『72章』
【彼女達の心中】
中華の国の王も、だらしが無くなってきたものだ・・・そんな風評はすぐにでも婀陀那やイセリアの耳にも入ってくるものでした。
けれど―――彼女達は黙して何も云わず・・・“見てみぬフリ”を決め込んだ―――
そんなことは当に判っていたこと・・・それを今更気にしても仕方がないこと―――と、割り切りながら・・・
【知られざる事実―――“哭いて官を斬る”】
ヒョウには―――フ国の新しい国王になるときから、ある考えがありました・・・
“彼女”のこと(正体)は、自分も死期が近いことからよく判っている・・・
けれど―――この国には、自分を含め、あと二人も王としての役割を果たさないといけない・・・
それに、腹は違えねども、自分の事を―――兄様、―――兄様、と呼んでくれる義弟・・・
可愛い義弟に、今、自分が抱えていることをさせるのは酷だとし―――
ならば、死期が近い自分が、身にかかる不評を一身に受け、そして死んで逝こう・・・
そうすれば、“彼女”もイヤとは云えず、自分たちになり代わって、民達を安んじてくれるに違いない・・・
“皇”よ―――あなたならば可能なはず・・・
これから死していく私には、見ることのできないことだけど・・・
でも―――“彼女”に<皇>になってもらうには、まだまだ足りない・・・
もっと―――この国の王としての地位を失墜させねば・・・
その時、ヒョウの頭に閃いた事は、
誰でもいい・・・とにかく冤罪を被せ、その者には死を賜わればよい―――
それでもまだ不足のようならば、その者の九族に亘って晒し者にするというのはどうだろう?
これは我ながらいい思い付きだ・・・以前サナトリウムで読んでいた“暴虐の王”(サウロンではない)のことが、
こんなところで役に立とうとは―――・・・
そして、彼は官の一人を呼びつけました・・・
その官は、彼の父王の時代でも可愛がられ・・・
時には 録尚書事 としても活躍したあの人でした―――
その彼を前に、愁王は云いました―――・・・
すまぬが―――死んでくれぬか・・・
私や・・・フ国のためにではない―――
世の・・・人のためにだ―――
するとその官は、王をまっつぐ見つめ―――
・・・そうでございますか―――
この私めの、ちっぽけな命で、世の人たちを救おうと―――・・・・
どうぞお奪いください―――どうぞ・・・
これが・・・私の出来る―――
この国への最後のご奉公でございます・・・
彼は―――王のすることなど、初めから承知でした・・・
過去には、王の師であった―――彼・・・
身体の弱ささえなければ、聡明で―――父王よりも名君になれたものを・・・
彼には、そのことだけが残念でした。
しかし、今の事を聞くに及び、
嗚呼・・・やはり自分の眼鏡には狂いはなかった―――と、し・・・
王から賜われた不当な死でさえも享受できたのです。
その、彼からの返事を聞くと・・・
王の目からはとめどなく涕が零れ落ちていました―――
本来ならば、怨まれて然るべきなのに、
なのに、師は―――彼は・・・それすらも知った上で、この命を受けてくれたのです・・・
―――礼は云わぬぞ・・・
それが、王が彼にかけた最後の言葉でした・・・
王は、自らの佩いていた剣を抜き―――頭(こうぺ)を垂れていた彼の馘(くびき)を・・・断ちました。
そして、しばらく・・・師の屍を前に佇んでいた王は、哭きました―――・・・
永らく病床にあった自分自身に―――これほどの涕がまだ残っていたか・・・と、云うくらいに。
その翌日―――王は、彼に死を賜ったことを公表しました・・・
以前、彼が王に対し、莫迦呼ばわりしたことを思い出し―――
王自らが、彼の馘(くびき)を断ったことを―――
そのことは、すぐに官たちの間にも動揺として広まり、
王のことを幼い頃から知っていた、現・録尚書事にも衝撃を与えました。
そのことは当然・・・太傅・諫議大夫も―――
彼女は・・・やはり涕を流していました―――
―――これでいいのだ・・・これで・・・
そして彼女に、これから彼の九族を晒し者にする―――と、云おうとしたところ・・・
・・・ナゼあなた様は、もっとご自分の命を大切になさらないのです―――
それは・・・彼女の返答(こた)えや、その涕は―――
自分が彼に非道いことをしたからということではなく―――
ナゼそうまでして、自分の命を縮めようとしているのか―――
そのことに関してなのでした・・・
すると、王は彼女の総意を悟ると、一瞬にして青ざめてしまいました。
これではまづい―――これでは彼の死が無駄になる・・・
そのことに怯えはしたのですが・・・
そこは彼女も知るところであったらしく、それ以後は言葉を交わさなかった―――
そして、彼女は座を抜けると、そのまま帰ってこなかった―――
それが・・・アヱカ蟄居にいたるまでの真相だったのです・・・。
その後日―――
彼と、彼の九族の刑を処し終えたあと・・・
王は、彼の遠い親族に会い、その葬儀に列席しました―――
親族は、王が今度は自分たちにも死を賜わりにきたものか・・・と、怯えましたが―――
すると王は、持参してきた針と糸を用い―――
胴と・・・分かたれた彼の首をつなぎ合わせ、
――すまぬ――
とだけ、云いおかれ・・・そのあとは、漢泣きに大泣きをしました―――
それからしばらくして、王は親族の者達に、彼にかけられた罪の総てを反故にするとのことと、
ほんの心ばかりの謝礼を贈り、どうかこのことは口外無用にしていただきたい―――とのお願いをし、
彼らの前から去っていったのでした・・・。
【余談】
上段のこれが、≪二節≫でのイセリアと婀陀那のやり取りの全容。