自分に偽る事を止めた王は、今まで自分の心の奥にしまって置いた大切なことを、そこで吐露することにしました。
そのきっかけとして、王リリア自身が知っている、宮廷魔術師イセリアの正体―――
本当は魔族である彼女を、友に迎え入れたかった……
それにしても、なぜ―――?
そんな事を、今ここで公表したところで誰も得をしない……
いや、そればかりか―――
ですが、イセリアのそんな思惑とは裏腹に、リリアは胸中を語り始めたのです。
セ:……え?
い―――今なんと……?
「「―――……。」」
セ:お答えください……王よ。
今、何と仰られたのです!
イ:どう言うつもりだ……王よ―――なぜ……なぜなのですか。
セ:そ、そうですよ……なぜイセリア殿が魔族などと……お戯れを……
しかし、王の口からは、それ以上語られることはありませんでした。
その沈黙が、逆に怖かった……けれど判らない事と言えば、ならば魔族であるイセリアが、この国の為にと発展への寄与・努力をしてきたのは、どう言う事なのか……
『魔族はニンゲンの敵対勢力』―――この事は、この国の子供にさえも浸透している事実。
なのに、その“敵”が、自分達ニンゲンを助ける道理などあるはずがない……
これは、冗談なのだ―――ただ、性質の悪い冗談なのではあろうが……
まさか……こういう幕引きになろうとは―――
この私すらも、この展開は読めなかった……
これで、この世は一気に―――
セシル・イセリア両者の思考が錯綜し合い、その場は一種の“混沌”に充ちようとしていました。
すると、やおらして機を見計らったかの様に王の口から―――
リ:いや―――真実だ。
宮廷魔術師イセリアは、魔族である……と共に、私の大事な“友”だ。
そして再び、衝撃は迸る―――
その真実が語られる以前までは、宮廷魔術師であるイセリアが『魔族である』以外の真実は語られないままでしたが。
ここにきて、異種属であるはずの彼女の事を、自身の新たなる“友”に迎え入れる事をセシルの前で公表したのです。
しかし―――この突発的な真実の公表を前に、さすがの魔族も……
イ:えっ―――? いや……ちょっと待って頂きたい?
あなたは、私が魔族であることを公表し、それを理由に罷免……それと共に魔族との全面戦争に逸るものかと思いましたのに―――
リ:私には、そんな度胸なんてないよ……。
第一、軍を動かした事なんて、これまでにも一度たりとてない……。
セ:でっ―――ではなぜ、イセリア殿を魔族などと……
この、読めなかった展開に、これから一気にこの世は先の見えない混乱・戦乱の時代へと突入し、出口の見えない迷路に迷い込んでしまうのだろう……と、イセリアは思ってしまいました。
そしてセシルも、自身の推薦人が―――恩のある人物だと思っていたのが、まさかの魔族だったとは……思いも寄らなかった事だった。
けれど実は、この真実の公表でさえも、単なる前振りでしかなかったのです。
その証拠として、次なる王の主張を聞いた時イセリアは―――……
リ:私は―――もう、魔族との戦争を、止めにしたいんだ……。
今にして甦る―――学士が提唱した説……
ニンゲンと、魔族との間の、戦争の即時停止―――
彼の方だけではなかった……?
ニンゲンの内にもこの想いに至った者が……?
それも、支配階級である王ご自身が……?
フフ……いや―――大したものだ……学士殿。
あなた様の読みは、間違えてなどいなかった……
ここに―――ここにその“可能性”があるではありませんか!
“自分達”が思っていた事を代弁―――いや、実行に移そうとしている2人がいる……
宮廷魔術師は―――イセリアは―――その嬉しさのあまり、感涙に咽んでいました。
はや―――俗世に見限りをつけ、見放して何百年……長き生を得た事に悲観に呉れ、現実を直視しないように好きなことに没頭してきた“自分達”……
それを救ってくれる主が、ついに現れた―――
この慶び事に、涕しなくて生きている甲斐性などあるものか……
そうとでも言いたげに、一頻り泣いた魔族は……
リ:大丈夫か?
イ:フフ……申し訳ございません―――嬉しさの余り、つい感極まり泣いてしまいました……。
セ:しかし……どうしてまた、魔族との戦争をお止めになられたいと?
リ:逆に問おう―――セシル。
今の市井の者達の暮らしぶりはどうなのだ。
セ:恥ずかしい話ではありますが……私には―――
イ:それは私の方からお話しを。
正直良くないですね、経済としての活性率は殆どゼロ。
ですが、一部の富裕層については……。
リ:それで結構だ。
それ以上は私も耳が痛い。
これで判ってくれただろう、こんなモノを続けていたって良い事の一つもない。
そんなのは、私は嫌なんだ―――
イ:(……)『同じ』―――ですね……。
セ:えっ?
リ:うん?
イ:この私が正体を偽り、あなた様に近づいたのも、そもそもは“そこ”からなのです。
リ:なに? どう言う事なのだ?
王がそうした考えに至った動機こそ、イセリア自身に啓発を促せた人物と『同じ』だった……。
『無益な戦争を止めにしたい』……単にそれだけではない。
あの緋の瞳の奥には、“私達”ですら至らなかったような思いが、凝縮されているのだろう……。
けれど、“魔族”が現体制のままでは―――……
次代の魔王と、当代のニンゲンの王の思惑は、ここに両者互いの姿を見ずのままに一致をみました。
が……現在の魔族の体制では通じるモノではない―――
恐らく一度や二度は征伐の遠征が組まれるであろうことは、予測しなければなりませんでした。
しかし、それまでにやっておきたい事―――……
イ:では改めまして……我が名は、【北の魔女】とも呼ばれている、イセリアと申し上げます。
セ:【北の魔女】? 有力な魔族ではありませんか―――!?
