「御免下さいませ―――」と・・澄んだ声が、その屋敷に徹り、しばらくして客人を迎えたのは、この屋敷の主人たる男でした。
すると、この時分に訪った珍客に、この屋敷の主人は―――
蓮:そなたは―――・・・
市:夜分遅くに申し訳ございませぬ。
つきましては、一手ご教授願いたいと存じ、罷り越しました・・・お引き受けして頂けますでしょうか。
蓮:(・・・。)では、上がられよ―――
夜も更けようとしている時分に、珍客来たれリ―――
しかし、知らぬ顔に仲ではなかった為、蓮也は疑うことすらせず、市子を屋敷に上がらせたのでした。
そして、市子の望むままに、木の模造刀をお互い手にし、手合わせは始められたのです。
市:―――お願いします!
蓮:うむ、参られよ―――!
互いの流派の構えを取り、徐々に間合いを詰めて行く二人・・・
しかし、この二人は、過去にも自分達の武技を高める為、幾度となく手合わせをしていたモノだったのです。
だから・・・この度の手合わせも、その延長線上―――と、ばかり思っていたのです。
それは、蓮也然り―――様子を窺っている、リリア然り―――なのですが・・・
市:はいやっ―――!
蓮:むうん―――なんのっ!
市子が打ち掛かれば、蓮也もそれを凌ぐと同時に、攻勢に転じてくる・・・その逆も、また然り―――
・・・と、このように、お互いの手の内を知り尽くしているだけに、中々決め手とならないのは、仕方のなかったこと・・・
それに、互いを「仲間」と認識していただけに、「本気」にはなれなかったのも、また、仕方のなかったこと・・・
それにしても・・・では、なぜ市子は、この時期に、蓮也との手合わせを望んでいたのか―――
そこの処の動機は、当事者の蓮也のみならず、リリアの方でも判らずじまい・・・いや、判ろうはずなど、なかったのです。
なぜなら―――市子の気持ちは、市子にしか判らないのだから・・・
それに―――・・・
市:はあぁぁ――― ―――=無明剣=―――
「技」・・・とは、無闇矢鱈に出すモノではない―――出すときには、必ず、一撃で相手を仕留めなければならない・・・
また、それにはやはり、出す「時」も「場合」も、必要となるモノでした。
けれど、その時の市子は―――市子「らしからぬ」太刀捌き・・・
なぜ市子は―――・・・その「時」、無闇に技を繰り出してしまったのか・・・
そこの処の疑問は、判るはずもなく―――「技」を繰り出す時機ではなかった為に、敢え無く、蓮也の返し技によって、ダメージを被ってしまったのです。
しかも―――・・・
第百七十話;市子・・・その決意
蓮:(!!)市子殿・・・そ、それは―――!?
普段市子は、着物の袷が肌蹴ても、胸元を隠す「晒」と云うモノを着付けていました。
ですが・・・なぜか今回に限って―――いや・・・「だからこそ」今回なのか・・・
着物の下からは、何も着けていない、豊満な胸元が現れ―――それを目にしてしまったモノだから、蓮也の動揺も、一方なく・・・
蓮:い・・・市子殿―――は、早く服の乱れを・・・
市:・・・なぜそこで、目を背けられますか―――
それとも、永き間、敵方としてきた家の娘の裸は、汚らわしゅうて目も合わせられませぬか!
蓮:市子殿・・・
市:それに・・・千極様―――わたしが、「そうするため」に、意図的に着けずにおいた・・・と、そうは考えられませぬか。
蓮:(!!)なんと―――・・・
純粋なる「敵」ならばいざ知らず―――あたら、「仲間」や「味方」として認識していた所為もあるのか、
蓮也は、現在の市子の姿を、直視するのに甚だ抵抗感がありました。
でも、それが、或る意味での・・・市子の「狙い」ならば―――
確かに、そう云った「戦術」や「戦略」「戦法」は実在し、それが互いに違う性別の相手ならば、如何なく効果は発揮されるモノである・・・
そして、その事が「正しい」事である事を、蓮也自身が実証してしまっていたのです。
そして、実際・・・市子は、胸元を肌蹴たまま―――蓮也との間合いを縮めて来ている・・・
もし―――これが・・・真剣での「死合い」だったならば・・・
自分の不甲斐なさと、或る意味的確な戦術を、手の内に仕込ませてきた相手に、蓮也も思い直すところとなり―――・・・
蓮:流石は市子殿よ・・・拙者の未熟さを、こうもあっさりと見抜かれるとは―――
そして、礼を申さねばなりませんな。
その事を、糺してくれたそなたに―――!
てえぇい―― ―――=流雲清流剣=―――
市:きゃああっ―――!
