≪四節;総ての・・・生きとし生ける者達へ―――≫
〔こうして―――永らく人々を苦しめてきた国・・・カルマは滅亡しました。
そして敵地には僅かな将と兵を残し、その多くは凱旋の途に就いたのです。
そこで本国・・・パライソ国シャクラディア城に戻ってきた彼らを待ち受けていたモノとは。
大陸全土の統一・・・平和な世の到来・・・等々―――
皆、祝福歓迎の辞(ことば)で彩られていました。
けれどもその反面、かの地で起こった哀しき出来事や不都合な真実は封印されたまま・・・
でもそれは、その事まで庶民たちが知らなくていい・・・との、丞相・タケルからの計らいもあったのです。
それから数日の後・・・庶民たちの興奮の坩堝(るつぼ)も、やや収まりかけた頃を見計らい、
女皇手ずから認(したた)めた草案を素(もと)に、大々的な演説をすることが決まりました。
しかもその草案は、これからこの国で生活を営む者達の基盤ともなって行くことから、
皆・・・誰しもが、その草案の事を―――「XANADO憲章」と呼ぶようになったのです。
その草案には、この国で生きている・・・総ての生きとし生ける者達の、その基本的権利を明確にし―――
誰もが争わない平和な世の維持・・・等を盛り込んだ、人々が待ち侘びていたモノでもあったのです。
それでは・・・ここで、その演説の模様の一部を抜粋しながら―――
このお話しの締め括りとさせて頂きたく存じます・・・。〕
ア:皆さま―――お忙しい中をご足労頂き、真に感謝の極みにございます。
今日(こんにち)私達は、敵対する国カルマを敗(やぶ)り、見事勝利を収める事が出来ました。
これからは、彼らの影に怯えることなく平和で自由な暮らしを営めることが出来るでしょう。
さてここで―――皆さま達には、「平和」と「カルマ」について今一度よく考えて貰いたいのです。
その一つである「平和」―――・・・「平和」とは何でありましょうか。
「平和」とは・・・理性的な人間の、理性的な終着点でならなければなりません。
それに、平和の追求とは、戦争の遂行ほど劇的なモノではなく、往々にして人々が無関心である事に過ぎないのです。
しかし、これほど重要かつ緊急性を要する課題もないことでしょう。
けれども・・・平和になったとしても、相互の利益の対立や思い違いなどで争いは絶える事がないのです。
国家間の利益を守ることは重要であるかもしれませんが、また同時に、人間的利益を守ることも重要なのです。
だからこそ、互いの共通の利益にも目を向け、相違点の解決に努力するべきなのだと、私は常々思うのです。
そして万が一、相違点を克服できないとしても、少なくとも可能性としての多様性を認める事が出来るような社会を、
構築・・・形成できるよう努力をしていこうではありませんか。
それとまた一つに・・・「カルマ」とは一体なんだったのか、考えようではありませんか。
私が知る一説に、「カルマ」とは・・・実は私達人間の内に潜む「業」と云うモノであり、
云うなれば私達は、皆、各々の内に「カルマ」・・・業と云うモノを潜ませているのです。
そしてこのカルマ―――業こそは、私達自身で克服をしていかなければならないのです。
なぜならば、カルマ(業)こそは、私達自身であり―――生きて行く上での慾望なのですから。
しかし、この慾望に負けてはならない―――負けてしまえば、いずれはカルマのようになってしまうのですから。
自我の慾望あるがままに邁進し、自制が利かなくなった彼らの姿は、最早見るに耐えがたい・・哀しむべき事態でもあるのです。
けれど・・・私達は知っている―――そうではない・・・と、云う事を。
なぜならば、皆さんが自分の内に抱えるカルマ(業)を克服し、これに勝利する事が出来たのですから。
それにしても・・・今回の戦争は、互いに多くの犠牲を出してしまいました。
生命(いのち)が多く喪(うしな)われてしまう―――戦争・・・
こんなにも尊いモノが多く喪(うしな)われてしまうからこそ、私達はなお一層そのことを重く受け止め、感じて行かなければならないのです・・・。
生命(いのち)の一つ一つが、重いと知るからこそ、それらを尊重し・・・護って行かなければならない―――
況(ま)してや、私達は生命(いのち)が多く犇(ひし)めく「国家」と云う共同体を運営しているのですから・・・
老いも―――若きも―――男も―――女も―――大人も―――子供も―――翼や鱗がある方々も・・・
究極には同じ一つの輪で繋がっているのです。
その事は、この世に等しく生を受け、同じ空気を吸い、互いを労(いた)わり合い、愛を育(はぐく)みながら、それぞれの安寧や子供の未来を案じ―――
そして必ず、生を全うし終えて逝く・・・
それがこの―――美しくも蒼き、小さな一つの天体に生を受けた、私達に課せられた定めでもあるのですから・・・
――〜Fin〜――