他国の―――外交目的で訪れた人間を、別件で訪れていたリリアの前で容赦なく叱責するジョカリーヌ。
しかし彼女の怒りの根本は、永らく民を苦しめてきた国家や官に対してであり、またそうした国家から援助の要請があったとしても、
とても達成困難な条件を突き付けていたと云うのは、ある程度分かるモノだとしたのです。
そこで今回・・・「エグゼビア大陸」にある「ツィクル国」の外交特使は、その条件の簡易化を求める為、「パライソ」に訪れたと云うのですが、
こうもケンもホロロに云われたのでは、特使としての面子も潰されたモノと思ったのか・・・
ツ:う・・・ぬ・ぬ〜―――こ、こうなれば力づくでも聞いてもらうまで!
リ:あっ―――・・・
その時、リリアは目にしてしまいました。
大皇に一喝され、項垂れていたかと思うと急に立ち上がり―――しかもその手には短刀が握られていたのを。
そしてそのまま大皇の近くまで寄り、実力を行使しようとまでしていたのです。
しかし・・・不思議なのは、そこで、そのことに対して誰もなんの反応も示さなかったのです。
反応をしていたのは、他所から来たリリアのみ―――・・・
なぜ・・・どうして・・・大皇と云えば、云わばこの国の象徴にして、権力の中枢であるはずなのに・・・
なのに―――誰一人として、大皇の身を護る為に行動を起こさないのか・・・
しかし―――そこでリリアは知ってしまったのです。
やはり・・・大皇と云う存在は、侯爵マキやラスネールを従わせるのに十分な存在である・・・と。
ジ:ほう―――直接交渉が通じないから、そうやって短絡的に物事を解決しようと云うのか・・・。
それがどうして間違いだと気付かない―――どこの誰もが、お前達の横暴に対して、心の底から従う気にならないのだと気が付かない!
だから民衆たちの反発を招いたのだろう。
しかし・・・私も少しばかり寛容すぎたようだ。
お前達の儚い可能性に賭けた、私の慮りも浅かったのだ・・・。
それに、鞘から刀身を抜き放ったお前としても、収まりが付くまい・・・
いいだろう、存分に相手をしてやる―――かかってくるがいい!
一目見たときには、大人しいばかりの印象があったものでしたが、けれどもその場では一転して、生命の駆け引きも辞さなかった―――・・・
それに、この国の官の誰もが知っていたのだ・・・
大皇が―――自分達が身を呈してまでお護りしなくても、この程度の障害ならば払える事を。
その事を知らないツィクルの特使は、短剣を手にしたまま玉座へと向かって行ったのです。
―――が・・・やはり・・・何か見えない力によって抑制されているかのように、ある一定の距離から先へは一歩たりとも前進する事が出来ないでいるのでした。
それどころか、大皇が少しばかり念を込めると、部屋の入口付近まで弾き飛ばされてしまった・・・
しかし特使は、その事に諦めることなく、果敢に挑んでいくのですが、所詮は無駄骨・・・その事にいい大人が判らないはずもないのだろうに、
けれどもそこも裏を返してしまえば、国を代表して訪れていると云う「面子」も関わりがあるのだろうか―――・・・
リリアがそう思っていた時―――・・・
ジ:無駄だと判っていると云うのに、それでも尚、私に挑むとは大した度胸に根性だ。
本来ならば即刻この場にて馘を刎ね、それをもって私の返答とする処だが、今回はお前の度胸と根性に免じて本国へと帰させてやる・・・。
但し―――私がお前に掛けてやる温情はそれまでだ。
今ここで私が決定を下したように、お前達の国を統べる権限は、この私が取り上げる。
これに異論ある場合は、我が国は一戦をも辞さぬ覚悟がある事を、お前の国の当主に云うがいい。
以上だ―――誰かこの者を連れ出せ!