手合わせをしている、相手の女性の、あられもない姿を直視することに抵抗があった男は、
そうした自分の未熟さを指摘してくれた、相手の女性に対し、容赦ない技を繰り出したのでした。
しかも、その「お礼に」とばかりに、一切の手の抜かりなどなく繰り出された剣伎によって・・・
見るも無残に、市子の道着は、千々に破けてしまうのでした。
そして―――哀れにも敗れた女は、相手に背を向けながら四つん這いになり、白桃の様な尻を突き上げる様にしてしまっていた・・・
つまり、無惨この上ない、敗者としての姿を、相手の男の前に晒してしまっていたのです。
(因みに、全裸ではない―――上半身は、斯くの如しではあるが、下半身には「褌」と云うモノを着付けている)
ですが男は・・・自分が着けている上着を、そっと女に掛けてやり―――
蓮:市子殿・・・これを―――
それにしても、なぜそなたは・・・
市:千極様―――この浅慮な女の言葉に、今少しばかり耳を傾けて頂けませぬか・・・
「敗軍の将、軍を語らず」―――とは、どんなに巧い戦をしたとしても・・・また、どんなに拙い戦をしたとしても、
敗れた軍を指揮した将は、見苦しくも敗戦の経緯を論じ、「あの局面では、ああするべきではなかった」などと、弁解をするべきではない・・・。
そんな過去の失敗に捉われ、悔いるよりも、寧ろそうならないように、最善策を尽くすのが、「将の将たる器」だ―――と、云う、故事・諺がありますが、
敢えて市子は、恥とは知りながらも、今回その事をしたのです。
それも、今回の手合わせの運び方―――ではなく・・・
なぜ自分が、この期に及んで、今回の様な事を思い付いたのか・・・その大まかな経緯を―――・・・
市:私は・・・あなたに最初に会った時、既に・・・
「嗚呼―――この方ならば、過去の柵の総てを、清算してくれるに違いはない・・・」
「この方によって、細川は滅び―――永きに亘って私を苦しめてきた「家」の呪縛を、取り払ってくれるに違いはない・・・」
そう信じて已みませんでした。
そして、この私の思いは、間違いではなかったのです―――
ただ一つ、誤算があったとするならば・・・細川が滅び逝く秋の惣領が、私・・・だったと云う事です。
蓮:(!)なんと・・・市子殿、そなた―――・・・
市:ですが・・・まだ、そのことを正式に受けたわけではありません。
「もしも・・・」と、云う念に駆られ、予行したまでの事―――
結果は、私が予測していたより、遙かに無様なモノでしたが・・・
それに、今回私が、このような事を思い立ったのも、リリアさんや玉藻前様からの、お言葉を受けてからなのです。
蓮:なんと―――? あの方々からの・・・
市:はい・・・。
あのお二人が申し上げるには、「応仁の終息」と云う事でした。
そこで私に、細川宗家の跡目を・・・そして、「東」を代表する、千極の跡目様と一緒に、現在の常磐の帝の御前にて、「応仁」の終息の宣言をするのだ・・・と―――
私も即座に、この機会を逃しては、二度とないモノと思い、行動に移したまでなのです。
それに・・・私の気持ちの整理をするのにも・・・丁度良い期待だと思ってもいたのです・・・。
そこで市子は、自分の計画の内を語りました。
そこには、永い間の、細川宗家との確執が語られ、優れた跡目を持つ事になった、敵方の代表筋の事を慶ぶ一方、
誰よりも、細川の家自体が滅び逝くことを、望んでもいたのです。
しかし・・・それがまさか―――巡り巡って、自分にその役目が回って来ようとは・・・
けれども、こうも思っていたのです。
もし・・・自分の手で、憎き細川の家に、終止符が打てるのならば・・・
これもまた、絶好の機会ではないのか―――と、思うようになり・・・
そこで、今回の「手合わせ」の事を思い付き、女である自分の「色香」を使うなどして、半ば卑怯と思えるような手を使い、臨んだ処・・・
相手からは手痛い反撃を被り、剩、情けまでも掛けられてしまった―――・・・
その上、「敗軍の将」が「軍」まで語り、まさにこの上ない、「恥の上塗り」をしてしまったのです。
けれど・・・だからなのか、そこで市子の内の「何か」が吹っ切れ、
蓮也に、最初に出会った頃から抱えていた、いわゆる処の「気持ちの整理」と云うモノを、
そこでしてみようと云う事となり―――・・・
市:実は・・・蓮也さん―――私・・・は、あなたの事を・・・
リ:(あ・・・)わわわっ―――?!
市:(!?)リリア―――さん??
リ:〜ってってえ〜〜・・・。
ん、にゃろう―――にゃんでこんな時に・・・って、うわわわ!
い・・・市子―――に、蓮也・・・
蓮:リリア殿・・・
リ:あ・・・ああ〜いや―――こ、これはだなあ〜あははは・・・w
「あんにゃろ〜あとでただじゃ、おかねえからな!」
市:・・・なにが、「ただじゃおかない」のです?
