≪五節;ヴァンパイアの・・・一族にのみ伝わる、ある伝承―――≫
〔その・・・それまでの経緯を、ずっと黙って見ていた医師ヘライトスは―――〕
へ:もう―――それだけ自分を責めれば十分でしょう。
公爵様もそれ以上のことは望まないはずです・・・。
リ:ヘライトスさん―――・・・
マ:うん・・・判った―――
それじゃあ―――あたし、これからエルムちゃんの仇を取ってくるよ。
へ:少しお待ちになってください―――私が知り得る限りでは、奴らも昔のままではないようです。
それどころか・・・逆にマキさん―――残念ながらあなた一人が刃向ったところで、我らの哀しみは増すばかりなのです。
マ:そんなっ―――ちきしょう・・・ちきしょう〜! だったらどうしたら・・・
リ:(マキさん・・・)―――それでは、今は機会を窺って行くしかない・・・そう云う事なの?
へ:そうですね・・・とりあえずは―――
それに、今回公爵様の身に降りかかった異変は、同族である子爵様にも届いているはず―――もうしばらくの辛抱ですよ。
ところで・・・あなた方二人の間にある蟠(わだかま)りも取れたようですし―――
いかがです、今夜一晩でも公爵様が淋しくならないように、付き添ってあげる・・・と、云うのは。
マ:・・・そうだよね―――あたしたち二人がいてあげれば、エルムちゃんも淋しくなんか・・・ないよね?
〔ヘライトスも―――ソシアルも・・・その正体を明かせば人間と云う種属ではありませんでした。
けれども、人懐(ひとなつ)こい主であるが故に、この二体は生誕した当初から人間を敵視するようなことはありませんでした。
だから、主が無惨な目に遭わされても、涕に暮れるリリアとマキには相応の態度をして臨んでいたものだったのです。
そして、これからのことをどうすべきか―――を、考えるために、二人にエルムの慰霊を促せ・・・自身は天幕の外へと出て行ったのです。
するとそこには―――全身傷だらけの看護師の姿が・・・〕
誰:ヘライ・・・トス―――・・・
へ:もう、身体の傷の方は大丈夫なのですか―――ソシアル・・・
ソ:あの方のことを思えば・・・この程度の傷(いた)みなど―――
へ:いくら私たちが、あの方からの血を分け与えられているからと云って、無理をしてはいけません―――
その危険性はお前でも十分に判っているはずです・・・。
それに―――・・・今宵はまだ・・・満月になる時期ではないというのに・・・
ソ:・・・伝承の通りならば、復活するというのでしょうか―――
へ:・・・判りません―――ただ、私もその方のことに関しては口伝を聞いただけに過ぎませんから・・・
それに―――だとすれば、出現する条件はひと揃えしてあります・・・。
あとは―――・・・
〔医師ヘライトスが、エルムの遺骸を安置させている天幕から出てきたところで、彼を待ち受けている者がいました。
しかし・・・その者は深手の傷を負っているらしく―――だからこそ、そこにいるのは命を賭してエルムの遺骸を、この陣地まで送り届けたあの熊狗の一体だと判るのです。
それに・・・彼らの心配としている処は、他の別の処にありました。
その一つが―――満月の周期に入っているとは云え、満月になるには程遠い・・・はずなのに、
天空には、まるで鮮血のような色をした満月が昇(あが)っていたのです。
それは・・・人間たちの間には、決して上(のぼ)ることはない―――ヴァンパイアの一族にのみ口伝として伝わっている、ある伝承・・・
果たして、その伝承が紐解かれた時、どうなってしまうのか―――・・・
私たちは、また一つ―――歴史の証言者となろうとしているのです。〕
To be continued・・・・