激闘を繰り広げた戦士も、今は一時(いっとき)の休息を得、その界隈(かいわい)では知る人ぞ知る「名湯」にて、疲れた身体を癒しているのでした。

 

しかも・・・この「名湯」、所謂処(いわゆるところ)の「露天」で、「打ち身」「切り傷」「打撲」は云うに及ばず、

「筋肉疲労」や「美肌効果」・・・果ては、「保湿効果」までも兼ねており、

つまる処、その界隈(かいわい)―――「吉原」で働く人達にとっては、なくてはならないモノだったのです。

 

そして、その「名湯」に浸かり、ここ最近、溜まった疲労を癒している人物こそ・・・

 

 

 

リ:(あ〜〜っ・・・気持ちいい―――今のこの時が、いつまでも続いたらなあ・・・)

 

 

 

この度の激闘により、相手を撃退出来たまでは良かったものの、その代償として、今までの記憶(おもいで)を奪われてしまったリリア・・・

その彼女が、一見(いっけん)して「女児」に見える、たまもなる人物から勧められ、至福の時間を過ごしていた時、

この名湯に、また一人・・・客人(まれびと)が―――

 

しかもこの客人(まれびと)が、湯に浸かる為に、先客がいる場所まで近づいた時・・・

 

 

 

第百五十五話;裸の付き合い

 

 

 

リ:あ・・・っ―――あなたは・・・

市:―――・・・。

 

 

 

「玉藻前様・・・あなたの差し金ですね―――」

 

自分より(さき)に、この湯を利用している人物を見て、つい先頃、自分に湯を勧めた人物の思惑に気付く市子・・・

 

確かに、市子とリリアは現在、あるきっかけをして、互いの仲が疎遠になっていました。

 

しかも、その「きっかけ」と云うのも、「道鏡」―――

その正体こそ、リリア達にも少なからず関係があった、「ゼンウ=メフメト=ゲルトフォルグ」なる人物だったのですが・・・

その「彼」が、リリアの「()(じゅん)」によって消滅する間際、記憶を消失させる「呪い」を放ち、その影響によって、現在に至ってしまっていたのです。

 

ですが・・・リリアが記憶を失って、初めて目にしたモノとは・・・

何者かの返り血を浴び、血の滴る武器を手に持っている者達―――・・・

 

実は、リリアもその内の一人なのに、「呪い」を受けてしまってからの彼女と云うモノは、

以前からの覇気はどこへやら・・・ただ、怯え・嘆く、普通の女の子に成り下がってしまっていたのです。

 

そんな折、リリア自ら遠ざけてしまった人物の(なか)に、市子もいました・・・。

 

そうなるまでは、自分達の関係は「断金の交わり」だと思っていたのに、怯えられるまでに嫌われてしまったのでは仕方がない・・・

そう思い、市子は、その場から何も云わず、(きびす)を返そうとしたのです。

 

すると―――・・・

 

 

 

リ:あ・・・あの―――あの、待って下さい!

 

 

 

呼び止めたのは、意外にもリリアでした・・・

その声に立ち止まり、次の言葉を待ってみると―――・・・

 

 

 

リ:あの・・・あの時、気を失っていた私の側にいてくれた人・・・ですよね。

  あの時は・・・とても失礼な事を云ってしまって、ごめんなさい・・・

  今になって、冷静に考えてみると、あの時、血を浴びていない人っていなかったんですよね・・・。

 

  なのに・・・もしかすると、私の事を心配してくれて、近くにいてくれたかもしれないのに―――

  本当にあの時は、私・・・どうにかなっていたんです。

  だから、ごめんなさい―――・・・

 

 

 

本当に、申し訳なく思い、自らの言葉で謝罪をしてくるリリアに、市子から返す言葉はありませんでした。

それに・・・本当の処は、彼女達は判っていたのかもしれません。

それほどまでに、彼女達は、そうなるまでの間、親交を深めてきたに違いはないのです。

 

だから市子は、リリアからの(ことば)があると、そのまま同じ湯に―――・・・

 

 

 

リ:―――・・・あの、もう少し近くに寄って・・・いいですか?

