凄絶なる生き様・・・ミリヤ=アゲット=ロックフェラーは、彼女がまだ幼かった時分に、生まれながらにして備わっていた、「月詠」なる特殊能力を利用し、
地位や名誉、巨万の富を手に入れた自分の父親を激しく憎みました。
そして今度は、あたら自分の所為によって、遭わなくてもいい不幸に遭ってしまった人達の為に、
この「人面獣心」の男に、どう報いようか・・・と、案を練り上げました。
でもそれは、至極簡単なことだったのです。
そう、今度は・・・この自分の能力を、逆利用してしまえばいい―――
そして事実、ミリヤの父親の最期とは、画に描いたように「悲惨」そのモノでした。
これで一つ・・・自分の肩の荷は降りた―――
けれど、なにかこう・・・虚しさだけが残る―――
自分の父親の、排除は完了したけれども、ならば自分自身は―――?
遺された莫大な財産は―――?
ようやく物心がついたとは云え、そうした物事の判断は、当時145歳のミリヤからしてみれば、重責に余る事でもありました。
けれど、「棄てる神あれば、拾う神あり」―――
そう・・・つまりそこで、何者かの存在が、迷えるミリヤの前に現れたのです。
しかも、その人物こそは―――・・・
第百十二話;天使の翼を持つ悪魔
ミ:あの方の事は―――そうね・・・判り易い言葉で例えるとするならば、「天使の翼を持った悪魔」・・・これに尽きるでしょうね。
メ:「天使」・・・に、「悪魔」?
ミ:そうよ、考え方も、持っている能力も、「神」のそれに近いのに、「ココロ」の奥底は「悪魔」そのもの―――
この私の、「月詠」でも詠み切れない位に・・・
ミリヤは、自分の父親を謀殺した後に、「ある人物」と出会っていました。
それに、この人物に出会ったと云う経緯も―――「召び喚せてしまった」・・・
自分が、自分の父親を謀殺する―――と、云う手前、それこそはまさしく、「混沌」の現れ・・・
そう云った事を好む人物に会ってしまったことが、この後のミリヤの人生に、大きく作用してしまう事は疑いようのないことだったのです。
それと云うのも、その人物から、「ディーヴァ」なる機関を立ち上げる趣旨を聞かされたのですから・・・。
メ:「ディーヴァ」?
ミ:そう・・・「毒には毒を」―――
この世にはね、「謀」なんてそこら中にあるの、あなたのお仕事である「暗殺」にしても、ほんの「氷山の一角」―――・・・
どこの機関にも属さず、どこの勢力からの干渉も受けない―――けれどそれは、大きな後ろ盾があってこそ、出来た業とも云えました。
力莫き者達の為―――
際限なく、私腹を肥やし続ける悪党を懲らしめる為―――
それが、「正義」とは程遠い事であるとは知りながらも、ミリヤはその人物からの誘いに応じたのでした。
その時に、同時に云われた事が、一つだけ―――・・・
ミ:まだあの当時・・・「ディーヴァ」は、発足して間もなくてね。
構成をしていたのは、「ラクシュミ」である私だけ。
けれども、あの方は云っていましたわ、「これで外骨格は出来た―――後は、あなたの好きなようにやりなさい」・・・ってね。
メ:自分で創った組織・機関だと云うのに―――すぐに手放してしまったのですか?
信じられない・・・
ミ:普通ならそうでしょうね―――だから云ったでしょう、「天使の翼を持つ悪魔」だと。
けれど、後の人選を、好きに選べたのは幸い―――と、云った処かしらね。
ミリヤがその当時、その人物から誘われた時、未だ「ディーヴァ」には、構成している者がいませんでした。
だから、最初に誘われたミリヤが、「ラクシュミ」として、「ディーヴァ」を統率するモノかと思えば・・・
実は、「ディーヴァ」を創設した人物には、「ディーヴァ」を統率する人物は、また別に心当たりがあるモノと見え、その当時でも、根気強く交渉をしていたのです。
そして、その人物こそが、「シャクティ」―――・・・この人物の首を、縦に振らせるのには、ミリヤが「ディーヴァ」に参入してから、1000年以上の月日が経っていたと云います。
それにしても、出来たばかりの機関や組織を、すぐに手放すと云うのは、普通では考えられない―――と、メイベルは思うのですが・・・
気に食わない者同士が、同じ仕事をしなくてもいい・・・もし無理にでも―――と、した時、のちにそれは、別の象となって現れてくるであろうことを、ミリヤから指摘されたのです。
それに、ミリヤの方でも思う処はあったのです。
早期の段階で、組織運営を丸投げをして、自分とは関係のないように見せかける、完成度の高い謀略―――
憎しとは云えど、実の父を謀殺した事に対し、打ちひしがれるミリヤを哀れむ、寛く容みこむ慈愛―――
こうした形容を、ミリヤは「天使の翼を持つ悪魔」だ―――と、したのですが・・・
ならば、「その人物」の「人物像」とは―――
ミ:通称を、「マエストロ・デルフィーネ」・・・あなたも、そうした仕事上、何度となく耳にしているとは思いますけど―――
その名前を聞いた途端、メイベルは、身体に刻まれた記憶を、明確に思い出しました。
それも、「戦慄」と「恐怖」によって―――
確かにその名前は、誰もが知る有名処でもあっただけに、暗殺業界でも、その名前が取り沙汰されない日は、一日としてありませんでした。
それでも尚、存在を紡ぎ続ける者―――
ですが、その答えは、呆れるほど、単純にして簡潔、明瞭でした。