イ:だが、私が修めた学もそう大したものではない……それに―――この私をここまで動かせた人物もそうなのであるが……。
今は【学士】と呼ばれている人物が提唱する説に従い、この私が……リリア―――あなたがどのような人物なのかを見定める為に近づいたのです。
セ:それはまた―――何のために……?
イ:王リリア―――今まさにあなた様が言い置かれた“それ”ですよ。
リ:(!!!)それは本当なのか!?
イ:この私の信念に誓って―――そして今一つ……その学士なる方は、次代の魔王と成られるお考えである―――と、言う事です。
今度ばかりは、リリアやセシルが驚いた―――驚くしか、なかった……
なにも示し合わせたわけでもないのに、次代の魔王候補者と、当代のニンゲンの王である者が、その先にあるものに同調していた……
けれど、これが実現すれば、或いは―――……
* * * * * * * *
しかしながら、事が事だけに、この計画は慎重に行う必要があるのです。
その為にも―――……
リ:それでは、これより会議を始める―――皆、忌憚のない意見を申し述べるがよい。
宰相:では、私めから―――王よ、そろそろ魔王軍との決着をつける為に、国家を挙げての動員をするべきだと思うのです。
リ:またその話しか……宰相ゼンウ。
お前の話しも判らないではないが、戦争を起こすにしても“タダ”と言う訳にはいかないのだぞ。
ゼ:その事は、重々承知しております―――ですから私めは、お待ち申し上げたのです。
財務大臣―――
財務:はっ―――前回の出師より大凡10年……ようやく今回分の出師が出来る手筈が整いました。
つきましては―――……
リリアが、自分の父親である“前王”より王位を継いで、はや10年―――けれど、依然として変わらない立場……
国の実権は、相も変わらず宰相であるゼンウなる者の一派が牛耳っており、とても王だけでは太刀打ち出来なかったのです。
それでも、“友”である2人の前で言い放ったこともある―――これは極力回避させる方向性でいかないと……
だからこそ、そこでは珍しく抵抗をしたのです。
とは言え、露骨な反対は出来ない―――だからなるべく柔らかい表情で……でしたが―――
この会議が終わった後で実は―――
リ:やれやれ―――どうにか抑えられることが出来たな……。
出師に反対する王一人に対し、賛成派はほぼ全員だった―――こんな圧倒的な不利な立場を、それでも可決までにさせなかったのは、案の“承認”が王でなければならなかったから―――
だから、王を除く全員が賛成をしたとしても王がその案を“善し”としなければ、見送ることが出来ていたのです。
しかし―――“それ”が精一杯だった……王位に就いているとはいえ、所詮は齢22歳の小娘に過ぎない……。
それが大の大人―――老獪なる策謀の師相手に、どれほどの抵抗が出来るだろうか……少なく見積もっても、“あと一回”くらいが限界だった……。
そう思っていた処に―――……
リ:{ムッカァ〜〜! 頭にくるなあ―――ア・イ・ツぅ〜〜!!}
リ:またお前か―――どうしたのだ、いつになく“熱い”ようだが。
リ:{え? ああ―――だってさあ、アイツ本当に気に食わないんだもん!!}
リ:お前は……そう言えば、あの宰相の名前を知った時からそうだったものな。
なにかあったのか?
リ:{えっ、あっ……まあ〜〜ちょっとねw}
今回の、魔族との決戦の是非で、案を提出した宰相に思う処があった姿の見えないリリア―――そう……忘れたくても忘れられない“あの名前”。
それがなぜか、現実離れしているこの世界での“もう一人の自分”の配下……だったとは。
その事も気に食わない一因ではあったようなのですが、やはり本質的には―――
リ:{それより、何が気に食わないのってさ……戦争をやりたがる人間が全員、戦場には赴かないんだよ? あんたにも覚えがあるだろう……絶対あいつ、戦争が始まったら『私は国内の事が大事ですので、都に残ります。』とかなんとか言って、はぐらかすに決まってる!!}
リ:……凄いな―――お前……ひょっとすると予言者なのか??
リ:{予言……なんて、大層なもんじゃなくて、そう言うモノなの。}
{私も、私の先生から教わった事なんだけどさ、とやかくは言えないけれど……。}
{戦争を始める時はね、挙って『命より大切なものがあるかもしれない』って言う人たちが大勢いて、それで結局、終わる時には『命より大切なものはない』で締めくくられるんだって。}
{それが、『繰り返される戦争の論理』……なんだって。}
{だから、私が何が言いたいか―――って、そもそもが戦争したがるヤツって、大体あんなヤツ……って事だよ!}
殊の外ご立腹の様相―――なのには、やはりそうした原因があったからなのでした。
それに、王リリアも気付いてはいたのです。
自分の父親―――前王が存命中の時代でも数度に亘る出征を繰り返していた……ものの、不思議と出征を口にした宰相自身は従軍すらせず、戦場とは縁のない遠い都にて贅を貪っていた……。
私の父上ですら、戦場に立っていると言うのに―――……
それなのに、この国の実情には乏しいモノと思われていた、姿の見えぬ“もう一人の自分”からの指摘に、王は思う処となったのです。
#6;垂れ込める暗雲