≪七節;州公、その者の在庵を訪ぬう≫
ア:た・・・他国の?! それも―――その国譜代の・・・と、あっては、流石に無理なのでは?
セ:いえ―――それが、そうではなく・・・実は、当代きっての切れ者で、不世出とまで云われた人物が、
ある事情によって、家も名声も棄て、隠遁生活を送っている―――と、いうことなのです。
ア:なんと―――それでは、今は在野の・・・でも、だとすると―――どうしてセキ殿がその人物の事を・・・
セ:実は―――・・・その人物、我が主イクと多少の面識がございまして、
不肖の私めも、彼の者の講義を聞くに及び、“大した若者もいたものだ・・・”と、感心していたものです。
ア:な―――なんと?? その人物・・・若いのか?
セ:・・・はい―――。
年の頃は・・・そうですな、アヱカ様と同じくらい―――ですが、節度・道理をきちんとわきまえた、見識のある御仁でございます。
ア:なんと―――・・・しかし、それほどの人物なれば、何も州ではなく、フ国のために召抱えては―――
セ:それが――― その人物が、私ども官僚の思っているような者であれば、た易く応じていた事でしょう・・・。
ところが、以前にそのことを打診してみた事があるのですが・・・体よく突っぱねられましてな。
ア:ほぉう―――・・・
セ:まぁ・・・傑物には変人が多いというところでしょうか―――、万が一に雇用できたとしても、
我等では、到底飼いならす事など、所詮無理な話だったことでしょう。
現状のこの国を知る一人としては、そう思います。
ア:――――・・・。
セ:アヱカ・・・様?
ア:・・・・だとしたなら、その御仁は今どこに??
〔その場所こそは―――隣国はラー・ジャの都・・・ワコウより、北東の外れにあるクゼ州・クメル地方。
その、かの地にある竹林に庵を結んでいる・・・と、そうアヱカは聞き及んだのです。
そして、その渦中の人物に会うために、アヱカはただ一人、その場所まで馬車を進ませていたのです。〕
ア:・・・・。
<長閑(のどか)・・・ですこと―――、ここもカ・ルマに程近いというのに・・・>
女:<うん―――、この国が元々そうなのか・・・それともこの地方の人たちの気質がそうなのか―――・・・>
ア:<ええ・・・・耕している間にも、なんとも心地よい詩(うた)が口ずさめるなんて―――>
女:<うん―――・・・それにしても、耳障りではない、実にいい詩だ、誰の作のものなのだろう?>
〔その詩は―――、何も牧歌や農耕の時に詠われているモノではなく、いわば“節”の移ろいを詠ったもの・・・・
それはがなんとも小気味よく心に響いてくるので、その詩が誰の作によるものかを知るため、
アヱカは一旦馬車を降り、近くの農民に聞いてみるようです。〕
ア:あの―――ちょっとお伺いするのですが・・・その詩歌を作られた方をご存知ありませんか?
農:はあ? 誰だい、あんた・・・
ア:ああ―――、わたくしは、とある人物を尋ねてきたのですが・・・
その途上で、貴方がたが、口ずさんでいる詩が気になりまして・・・・・
農:はぁ〜〜ん・・・この詩の作者なら、この先の竹林に住んでいる先生だよ。
ア:えっ――― すると、これからわたくしが会いに行こうとしている方と、この歌の作者・・・とは、一緒なのですね。
有り難うございました―――(ぎゅ)ご恩に着ます。
農:えっ――― あっ・・・あぁ―――――
〔しかし―――その詩の作者とは、これからアヱカが会いにいかんとする人物と同じ・・・・
そのことに胸を躍らせて、思わず教えてくれた農民の手を握り締めたアヱカ―――
すると―――・・・〕
農:(呆・・・)はぁ〜〜―――一体何もンなんだろうか・・・今の女(ひと)・・・
上等な衣服を着付けていただに―――オラの・・・この、泥だらけの手を握ってくれてる〜〜・・・だ、なんてぇ・・・・。
御:あの―――・・・州公様、お手のほうが・・・・
ア:えっ―――? あら・・・まあ、どうしましょう。
つい、感激の余りに、自分というものを忘れていましたわ―――
(うぅ〜ん・・・)あっ、そうですわ――― これから参る処で、手を洗わせて頂くとしましょう、それがよろしいですわね。
〔身分が高貴な者は、得てして“汚れ”というものを嫌う・・・。
でもアヱカは、そんなことはお構いもなしに、お礼の意味も含めて、その農民の汚れた手を握り締めていたのです。
―――と、道すがらこんな事がありながらも、目的の庵まで来たようです。
そしてそこには、お手伝いと思しき女性と―――、一人の同時が、庭の掃き掃除をしていたのです。〕
ユ:(ザッ―――ザッ―――ザッ―――)・・・・ねェ、ラクシュミ、ちり取り持ってきて―――
ラ:うん、いいよ―――― あっ・・・
ユ:どうしたの?ラクシュミ―――・・・あの、どちら様で?
ア:わたくしは、この庵に居を構えておられます方を訪ねてきた者なのですが―――・・・
ユ:ああ―――先生ですね。
でも・・・生憎、先生は今、ここを空けられていまして―――・・・
ア:そう―――だったのですか・・・お留守とは・・・。
では、またの機会とさせていただきましょう。
それでは、お邪魔をいたしました―――
ユ:(うん?)あら、手が汚れているようですね・・・どうかされたのですか?
ア:ああ・・・いえ、これは―――ちょっとその先で汚してしまいまして・・・
ユ:・・・でしたら、手洗い水でもお貸しいたしましょうか―――?
ア:いえ―――お気持ちは有り難いのですが、遠慮させていただきとうございます。
それでは―――(ペコリ)
ユ:(誰なんだろう―――今の人・・・)
ラ:誰なんだろうね、今の女の人、お姉ちゃんよりも優しそうで、綺麗で、礼儀正しい―――なぁんて。
ユ:ラクシュミ―――#
ラ:あっ――――ゴメン・・・・
ユ:ホンッとにもう―――しつれぇしちゃうわよね。
〔しかし―――いざ訪ねてみるとなると、件の人物は留守をしており、
それを留守居役の姉弟から知らされて、今回のところは治領へと帰って行ったのです。〕
To be continued・・・・