≪五節;アヱカ姫のやり様≫
〔まず初めに、転んだ子供を見た紫苑は・・・・〕
紫:あぁ・・・大丈夫?ボク―――
〔その子供を起こしてやるべく、手を差し伸べ、それからなだめよう―――・・・と、していたのです。
ですが――――〕
ア:紫苑さん・・・・お待ちになってください。
紫:(え―――??)で・・・でも、アヱカ様・・・
〔そう・・・なんとこのときに、アヱカは、紫苑がそうすることのないように、一時制したのです。
どうして――――・・・・?
するとなると、今度はアヱカがその子供に近付いたようなのですが、これが何も紫苑と同じコトをする・・・・と、いうわけでもなく、
その子供に近付き、膝を屈めた後、その口から出た言葉とは―――――〕
ア:さあ・・・お立ちなさい。
子:え―――??
ア:一人で立つのです。
〔やもすれば―――少しばかり厳しい言葉。
表情の方も、心無しか厳しい面持ちで言ったその言葉は、『一人で立つ』―――・・・と、言う言葉だったのです。
そのことに、目と耳を疑った紫苑は。〕
紫:あっ―――・・・アヱカ様??
ア:・・・・・・。
子:・・・・・。
ア:よく・・・できましたわね。
さ―――― こちらへいらっしゃい、土ボコリを払って差し上げましょう。
紫:―――――・・・。
〔しかし―――子供は少しぐずりながらも、一人で立ったのです。
それを見たアヱカは、にこりと微笑み・・・こけた子供についた土ボコリなどを払ってあげたのです。
それを見た紫苑は・・・・〕
紫:(こ・・・っ、このやり様は―――
私がやろうとした事とは、結果的には同じであっても、それを自力でやれるように促せようとする・・・・とは。
確かに、私がやろうとしたことも、強(あなが)ち間違いではない・・・けれども、それではかえって子供の為にはならなかったのでは?
それを、この方は―――・・・)
ア:あら? 転んだ時に、すりむいてしまったのね、膝から血が・・・・・
ちょっと待っててね・・・出来た―――しばらくは痛いかも知れないけど、男の子だもの、我慢できるわよ・・・ね?
子:・・・・うんっ! ありがとう、お姉ちゃん!!
〔手を差し伸べて倒れた子供を起こそうとするのは、実は子供にとっては自立心というのを損なうものではないのか・・・・
だから、この姫君はそうはせずに、自力で立てるように促したのだ・・・と、そう紫苑は思ったのです。
そしてさらには、アヱカが冷たい者ではないという証しに、
膝をすりむいてしまった子供に、手持ちの手ぬぐいを裂き、患部に巻いて応急処置をした――――
それこそがアヱカのやり様だったのです。〕
ア:あら・・・いかがされたのです?紫苑さん・・・わたくしの顔に何か―――
紫:いいえ―――・・・それよりも、今、私は恥ずかしい気持ちで一杯です。
あの・・・倒れた子供を、起こさずに何をするものか―――と、思っていましたら、自発的に促せるようになさるとは・・・・
ア:・・・ですが―――それは、わたくしの母がそういう方でしたから・・・・
紫:お母様が―――?
ア:ええ――――・・・とても優しくて、でも、その中に厳しさの見え隠れする方でした。
もう――――亡くなってしまいましたが・・・・
紫:そ――――そうでしたか・・・。
では、今のその優しさと厳しさ・・・・
ア:はい、これでまた一つ・・・母に近づけたなら――――と、そう思っております。
〔優しさの中の厳しさ――――それこそは、アヱカが自分の母より、密かに受け継いだもの・・・だったに違いはなかったことでしょう。
そして―――この一部始終を、離れて見ていた、この人物の反応は・・・・〕
イ:(あの方は―――確か、婀陀那様の側近でもある紫苑様・・・。
――――と、いうことは、あの方に傍にいる、あの女性こそが渦中の人物・・・・と、言うわけか――――
いやはや・・・・それにしても素晴らしきお方だ、我々にも、果たしてあそこまで出来うるかどうか・・・・)
おっと――――それより、私は今、巡回の途中であった―――よな。
〔そう・・・・この国で、一番に重きをなす彼は、総てを見通した上で、アヱカのやり様を鑑(かんが)み、
その上で評価をしていたのです。〕
To be continued・・・・