≪八節;十四年前の恨み≫
〔その者は・・・青影の馬に跨り―――十四年前に、愛しき者を奪った者を待ち受けていました・・・
すると、その者の想いに答えるかのように、彼の愛馬スルスミはゆっくりと歩を進め―――
互いの顔が確認できる距離まで迫ったのです。
そんな彼と入れ替わるようにすれ違ったとき、婀陀那の肌は泡を覚えました。
普段は非常におおらかで、そういった表情すら見せもしない<清流の君子>が、
まさに冥府の魔物が、裸足で逃げ出さんばかりの雰囲気に表情になっていた・・・
“怨み”とは、実(げ)にも畏ろしきもの―――と、思いながら、
この一騎打ちの検分をするため、婀陀那は定位置に納まり―――・・・
タケルも、スルスミの背より下りたところで、=禽=の“鳳”による三度目の合図が戦場に鳴り響き・・・〕
コ:拙者は、ギ州公コウ=ジョ=タルタロスである!
いざ、神妙にいたせ!!
ノ:それがしは―――! ラージャの将ノブシゲ=弾正=タイラーである!
いざ・・・戦場をまかり通らん!!
チ:手前は、同じくラージャの将チカラ=左近=シノーラにござる!
者共、打ちかかれ〜〜!!
〔突如として、何処より出で来たる軍―――ラージャとギ州の軍が出現し、
戦場はまさに狂気の坩堝(るつぼ)と化したのです。
そしてここに、タケル必中の策<十面埋伏>は完成し、文字通り袋の鼠と化したカ・ルマ軍は、
全滅の憂き目に晒されたのです。
その一方、ザルエラとタケルと婀陀那は・・・〕
タ:久しいな―――会えて嬉しいぞ、ザルエラ。
ザ:なんだキサマ・・・慣れ慣れしく呼びおって―――
それに“久しい”だと? 覚えんなぁ・・・人間如きの顔なんぞは。
タ:フン―――ナニ、すぐに思い出すさ・・・
何しろお前は、わが義姉を殺した張本人なのだからな!!
ザ:義姉・・・フン、やはり思い出せん―――キサマらのような矮小な存在は特に・・・な!
タ:―――とぼけるんじゃねえ!! ワシはこの日が来るのを、どんなにか待ち焦がれたのだ!!
人里離れた草庵に身を潜めても、この思いだけは忘れることはなかったのだ・・・
あの時と―――現在のワシを、見縊(みくび)るなぁ!!
ザ:その剣―――そうか・・・思い出したぞ! アレは確か十四年前だったか?
この国に、女禍の魂を持つ者がいる―――ということで来てはみたが、またガセをつかまされたかと思ってなぁ・・・
タ:ぬうぅぅ・・・云うなあっ―――!!
ザ:グフフフ・・・だが、ワシにとってはそんなことはどうでもよいこと。
ただ、あの時は暇を持て余していたものでなぁ・・・趣味の人狩りを愉しんでいたまで―――
婀:なんと―――人間を相手に“狩り”を愉しむとは・・・
なんという性根の腐った―――
タ:婀陀那様―――これはワシの戦です、ゆえに手出しは一切無用―――!!
婀:タケル殿―――・・・
タ:覚悟はいいな―――ザルエラ・・・
お前が、この地上にいていい道理などないのだ!!
ザ:吼えるな小童ぁ―――!!
〔再会に打ち震える者がいました・・・けれども、それは“喜び”などではなく、むしろ“怨み”なのでした。
愛しい存在であった義姉を、自分の眼前で奪った憎々しい者・・・
忘れようとしても忘れることのできないその存在を・・・今、こうしてここで迎え撃つことができるのを、
待ち望んでいた清廉の騎士は、自らの携える≪緋刀貮蓮≫より、対なる光の刃を生じさせたのです。
その剣の有り様を見て、魔将は気が付いたようでした。
それにしてもなんとも鷹揚たる態度で、余興ついでに行っていたことを、
邪魔する象(かたち)で現れた一人の少年のことなど、興味のうちにも入らないものだともしていたのです。
すると・・・その話しの内容を聞くに及び、婀陀那は憤慨したのです。
それもそのはず、人間を相手に狩りを愉しむなど、決してあってはならないことだったのだから・・・
それを見たタケルは、幾分か興奮して熱くなった頭を冷まさせると、
いよいよ、愛しき義姉の仇に、一騎打ちを望んだのです。〕
To be continued・・・・