力なくへたれこむ者に対し、一方では温情を―――そのまた一方では、厳しい決議を口にする大皇ジョカリーヌ・・・
強い・・・確かに強い―――が、優しい・・・
その場で受けたジョカリーヌの印象を、リリアはそう直感しました。
一見すると護られている立場のように見えても、実際には悪漢や無頼達に対しても、たった一人で立ち向かえるだけの強さを擁している・・・
そんな人物に、到底自分が敵うはずもない―――・・・
リリアは、当初自分が大皇に会わんとしていた目的を思い出し、少し恥じ入りました。
それからしばらくして、騒動が収まった頃合いに―――・・・
ジ:―――申し訳なかったね、なんだかつまらない事に君を巻き込んでしまって・・・
リ:え? ああ・・・いや―――・・・
ジ:・・・ああ、そうそう―――これからの事なんだけど、君とはもっとよく話し合いたいから、こことは場所を変えて―――と、云うのはどうかな。
「正直・・・参った―――」
「なんて云ったって、先程の興奮冷めやらぬ時に・・・あんなに愛想のいい表情をみせたりするんだもの―――」
「あれはちょっと反則よね―――」
まるで旧くからの顔馴染みにでもするかのように接してくる大皇からのお誘いに、リリアは断ることすらできませんでした。
先刻までは威厳ある施政者―――武将顔負けの武を披露する者―――そして今度は親しき友・・・
こんなにも巡るましく変貌を遂げて行く大皇に、ただ・・・ただ・・・リリアは翻弄されっぱなしでした。
それに、この国自体もどことなくそんな感じがしてきた―――
官も・・・民も・・・皆、この大皇に全幅の信頼を置いているから、多少の事では揺らぎすらしない・・・
そしてそれは、リリア自身が目指そうとしていた国造りでもあったのです。
そうしている内に―――ジョカリーヌの言葉に従って彼女の後をついて行ったところ、彼女自身の・・・つまり「大皇の部屋」の前まで来ていました。
しかしそこには、既に先客がいるらしく―――・・・
ジ:乾に坤―――いつもご苦労だね。
乾:いえ・・・それより、バールゼフォン様がお待ちかねであります。
ジ:彼が・・・? 判った、有難う―――
「「バールゼフォン」・・・? ―――と、云うより、ラスネールの奴が今頃どうして・・・」
この国出身でありながら、自分とは長い付き合いのあるラスネールの名を聞き、その彼がどうして今頃ジョカリーヌに会おうとしていたのか・・・
その理由を、リリアは知りませんでしたが―――彼女達がこの部屋に入ってくるなり、ラスネールは驚愕の一報を伝えたのです。
ジ:私に・・・何か用かな―――バールゼフォン。
ラ:はい、実は・・・そちらの娘さんの領土が、侵攻された形跡がありますようで―――
リ:ナニ・・・? すると、プロメテウスの奴らか??
おのれ・・・あいつら、私の留守を狙って―――
ラ:・・・ところが、そうでもないみたいなんでさ。
見たところによりますと、河の対岸の砦に、密かに兵を増員させた傾向も見られる・・・。
ジ:なるほど―――つまり用意周到と云う事だね。
ラ:それだけじゃございませんぜ、相手さんは今回を機会に思っている節も見られる・・・
ま―――今回の一報は、相手の斥候がオデッセイアに深く入り過ぎたことに起因してる・・・と、云うところですかねぇ。
リ:・・・と、云う事は―――サライもその視野に入れているってことなのか?!
しかし・・・リリアからのその質問に、ラスネールは答える事がありませんでした。
けれどその沈黙が、逆に・・・両国家がプロメテウスからの侵略に脅かされている現状を晒してもいたのです。
すると、思惑通りに―――リリアからは、自分の国以上に・・・隣接する友好的な国家に対しての心配をする言葉が・・・
早くしないと自分達の国家以上に、お嬢様が治める国家が危ない―――今のリリアの頭の内には、最早その事しか有りませんでした。
だからこそ、大皇に・・・ジョカリーヌに・・・なんとしても、一刻も早くオデッセイアに戻してくれるよう訴えかけるのですが・・・
ジョカリーヌからは、そんなことすら見透かしたような・・・こんな無情な一言が―――
ジ:君が・・・自分の国と、そのお隣の国の事を心配しているのは、よぅく判るよ・・・
けれど―――私は、自分を嘘吐きにはしたくはない・・・
だから、今ここで君を―――オデッセイアへと帰すわけにはいかないんだ。
リ:な・・・どうしてそんな事を―――?!
あんたは、黙って私の国の民やサライの民達に、危険な目に遭え―――って・・・そう云ってんのか??
誰よりも―――自分ではなく、他人のことを心配してあげられる・・・そんな優しい気持ち・・・
「その言葉を待っていた」―――と、でも云うように、大皇の口元には笑みが湛えられていました。
それに、大皇自身も、このままむざむざと生命の灯火が消え逝くのを「善し」とは思ってはいない為―――・・・
ジ:確かに―――このまま知らん顔を決め込むようであれば、私は一国を預かる者の前に、人間として失格者だ。
だけどね・・・ただ一つだけ打つ手があるとするなら―――私は迷うことなく、この手札を切らせてもらうよ・・・
そう云って―――呼び鈴を鳴らし、自分の配下を招聘するジョカリーヌ・・・
多面性の顔を持ち合わせる、パライソ国大皇―――その人はまた、手練の策士顔負けの策を披露したのです。
そしてこの時―――呼び鈴によって招聘された者は、たったの二名・・・
その内訳も、一人は少女で―――もう一人は・・・なんと、あの侯爵の一族らしき人物なのでした。
第十二話;大皇の横顔
=続く=