{99章}
【“施し”をしていた娘】
―――とは、疑いようもなくアヱカ自身である。
ではなぜ女皇であるアヱカ自身が、平民の格好をしてそんなことをしなくてはならないのか・・・
その理由は作中もあるように、アヱカ自身民たちの困窮をその目で見るために・・・である。
しかもアヱカには前歴が―――そう、ガク州公時代にも民たちに州の穀倉を一般開放したことがあったが、
あの時は州という地方単位であったがために、そんなには厳しく追求されはしなかったが、
今回は国という大きい単位であるために、国の諸官からの厳しい追及は免れえぬところではあるようである。
【女皇の顔を知らなかった民たち】
まこともってその当時にては、やんごとなき方々のご尊顔を拝するなどとは畏れ多いため、
まさかその場にいた娘がアヱカであろうことなどは、予測だにしていなかったことだろう。
【アヱカの言い分】
けれども―――やはり、官たちからの追求はありました。
しかしそのことを、今までの国の官たちの有り様ではないことに、アヱカの胸中はさぞや複雑だったことだろう。
だが・・・今回のことはアヱカなりの言い分もあった様で―――
誰にも看取られることなく孤独死した老人や、養えそうもない子供を産んでしまったことで無理心中を図った一家など、
その有り様はどこか現代にも通ずるところがある。
ところで―――アヱカはいつ、誰からそのような報告を?
答えは、=禽=だと云っておきましょう。
【タケルの“ある程度の予測”】
民の生活の窮状を知るとアヱカ自身がどういう行動を取るか・・・そして国の官からの問責を受けるとき、どういった返答をするか―――
総てはタケルの知るうちだったようで、逆にアヱカの窮状を知った婀陀那を窘めている場面すらあったようである。
これを見てのように、タケルのホウが広く世の中というものを見据えている感じもするのだが、
ならばなぜ彼がどの官よりも上に立って事態の収拾に動かないのか・・・
それは―――タケルにとっては主はアヱカだけであり、彼女の側を離れないがゆえに、そのことを引き受けないようではある。
だったら今はどうなのか―――と思われるだろうが、これも一応はアヱカの命令で動いていることに注目を。
(とどのつまりはアヱカの下命でしかタケルは動いていない、ということ。)