来た模造剣ではあるものの、互いを譲らぬ剣閃に剣撃―――

 

しかし・・・?

 

 

王:あうっ―――!

 

 

「うん・・・?」

「なんだ? 今のは―――」

「なぜそこで・・・?」

 

 

やはり武に(まさ)近衛長だからか、打ち負けて地に尻もちをついたのは王の方でした。

 

けれど“これ”は、一般の―――普通の者から見た映像(モノ)・・・

 

王と互角に亘り合った当事者と、彼女達の様子を眺めていた者の目には・・・

 

 

「この方・・・なぜ自ら身を引いた?」

「あと一歩―――あと一歩踏み込めば、立場は逆だったはずなのに・・・?」

 

 

王からは、『手加減無用で』と言い置かれたものの、その実手加減をされていたのは自分だった・・・

 

近衛長は、この国の貴族の出―――ではあるものの、今では凋落(ちょうらく)・・・没落し、

以前のようには虚勢を張る事さえできない―――だからこそ、自身のある武に磨きをかけ、

王国の中でも五指に入るまでに成れたと言うのに・・・

 

そこを、王の側近である宮廷魔術師の目に留まり、近衛長の家の事情と言うものも(かんが)みてもらった

推挙してもらった『近衛兵』の“長”の身分・・・。

 

それと共に、それまでにもなかった好待遇を約束された事に、すぐ二つ返事で返した・・・

 

―――のに・・・

 

 

王:いや―――強いな、近衛長殿は、さすがだ・・・

 

近衛長:(・・・)お止め下さい―――ご自分を偽るのは・・・

 

 

そう言うと、王から差し伸べられた手も取らず―――()してやべたに座り込こしもせ

近衛長はまるで吐き棄てるかのように練武場を後にしたのです。

 

その現場を見ていた宮廷魔術師は思う処となり、近衛長の後を追うと・・・

 

 

宮:近衛長殿―――

 

近衛長:(・・・)私がこれから仕えるのが、“あれ”ですか・・・

 

宮:(!)口を慎まられよ―――そなたは今、誰に対しそんな口の利き方をしたのか・・・

 

近衛長:ならばなぜ! ご自分を偽ってまで、この私に仮初めの勝ちを与えたのです!!

     そんなモノは・・・この私の武を、この私自身をお認めになっていないからではないのか!!

 

 

『怒るのは当然だ―――』

宮廷魔術師はそう思いました。

 

事実、王自身の言葉で、『手加減無用』を言い渡しておきながら、現実として手加減をされていたのは近衛長だったのですから。

 

武に生きる者として、手加減をされてまで勝ちを拾う―――と言うのは、最大の恥辱であり侮辱・・・

王もその事を知らないわけではないのだろうに・・・

けれど、否定しようとも否定できない事実―――

宮廷魔術師は近衛長から問い詰められるも、憤怒(ふんぬ)える相手納得させるだけの返答(こたえ)用意できていませんでした。

 

だからこそ、訪れてしまう・・・最悪の事態―――

 

 

近衛長:これから私が仕えるべきが“あれ”なのならば、私はもう必要とされていない。

     好待遇ではありますが、この職を辞めさせて頂きます。

 

宮:待ちなさい―――

 

近衛長:何を待てと? まあ確かに未練は残りますが、“あれ”に忠義を尽くしたとしても、甲斐性と言うものが見当たりません。

 

宮:だから・・・待てと言っている―――

  ここは私が言い聞かせるから、もう少し猶予と言うものを・・・

 

 

「少し(しか)をしている―――でいるのだろう・・・

「まあ、私が同じ立場でも、そうしていただろうが・・・」

「いやはや―――さても、難題を突き付けられたものだ。」

「思えば私達(魔族)程度衝突こすもの今回こうした事案での前例はなかった―――」

「なんとも興味深い(おもしろい)ものな・・・ニンゲンというものは―――

「・・・まさか―――とは思いたいが、学士が“成りたい”とした経緯・・・」

「はは・・・まさか―――な・・・」

 

 

宮廷魔術師からの説得に折れ、どうにか辞める事を思い(とど)まった近衛長でした

想えば宮廷魔術師は、容姿・身分共に偽ってはいるものの、その本質は魔族なのです。

 

そんな存在が、対立をしている種属を(なだ)める―――

こんなにも滑稽にして噴飯(ふんぱん)起こり得るものだと感心する一方

次第に分かり始めてきた『魔族』と『ニンゲン』との“差”―――

こんなにも感情に左右され、衝突を起こしたりもする矮小な者達・・・

しかしその事を、対立しているとはいえ、何一つ判っていなかった魔族(自分達)・・・

 

そして、“まさか”―――と思う・・・

学士が、魔族の頂点へと()き、そうとしているのかを・・・

 

 

            *         *

 

 

それはそれとして―――

自分の部屋で頭を抱え、しきりに悔いる王・・・

 

 

「怒らせてしまった・・・当然の事だ―――」                  

「私は・・・私に嘘を吐いてしまった・・・」

「相手である近衛長には嘘を吐くことを禁じたのに、その事を言い出した当の本人である私が、こんな(ざま)では・・・

「けれど・・・私が近衛長に勝ってしまって、彼女の自信を奪ってしまったら―――」

 

 

するとその時・・・

 

 

謎:{あ〜〜やっぱそれでか〜〜―――}

 

王:(えっ・・・?)な、なに・・・? 今の声―――

 

謎:{おっ? やっと聞こえるようになったか―――}

 

王:えっ・・・やだ、嘘―――気持ち悪い・・・

  お、お前は誰だ・・・!

 

謎:{『気持ち悪い』って、それはあんまりじやない?}

  {それに、『お前は誰だ』・・・って言われてもね。}

  {“私”は、“私”――だよ。}

 

王:(ひぃ・・・っ!)だっ・・・誰かある―――! 賊だ・・・賊が・・・!!

 

謎:{ま、現実を受け止められないと、こうなっちゃうよね〜w}

  {―――と言うか、あんた今、自分以外の“誰”がいるのか、そこんところ判ってる?}

 

王:えっ―――?

  ・・・いや、誰も―――・・・

  なに? なんだお前は―――・・・

 

謎:{だから、“私”は“私”―――言葉を換えたら、“あんた”自身なんだよ。}

  {その証拠に、私の名は―――・・・}

 

 

不意に、自分の頭の中で何者かの声がした―――・・・

ここは、王自身の部屋―――

自分しかいないはずのこの部屋に、自分以外の者と思える声が聴こえた所為(せい)もあり、えてしまう―――

 

しかも、この不測の声は、王自身だとも言う・・・

 

そして知る―――驚愕の事実を・・・

 

 

 

#3;近衛長

 

 

 

つづく

 

 

 

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