パライソ国大皇ジョカリーヌに誘われるがままに、リリアは「空中庭園」と云う施設を訪れていました。
この国の・・・いや、今のこの時代の技術の粋を結集させたかのような脅威の施設・・
上を見上げれば、頂上が計り知れない・・まるで「空中」に存在するかのような「庭園」だから、そんな名称がつけられたのだろうか―――
しかしリリアは、そんな驚異の施設に案内されても、眉ひとつ動かしませんでした。
なぜならば、「心ここにあらず」―――の、状態だったのだから・・・
彼女の心は―――今・・・「プロメテウス」の脅威に晒されつつあると云う、自分の国「オデッセイア」と隣接する友好国「サライ」の事ばかり・・・
これでは、折角のジョカリーヌの計らいも鰾膠もない・・・と、云った処のようなのですが―――
リリアは・・・これからここで、「あるモノ」を見させられることによって、これまでのモノの見方・・・つまり「価値観」と云うモノを一変させてしまうのです。
とは云っても、今はまだ空中庭園の外―――
ここで初めてジョカリーヌからの勧めにより、自動昇降機―――つまり「エレベーター」に乗ることとなったのです。
時間は・・・丁度真昼を迎えたかのように、太陽が高く昇っていました―――・・・
それにしても長い―――・・・まだ目的の階層には着かないモノか・・・
かれこれ5分と云う時間が経つと云うのに、一向に着く気配を見せない様子に、リリアは苛立ちを募らせました。
「一体この人は、なんの目的で私を―――・・・」
「それに、大体この人の手伝いを、なんで私が―――・・・」
リリアの不満は―――きっとジョカリーヌには届いていたのでしょう・・・
なのにジョカリーヌの方は、その事を知ってか知らずか・・・エレベーターの出入り口を見つめたまま。
その涼やかそうな横顔に、リリアの不満は今にも爆発しそうでした。
そして―――危うく「いい加減にしろ!」の言葉が出かかった時・・・
ジ:どうやら着いたようだね―――さあ、おいで・・・
凡そ―――10分・・・乃至は12分程度だったろうか・・・
ようやくエレベーターが停止した時、リリアは思わぬ光景を目にしていました。
リ:え・・・っ? 暗い―――・・・って、もう夜??
そう―――・・・リリアがエレベーターから出た時、周囲りはいつしか「一面の闇」・・・
そして、その暗闇にさんざめく―――数多の星々・・・
「いつの間にか、外は夜になっていた―――?」
「そんな莫迦な・・・私達がこの施設に入った時には、真昼だったはずなのに・・・」
「それが・・・そんなにも経っていないのに―――もう夜だなんて??」
あり得ない・・・自分が知っている常識とはかけ離れた事が、現実として起こっている―――
けれど、それが「空中庭園」と呼ばれている、この国にある施設の真実―――
ですが・・・実は、その施設の「頂上」は、地上などにはなかったのです。
では・・・今ジョカリーヌにリリアがいる場所は―――どこ・・・?
リ:あ・・・のぉ? 私達・・・今、一体―――・・・
ジ:・・・ここが空中庭園の頂上―――どう?素晴らしい眺めだろう、まるで星達に手が届くようだ・・・
リ:―――じゃなくって! ついさっきまでお陽様があんなに高く昇ってたって云うのに、どうしてもう夜なわけ?!
ジ:ああ・・・太陽? 太陽なら・・・ほら―――そこに―――・・・
ジョカリーヌが指さした方向を見てみると、雄々しくも燃え盛る球体が、リリアの目に飛び込んできたのでした。
日頃見上げた時には、ガラス玉より小さなそれが・・・いつの間にか大きく自分達を照らし合わせていた・・・
その事に、全くと云っていいほど度肝を抜かれてしまったリリアは、腰が砕けてしまったかのようにその場へとへたり込んでしまったのですが・・・
ジ:あははは―――どうにも君は、サービス精神が旺盛なんだね。
リ:い・・・いや、それよりも―――あれ・・・が、太陽??
うわ! それに気が付かなかったけど―――上も夜・・・下も夜・・・右も左も・・・?
こ・・・ここって、どう云う処??