リ:へ・・・? 私―――そんな事云ってた?
「ン、な莫迦な! 心で思ってることと、口で喋っている事が―――・・・」
蓮:・・・見事なまでに、反対でございますなぁ、リリア殿・・・。
市子の知られざる「想い」が語られようとした時、なんとも不意に、リリアが近くの茂みから飛び出し―――
(・・・と、云うより、一緒にいた、たまもにより、「無理矢理〜」と考えた方が、自然であろう。)
しかし、弁解の為に口から出たモノと云えば、隠さねばならなかった「本音」の方が出てしまうとは・・・
つまる処、リリアの動揺、狼狽する姿は、目に見えて明らかであり、今回敗れてしまった市子よりも、無様な姿を晒している事に、
「仕方がない」としたこの人物が―――・・・
た:やれやれ―――ま、そう云う事じゃ。
細川と千極の因縁も、これまで・・・それに、市子殿も蓮也殿の事を想うておる様じゃしぃ〜?♪
いや―――善哉善哉〜♪
リ:ちっとも良かねえよう!
市子ぉ〜なんでえ? 市子が出てきちゃったら、私みたいなガサツな女は、一体どーすりゃいいんだよ〜!!
なんとも、意外なところでの(恋の)強敵出現に、危機感を募らせるばかりのリリア・・・
それに、実はリリアも、この事自体は、薄々は感づいていたのです。
どうもこの二人は・・・最近―――距離を縮めて来ているのではないか・・・と!
そうした乙女の危機感は間違ってはおらず、市子本人や、たまもの証言から、裏は取れてくるのです。
そこで気になるのは、蓮也本人の気持ち―――・・・
蓮:リリア殿―――そう、気にすることはござらん。
拙者は、初めて異性からの告白を受けた時、えも云わず嬉しゅうござった。
本来ならば、男である拙者から申しおくべくのが筋と云うモノ―――だと云うのに・・・
そこの処は、拙者の不徳とする処にござる。
それに・・・市子殿の想い、気付かずにおれた事こそ、拙者の恥と云うべき処にござろう。
そうだと云うのに、市子殿に対しての、この無体なる仕打ち・・・面目次第も御座いませぬ!!
なんと蓮也は、以前リリアから告白された事に感じ入っており、その時から、リリアしか目に見えていなかった―――と、云うのです。
だからこそ、市子からの想いも、この時になるまで気付かずにおいた・・・と、云う事のようです。
(得てしてこの事が、好き合っている異性を巡っての、醜い争いに発展しなかった要因でもあるのです。)
しかし、ここで憂慮しなければならないのは、こうした「宣戦布告」がなされ、彼女達の間での、醜い争いが勃発―――するモノかと思いきや・・・
実は、そうした事になるのも、一人の異性を独占しようとした時に、起きてしまうモノなのです。
だ・・・と、すれば―――?
市:いえ・・・私は、所詮二番煎じ―――それに、これから細川の惣領となって行くからには・・・
た:フフ〜ン♪
じゃがのう―――市子殿が、細川の惣領となり、めでたく千極の家・・・蓮也殿と結ばれれば、細川の家も、自然消滅―――
リ:だあ〜めっ! それ不許可―――!!
そ・・・そぉんなことしたら、「名家」の一つが無くなるだろ?
や・・・やっぱ、「名家」ってもんは、存続しなくちゃな―――なっ??!
た:(ぬフフフ・・・焦っておるw 焦っておるw)
然は云えどもの〜わしの卦によれば、市子殿と蓮也殿の相性が―――これがまたなんとも・・・
リ:うっせえ―――! 余計な事、喋くんじゃねえ〜!!
市:(リリアさん・・・)
蓮:(なんともまた・・・必死にござりまするな・・・)
なんとも、市子の謙虚な態度に、事態は一時沈静するモノかと思えば、
今まで事態を静観してきたたまもが、市子と蓮也の相性は、群を抜いているモノと云いだし、
またそうすることで、本来の市子の目的も、達成できる事を説いたのです。
しかし―――ここで、必死の抵抗をしてきたのは、他ならぬリリア・・・
しかも彼女は、この時思いも寄らぬ行動に出てきたのです。
それが、「名家の存続」・・・今までは、決してそんな事は口にしてこなかったのに―――
それがこの時、そうした主張をすると云うのも、自分では、市子には敵わない事が判っていたからではないでしょうか。
それにしても・・・意外にも、そうした事で、リリアの蓮也への想いが、告白した当初より強くなっている事が判り、
しかも、そこにいた全員が、意外にも・・・リリアが女の子らしく、可愛らしくなっている事を感じ、
その場は、なんとも云われない、微笑ましい雰囲気に包まれていたのでした。
=続く=