 

 

 

「記憶を失うにしても、どうやら悪い事ばかりでは、ないようですね・・・。」

 

市子は、以前にもリリア達と同じ宿に泊まり、時には、同じ湯に浸かった事もあったのですが、

今の様に、リリア自身から近づいてくる事は、ありませんでした。

 

そこは、「知れた仲」―――と、云う事もあり、互いを知り過ぎてしまうと、ある一線を越えてしまう事はなかった・・・する必要もなかった・・・

けれど今は、そんな記憶(おもいで)が「ご破算(リ セ ッ ト)」になってしまい、また以前以上に親しくなろうと努力してくる(ひと)に、

市子は黙って(うなず)くのみ・・・なのでした。

 

 

それからというモノは、四方山(よ も や ま)話に花を咲かせ―――

 

 

 

リ:あの・・・私の名前は、リリア―――って云います。

市:ええ・・・よく存じていますよ。

 

リ:あっ―――そうなんですか・・・では・・・

市:私の名は、市子―――と、云います。

 

リ:「イチコ」さん・・・て、云うのですか。

  それでは市子さん・・・一つ聞いていいですか?

市:・・・なんでしょう。

 

リ:あの―――私達と一緒にいる、寡黙で素敵な男性の事を・・・

 

 

 

「本当に、記憶を失っても、悪い事ばかりではないようです―――」

 

こんなにも新鮮な反応は、或る意味市子の心底を(くすぐ)り、少しばかり可愛らしくなってしまったこの女性を、揶揄(か ら か)ってみたくなる衝動に駆られたのです。

 

しかし・・・その効果は、意外な(かたち)となって、(あらわ)れてしまうのでした。

 

 

 

市:「あの男性」・・・寡黙にて、あなたの側を離れなかった方の事ですね。

  なるほど・・・やはり現在、そうなってしまっているとしても、千極様への想いは、変わってはおられないのですね・・・。

 

リ:えっ―――「センゴクサマ」・・・それがあの方の・・・

  そう云えば、あの女の子さんも、同じような事を云っていました。

市:そうですか―――たまも様も・・・

 

リ:あの女の子さん、「タマモサマ」って云うのですか?! そうですか・・・

  それでは、あと一つ聞きたい事があるのですが・・・・

市:・・・なんでしょう。

 

リ:あの―――市子さんは、千極様の事を、どう思っていらっしゃるのですか。

 

 

 

今までに・・・リリアと仲間だった者達の間では、公然として認められていたこと・・・。

リリアも―――蓮也も―――互いの事を、想っている者同士・・・

だから、何者も、その間に立ち入る余地がなかったのですが・・・

 

リリアの記憶が失われてしまった現在となっては、そうした認識も「ご破算(リ セ ッ ト)」―――

だからなのか、リリアの方から、市子も蓮也の事を想っているのではないか・・・と、訊いてきたのです。

 

確かに・・・互いが知らない間柄ではなかったので、他人から見れば、そう云う感じにも、見えなくもなかったのですが・・・

実は―――市子と蓮也は・・・

(ここで云う、「互いが知らない間柄」と云うのは、「以前」の・・・単独で展開をしていた「Odysseia」の「第十三話」で、その記述がなされている通り、

市子も蓮也も、互いの顔は知らないモノの、その「噂」だけは聞き及んでいたと云う事。)

 

 

 

市:(・・・。)ご心配なさらずとも、私とあの方とは、喩え「想い」があったとしても、共に添い遂げる事はないでしょう。

 

リ:えっ・・・? どうして―――・・・

  私から見ても、お二人はとてもお似合いだと・・・

 

市:そう思われる事は、悪い気はしないのですが・・・喩え、何かの間違いがあったとしても、私達は一緒にはなれないのです。

 

リ:でっ・・・でもぉ・・・現在(い ま)は―――

 

市:もう止めましょう・・・この議論は、いくら白熱した処で、接点と云うモノはありませんから・・・。

  それに、蓮也さんも、私と同じ答えを為されることでしょう。

 