ジョカリーヌは、初めての体験をし―――反応するリリアを見て、自然と心地の良い笑いが込み上げていました。
「ああ・・・何年ぶりになるだろう―――こんなに新鮮な反応を見るのは・・・」
「あの人にあの人・・・それにあの人にだって、これを見せた時―――この人のように新鮮な感動をしてくれた・・・」
リリアがその時目にしていたのは、四面皆夜―――つまり、彼女からしてみれば、宙に浮いているような感覚だったのです。
けれど、それが古今を通じての新鮮な感動―――そうジョカリーヌは捉えていました。
しかし・・・実はこれでも前菜―――これからが主菜なのです。
そしてここで・・・ジョカリーヌは改まって、リリアにこう問いかけたのです。
ジ:それより―――リリア・・・君は、空と海の青さの違いに、何かを感じた事があるかい・・・
リ:え? 空と・・・海―――? ・・・どっちも同じ「青」じやないの・・・。
ジ:そうか・・・そうだろうね。
それじゃ君は―――空の青さと、海の蒼さの違いが判った時、一体どんな顔を見せてくれるのかな・・・
リ:え?? また何の―――判らない・・・こ・と・・・
「なんだ―――あれは・・・」
ジョカリーヌからの問い掛けも突飛だったけれど、今までにも見た事がない・・・美しくも蒼い球体が、急にリリアの視界に収まってきました。
蒼い・・・そして、斑や大理石模様をした白い何かが、程良く織り交ざり合わさるその様は、
まるで生きている様にも―――まるで一つの美術品の様にも―――まるで宝玉の様にも見えていたものなのでした。
そして、過去の誰しもがそうであったように、その美しさに見蕩れていたリリアに―――・・・
ジ:いつ見ても素晴らしい眺めだ・・・特にここからの位置が、また格別なんだ―――
君もそう思うだろう・・・リリア―――
リ:え・・・あ・・・は―――はい・・・
それに、いつまで見てても飽きない・・・あの白いモノの変化が・・・
ジ:まるでそのものを生きているように見させている―――か・・・詩人だね。
リ:ああ―――いや・・・そう云ったつもりじゃ・・・
「この人が・・・私に見せたかったモノ―――って、これだったんだ・・・」
「いや・・・それにしても―――美しい・・・」
今・・・自分が目にしているモノがなんなのかも知らずに、リリアは一心不乱にそれを見続けていました。
常に蒼く輝き、白い模様が蠢いたりなどして、得も云われぬ美しさを醸し出している―――・・・
そして、終に溜まらなくなったリリアは、今自分が目にしているこの蒼い球体の事を、ジョカリーヌに訊いてみたのです。
すると―――・・・
ジ:何を云っているんだい・・・あれこそが、君をそこまで育んで成長させ、先程まで私と一緒に食事をしていた処じゃないか―――
リ:・・・ええっ?! あそこに・・・私達が?今まで??
そ―――そんな・・・
第十四話;一つの地球 一つの意思
「そう・・・あの美しく蒼き惑星こそ―――「地球」・・・」
「この私が、愛して已まない惑星―――・・・」
「だけどね・・・リリア―――この美しい惑星は、たった一つしかない・・・」
「この惑星によく似たモノは、この広大な宇宙に点在はするけれど・・・」
「私はね・・・それらの内でも、この地球が一番気に入っているんだよ―――」
恐らく・・・彼女は―――リリアよりかは多くこの地球を見続けてきたに違いはないでしょう・・・。
けれどその眼差しは、初めて恋した人を見つめるかのように、潤んだ眸で熱く見続けていたのです。
それに・・・リリアも―――気が付いた時には、その双眸からは涕が溢れていました。
「今までは・・・感動する事はあっても、涕なんか決して流してこなかったのに―――・・・」
「涕が出てしまうほどの感動―――って、あるモノなんだ・・・」
そうやってリリアとジョカリーヌは、いつまでも飽くことなく、この世でたった一つの地球を見続けていました。
そうしている内に、徐々に・・・今回ジョカリーヌが誘おうとしていた理由を、リリアなりに理解し始めたのです。
リ:・・・こんなにも美しいモノは―――この世にたった一つ・・・なんだよね。
ジ:―――そう云ったね。
リ:それじゃ・・・私達って何なの? そんな一つしかない処で、多くの勢力が拮抗してて・・・
ジ:それも仕様のない事さ・・・だって、個人がどう思うかは個人の自由なんだもの―――
それを私如きが、強制する事なんて出来やしない・・・
リ:・・・何を誤魔化してんだよ!
だったらどうして、私にこんなモノを見せる気になったわけ―――?
だったらどうして、私に手伝って貰いたいって云ったわけ―――?
つまりはそう云う事なんだろ―――?
だったらどうして―――・・・
しかしリリアは、そこで言葉を詰まらせてしまいました。
それと云うのも、真っ直ぐに見詰め直したジョカリーヌの眸が・・・哀しげな色を宿していたから―――
そして気付くのです―――恐らくこの人物は、その事を知ってもらいたくて・・・自分が見初めた人達をここへと上がらせてきたのだろう・・・。
けれど―――ジョカリーヌの志を、知る者は誰一人としていなかった・・・
しかし自分は、その「志」を知り―――またそこで云い掛けもした・・・
そう―――とどのつまり・・・「地球はこの世に一つしか存在しない」・・・と、云う事を・・・。
それはやがて、「一つの意思に纏められるべきだ」―――と、云う事を・・・。
=続く=