≪五節;砦の奪還≫
〔こうして――― 負傷兵への慰問も、滞りなく済ませ、州司馬であるキリエと、二人きりで歩む州公としてのアヱカが・・・
でも、それは――――〕
ア:件の事、ご苦労だったな、キリエ・・・。
キ:(陛下―――)いえ・・・陛下の心労を思えば、私の苦労など、あってなきようなものですから。
ア:・・・それはそうと、“お漏らし”の一件・・・気の毒だったな。
キ:いえ―――それほどでは・・・
ア:“あれ”を使ったから、お前もああならざるを得なかった・・・
仕方のないことだが・・・な。
<あの・・・それはどういう事なのです?>
女:うん? うん―――・・・実はね、今回もそうなのだけれど、
キリエが、本来の能力の開放を始めると、この子の持ち物である『武器』や、
この子自身の『身体』に“凍気”を纏わせる事が出来るんだ。
ア:<凍気―――??!! そ・・・そんなことが―――>
キ:(フ・・・)私の種族は、氷の属性を持つ『デス・バハムート』ですから―――
女:それに―――普通の人間の女性が、その身体より凍気を漂わせていてはおかしいだろう?
だから、その凍気を逃がす時に、少なからずの水分を帯びてしまう・・・
キ:私も―――まだまだそこのところが未熟ですので、その“少なからずの水分”が、
今回の『お漏らし』のように見えてしまうのです。
〔やはり―――その方は、アヱカの身体を借りて存在し、キリエの主でもある女禍様なのでした。
そして、そこで二・三会話がなされたようですが・・・その内容もどうやら、
今回の、襲撃事件の際に起こっていた、キリエの失態の全容だったようです。
しかし、またそこでしばらく主従の会話は続き―――〕
女:では―――あの砦には、お前の『氷柱』があるのだな?
キ:はい・・・そこには、敵兵と、あのバルモウめが封じ込められております。
女:そうか―――気になるな・・・。
キ:――――どうか、されたので?
女:いや・・・気の所為だといいのだが――――
どうも、その地点より・・・彼等の気が漂ってきていないんだ。
キ:(!!)・・・では、奪還を名目に―――
女:ああ・・・私も気になるから、直接そこへ赴いてみよう。
〔こうして―――もうすでに、カ・ルマの手に陥ちているであろうその砦に向け、州公であるアヱカ自らが出向くこととなったのです。
そして、その時の陣容は――――
州公兼総大将・・・アヱカ
司馬・・・キリエ
将軍・・・・ヒ
以下――――百余名の手勢
そして、その砦に一歩足を踏み込んでみれば―――〕
ヒ:おいおい―――こいつ等も、オレらと同じく『空城の計』で、もてなそうってか?!
キ:ふうむ―――(確かに・・・あの時、私たちがこの砦から撤退した時と同じ・・・)
ア:どうかしたのか―――
キ:ぁ――――いえ・・・
実は、私たちが撤退したときと同じく、橋は下ろしたまま・・・門も開きっぱなし・・・
それに――旗も翻ったまま・・・なのに、人のいる気配がないのです。
ここは一つ―――私が先んじて見ましょう。
ア:いや―――少々気がかりな事があるから、私も同行しよう。
キ:そうですか――――ならば・・・
全軍―――砦内に入り次第、左右に展開、怪しきと思しき者は、殺さず捕らえるように!!
ヒ:おう・・・・んで、司馬殿はどうするんで―――
キ:私は・・・州公様と共に、中央を抑える。
ヒ:(へッへへ―――)そうかい・・・だけどよう、泣き虫のあんた一人じゃ、心もとるまい。
このオレも一緒についてってやるよ。
キ:――――好きにしなさい。
〔あのとき―――自分たちがこの砦を棄てて逃げたときと、状況が全く同じ・・・・
下りたままの橋―――開いたままの門―――翻っているだけの旗―――人の気を全く感じさせない砦内・・・
そのことに、相手もまた『空城の計』で対抗しているもの―――とも思われていたのですが、
どうやらアヱカのほうでも気になっているところがあるらしく、司馬のキリエと、将軍のヒとの三人で、
砦内中央部に踏み込むようです。〕