とどのつまりは、「暗殺の様な「小義」では、誰もあの人物を殺す事は出来はしない」・・・と―――
それに、一度・・・たった一度だけ、メイベルは、マエストロの至近距離にいた時があったのです。
アレは確か・・・メイベルがまだ駆け出しだった頃で、その時も、請け負った依頼を遂行する為に、とある惑星に来ていたのです。
すると偶然にも、マエストロも、何かしらの所用で、その惑星を訪れ―――
ほんの僅か・・・数秒・・・彼女達の運命は、交錯してしまった―――
しかしメイベルの方は、幾度となくファイルで、マエストロの素性は知ってはいましたが、
マエストロの方は―――と、云うと、何かしらの「縁」でもない限りは、メイベルの事など知ろうはずもなかった・・・
つまりは、それこそ「一瞬」の出来事―――
けれど、「ニア・ミス」だったとしても、当時のメイベルには、自分が未熟だと知る、良い機会でもあった―――
「敵うはずがない・・・いや、そもそも、「敵う」と思う事自体が、間違いだ・・・」
確かに、あの当時は、暗殺者としても「駈け出し」で、「未熟」だと思い知りました。
自分より、実力が数段上の者の近くにいただけで、身体が恐怖で縮こまり・・・存在を見上げながら、震えるしかなかった・・・。
こんな自分の姿を、嘗ての「師」が見たらなんと云うだろう・・・
この直後、我を取り戻したメイベルは、これまで以上に鍛錬を積み、ようやくこの業界でも、「ウイッチ」の名が浸透し始めた頃、
今度は、ミリヤと云う人物の前に、屈してしまった自分がいる事を、自覚してしまったのです。
それに、メイベルが暗殺業界に手を染めてからは、一度たりとも依頼を中断した事などなかったのですが、
これでは、今回の依頼は、見直さなければいけないと思い、どことなく悄気返っている感じがしたので、
そこをミリヤから―――・・・
ミ:そうだわ―――あなた、これも何かの機会ですから、「ディーヴァ」の一員になりません?
メ:はい? いえ・・・ですが―――
ミ:まあ・・・クライスラーには、私の方からよろしく云っておきますから。
それに、あなたが入れば丁度五人、本格的に活動をするのなら、丁度良い頃合いだと思うのですけど・・・。
こうして、奇妙な成り行きから、暗殺者・ウイッチである、メイベル=ヴァイオレット=フォルゴーレは、
表向きには、ミリヤの・・・ロックフェラー家お抱えのメイド兼、ミリヤの護衛となり、
また、「ディーヴァ」の一人・・・「黒き死の女神」と云われている、「カーリー」として活躍するのです。
ですが・・・奇妙なことと云えば、先程から気にかかっていた事があったのです。
それは―――・・・
ミ:それにね、まあ確かに、私もマエストロからこの話しを頂いた時に、随分と面食らったモノよ。
けれどね、いざ始めてみると、色んな・・・新しい刺激に満ち溢れていましてね―――老いたこの私には、この刺激は丁度いいの。
それは、ミリヤが自分の身の上話を語る上で、ふと漏らしたこと・・・
そうだ―――そう云えば、先程も、同じような事を・・・
そのことを、ついメイベルは、口にしてしまったのです。
メ:そう云えば・・・先程も―――あなたは、年老いている「お婆ちゃん」だと・・・
見かけの上では、私も見間違ったように―――・・・
ミ:「少女の姿をしている」・・・
これはね―――これこそが、私が負うべき「罰」なの。
「老いることもなく」・・・また、「成長することもなく」・・・
その事を、羨ましがる連中もいるけれど、だったら代わって貰いたいモノだわ―――「幼生固定」と云う「呪縛」を・・・
「幼生固定」・・・その語句によって、なぜミリヤが、「少女」の姿のままなのかを、メイベルは察しました。
恐らくミリヤは―――実の父親殺しの罪によって、「自然死」や「病死」は赦されない立場になってしまった・・・
ただ、衰弱して死を迎える事は、罪の償いとはならない―――
だから、取られた措置―――
半強制的に、若さを保ち・・・生き永らえさせる―――
「年齢」を、重犯罪を犯した年齢で固定し、周囲の者からも隔離させる・・・
愛しい者、親しい者は、既に亡くなっている・・・
子や、その孫の代も・・・
大事な者達と、一緒に時間を過ごせない―――過ごす事の出来ない・・・
皆が、老いさらばえて行く中、自分一人だけが、取り残されていく感覚・・・
それでも尚、悪を淘汰する為の、組織に身を置く事が妥当なのか・・・と、そう思っていたら―――
ミ:・・・色んな心配をしてくれているようだけれど、そんな必要なんてないわ。
だって―――もう一通りの事は経験してきたし、それに、経験さえしてしまえば、あとは同じような事の繰り返し・・・
「長生き」をしていて、つまらないことなんて―――なんら変わりのない日常そのモノなのよ。
だったら・・・新しい刺激を求めて外へ出るだけ―――私にとっての「ディーヴァ」とはね、それくらいの価値でしかないのよ。
メイベルの過ぎたる心配など、既に「月詠」によって、ミリヤの知られるところとなっていました。
確かに、その身の上話を聞くと、同情の念が湧いてくるモノでしたが・・・それも、今となっては、「思い出話」―――
それに、マエストロより誘われた「ディーヴァ」にしても、現在のミリヤにとっては、外出時の「いい口実」にしかなっていなかったのです。
=続く=