リ:(この(ひと)も・・・やはりあの(ひと)の事を・・・)

 

 

 

時に・・・親しげに話しを交わしている様態(ようたい)を見ると、穿(うが)った見方をしなくても、市子と蓮也は、「密な間柄だ―――」と、そう捉えられました。

 

しかし―――市子は、そんなモノの見方を否定はしたのですが、

そこの処も、捉え方一つ取ってみても、どこか本心を抑えているのではないか・・・と、リリアは感じるに至ったのです。

 

とは云え・・・リリアの最後の質問は、常磐―――特に、市子と蓮也の「家」にとっては、とりわけ「禁句(タヴ―)」であったらしく、

少しばかり()(まず)い雰囲気が流れ始めたのです。

 

そうしたことで、どうにかして元の空気に戻そうと、リリアが努力した結果―――・・・

 

 

 

リ:あ・・・あの―――思っている事があるんですけど・・・云ってもいいですか。

市:はあ・・・なんでしょう。

 

 

 

以前までは、決して・・・何かの間違いがあっても、その人は、そんな事を云ったりする人柄(タ イ プ)ではありませんでした。

 

ですが、記憶を失っている現在(い ま)となっては・・・いや、(い ま)だからこそ―――なのかもしれない・・・

 

リリアは、市子に面と向かって、決して以前までは云わなかった事を、云ってきたのです。

 

 

 

リ:市子さん・・・て、凄く綺麗な―――しっとりとした黒い髪をしていますよね。

市:(・・・え?)

 

リ:それに―――同じ女性として、少し羨ましく思います。

  だって、市子さん・・・ああ云った服の仕様もあって、私よりもおっきいモノを持っていると云うのに・・・

  そう云った意味では、損をしていると思います。

 

市:(・・・。)そんな事はないと思います―――リリアさんも、綺麗な金の髪をなさっていますし、

  それに・・・総合的に見れば、出る処は出て、締まっている処は締まっているではありませんか。

 

リ:(・・・。)う・・・嬉しい〜〜そんな事云われたの初めてぇ〜〜

  あ・・・あれ? どうしちゃったんだろう・・・私・・・

  凄く顔が熱くなっちゃって、ドキがムネムネしてる〜〜

  ダメよ、ダメダメ―――私には、心に決めた人が・・・()してや、市子さんは同じ女性ぢゃないの!!

 

 

 

「独り言が・・・独り言になっていませんね・・・」

 

恐らくは、それまでにも、自分の事を、容貌・容姿に関わらず、褒められた事はなかったのでしょう―――

(リリアが記憶を失う以前にも、以後にも、彼女自身の容貌・容姿を、他人から褒めそやされた事はない―――と、この事後、リリア本人が語る)

 

その反応は、以前のリリアから考えてみても、とても女性らしく見え―――また、可愛らしく映ったモノでした。

 

そしてまた、市子自身も、他人から褒めそやされた事がなかったからか、日頃云う事のなかった―――また、云う必要のなかったことを、リリアに云ったのです。

 

 

けれど・・・市子は思うのでした。

 

以前の関係のままだったら、こうした砕けた表現での、やり取りはなされなかったのだろう―――

それが・・・今回、リリアの記憶が失われてしまった事で、自分達は、また新たな関係を築いて行ける・・・

 

それはそれで、喜ぶべき事なのでしょうが、以前のリリアは「豪放(ごうほう)磊落(らいらく)」―――

現在、自分達が直面している、ある問題に関しては、そんなリリアが頼れる存在ではあったのですが、

記憶を失っている現在(い ま)となっては、それは望めない・・・

けれど、普段こうして付き合っている分には、こちらの人格の方がいいのでは―――と、思ってしまっていたのです。

 

そのお陰もあり、現在の市子とリリアは、以前よりかは「密な間柄」になりつつありました・・・。

 

 

ですが・・・本当の意味で、記憶を失ってくれていた方が、どんなにか良かった事か―――・・・

我々は、また一つ―――神々の悪戯(いたずら)を、目の当たりとする事になるのです。

 

 

 

 

=続く=

 

 

 

 

あと