≪六節;胸騒ぎ≫

 

 

〔―――とは云え、目と鼻の先に敵が行軍しているのを見逃す道理もなく、ここに戦端は開かれたのです。〕

 

 

紫:よし・・・かかれえぇ〜―――!!

 

ヒ:おぉ〜っしゃあ! 一丁かましてやるとするか!!

キ:・・・・。

 

ヒ:―――あ?! おい・・・どうしたい、もっと景気よくやろうぜ。

キ:・・・そうね―――

  (なんだろう・・・この胸騒ぎ、この戦このままいい結果で終わるとは思えない―――)

 

 

〔パライソ軍を指揮するのは紫苑―――彼女は故国ヴェルノアでも婀陀那に次ぐ戦巧者として知られていました。

事実、紫苑が操るヴェルノア流戦術に、カルマ軍は手玉に取られ放題だったのです。

 

しかし―――・・・キリエは、開戦当初からどうも胸騒ぎがしてなりませんでした。

 

強兵で知られるカルマ―――その彼らが、ヴェルノア流戦術を駆使しているとは云え、こうも容易(たやす)く人間たちに蹴散らされるのだろうか・・・

それに・・・過去には自分たちが幾度となく煮え湯を飲まされてきた相手―――

このままで終わるはずがない―――・・・奴らはきっと、どこかで何かしらの策略を仕掛けてくるに違いない・・・

そのことを、策略が発動する前に自分が看破しなければ―――・・・

 

キリエは、カルマの強さは然ることながら、狡猾さにも長けていることを知っていました。

今―――キリエの目の前で、臆面も衒(てら)いもなく背を向けて逃げ出す魔物兵・・・

そのことに、過去に自分たちが渡り合った彼らとを重ね合わせていた時―――・・・〕

 

 

ヒ:おおっ―――!? そこにいるのは敵将と見受けたり〜! やいやい、覚悟しやがれ!!

 

ダ:(ダンダーク;カルマ七魔将の一人、ぺリアスの副将。)

  ぬっ、なんだ無礼者―――このオレをぺリアス様腹心のダンダークと知っての狼藉か!!

 

ヒ:ははぁ〜ん、こいつは好い手土産が出来たぜ―――

  まづは、お前の馘(くび)を頂戴してオレの華々しい武功を認めてもらうとしようじゃねえか!!

 

ダ:ちいぃぃ〜―――下手(したて)に出ればつけあがりおって・・・よかろう!相手をしてやるから後悔するな。

 

 

〔周辺の兵卒よりも幾分か頑丈そうな鎧を身につけ、偉そうに踏ん反り返っている者がいる―――

それを目聡(めざと)く見つけたベイガンは、ここぞとばかりに名乗りを上げ勝負を申し出たのです。

 

しかし―――相手はヤル気があるのかないのか・・・

ベイガンと戦戟を交わらせはするのですが、数合打ち合っては退き―――また打ち合っては退く・・・と云う、明らかに消極的な態度だったのです。

 

その様子を遠目で見ていたキリエは―――・・・〕

 

 

キ:(やはりおかしい―――・・・確かヤツらは、ラージャの残存勢力を掃討するため、ワコウから出てきたはず・・・なのに―――

 

  ・・・・ラージャの残存勢力を掃討するため―――?

  そう云えばその情報、どうやって―――・・・)

 

 

〔キリエは、掃討戦を仕掛けてくるのにしては、また随分な消極的なカルマの態度を見て、やはりどこかおかしいとしていました。

それに、行軍をしている時分には秘密裡であるとしても、いざ戦闘に入ると逃げ惑う―――・・・いや、時間稼ぎをしているようにも見える・・・

 

その前に、どうして自分たちは、カルマがラージャの残存勢力を掃討する―――と云う、云わば怪情報に等しいものを信じようと思ったのか、

真偽のほどを確かめるため、指揮を執っている紫苑の下へ向かったところ―――・・・〕

 

 

キ:紫苑殿―――! 少々お訊ねしたいことが!

紫:どうしたのですキリエ殿、自分の持ち場を離れ何を私に訊こうとしているのです。

 

キ:・・・なぜ私たちは、ワコウから南下してきたカルマが、ラージャの残存勢力を掃討する―――としたのでしょうか。

紫:それは・・・彼らの動向を探っていた者から、カルマの兵士たちが皆そのことを口ぐちにしていた・・・と―――

  そのことがなにか・・・?

 

キ:・・・もしかすると、私たちはその怪情報に踊らされているのでは―――

紫:なんですって―――??

  ・・・・云われてみれば、相手には積極性が見られない気が―――

 

――するとその時――

 

キ:・・・嘶き―――!!? 上空・・・

  (グリフォンにヒポクリフ・・・それに、スフィンクスやルシファークロウまで―――有翼魔獣で構成されている“高機動兵団”!!)

 

紫:なに・・・?あれは―――翼の生えた・・・獣―――?!

  それに飛び去って行ったあの方角は―――!!

 

キ:しまった―――! コーリタニには、僅かな兵力しか・・・それに―――あそこにはこちら方面の兵糧が!!

 

紫:―――なんですって?! では・・・

 

キ:これが・・・奴らの本来の狙い―――兵卒からも、さもありなんなことを云い含めさせ、我らを釣る策だったとは!!

 

 

〔迂闊だった―――あたら強兵だけではなく、時たまに策を仕掛けてくることがある・・・それがこのタイミングだったとは―――

それに、南下中のカルマを討つべく出撃したパライソ軍は、西部方面の殆どであったため、

この度西部方面の本陣を務めている元・ギ州のコーリタニ城には、元・ギ州公であり城主であるコウ=タルタロスを含める僅かな手勢しか残されていなかったのです。

 

しかも・・・間の悪いことに、西部方面の兵糧はコーリタニに集中していた―――

 

そのことをキリエや紫苑が憂慮する代わりに、味方が例の方面に飛び去ったのを確認したかのようにカルマ軍は・・・〕

 

 

ヒ:ぬぉおっ―――?! なんだこいつら・・・急に積極的になりやがって。

 

ダ:ふふん―――意外そうな面をするじゃないか・・・

  ひょっとすると、今まで逃げ腰だったオレ達が、急に攻勢に出たことに疑問を抱いていやがるのか?!

 

ヒ:なにっ―――?! するってと・・・

ダ:ああ〜その通りよ! ようやく準備が整ったようだからなぁ・・・だから、今から本気で相手をしてやるぜ―――!!

 

 

紫:くっ―――・・・私としたことが・・・敵の計略にはまってしまうとは!!

  全軍―――敵を相手にしながら徐々に後退、なおかつ急いで本陣に帰投を―――!

 

  ・・・あっ、キリエ殿―――いずこへ?!

 

 

〔今まで逃げ腰だったのに、急に活気づいてきた敵軍に、さすがにベイガンも一時(いっとき)目を丸くするのですが、

今はそのことより、敵の放った怪情報に踊らされ、本陣を手薄にしてしまったことを悔やむ紫苑がいたのです。

 

そして彼女がとった選択は―――逆襲に転じてくる敵を相手にしながら、徐々に本陣・コーリタニへと帰投すること・・・

 

しかし、多分それでも間に合わない―――そう感じたキリエは、引き留めようとする紫苑の言葉を無視し、一路コーリタニへと馬を馳せらせたのです。〕

 

 

 

 

 

To be continued・・・・

 

 

 

 

 

あと