その者は―――またいつか、こんな日が来ることを待ち侘びていました・・・
これまでにも、いくつかの経験をしてきた―――
敵に嘲られもし、陥穽にもいくつか嵌ったこともあった・・・
けれど、それも今にしてみれば、良い経験―――・・・
しかし、時と云うモノが経って往くにつれ、周囲りには「敵」と云う概念が失くなってしまった―――と、云うより・・・
正確には、古来より「敵」と見定めていた者達が滅亡した所為もあるのですが―――・・・
自分達がより完璧に近づいて行くにつれ、その完璧なる態様を体現出来ないと云うのは、どこかうら淋しいモノを感じてはいたのです。
兎にも角にも、その者に「現在」必要なのは、「敵」と云う存在であり・・・また概念だったのです。
ところが―――そうした悶々たる思いは、主である「大皇」に見抜かれており、
時として訪問をしていた、オデッセイア王国の姫君なる人物に、非公式ながらに協力してみないか―――と、主から話しを持ちかけられ、
当初は余り気乗りはしないながらも、閑を持て余し気味だった毎日の事を考えてみれば、主から温情を与えられたのだとの考えに至り、
また、戦場に再び立てられるのだと思えば、溢れ・・・漲らんばかりの闘志は抑えることはできず、
それでも早期に事を収め過ぎては―――との考えもあり、日頃の憂さ晴らし程度に・・・と、思ってはいたのです。
しかし―――それが悪かった・・・
とは云え、戦果の方は上々で、思いの外暴れられたのは僥倖ではあったのですが・・・
そのお陰で昔の血が騒ぎ出し、長年「腐れ縁」で付き合っている「悪いヤツ」に唆され、つい「そいつ」の口車に乗ってしまったのが、そもそもの間違いだった・・・
結局は、アンカレスの砦を防ぎきれは良いだけの話だったのに、奮起をし過ぎて相手の砦をも陥落してきてしまった・・・
これでは、この問題は早期に解決してしまい、自分の目論見でもあった「長期逗留」は出来なくなってしまう―――
それが叶わなくなった今となっては、すぐにでも戦果報告をするため、パライソへと戻らなくてはならないのですが・・・
その「悪いヤツ」は、自分の耳元でこう囁くのです・・・
「私達が戻った処で、また憂々悶々とした日々を送らなくてはならない―――」
「そんな私達を見て、あの方がいい顔をするはずがない―――」
「だから・・・どうだろう? ここは一つ、何らかの理由を付けて、ここに留まる―――って云うのは・・・」
「それに・・・お前サマと、こんな風にするのは・・・実に久方ぶりだからねぇ―――・・・」
その人物独特の―――甘ったるい声での誘惑に負け、暗黙の了承をしてしまった自分も悪い・・・
―――とはしながらも、こうして二度と、立つ事の出来なかったであろう、戦の晴れ舞台に立つことが出来た・・・
ならば、最早贅沢などは云うまい・・・後のお叱りは甘んじて受けることにして、今は眼前の「敵」らしき者達を蹴散らすまで―――・・・
それに、自分を唆した「悪いヤツの娘」からの報告を聞き、年甲斐もなく少しばかり興奮してきているのも、敢えて否定はしないでおこう・・・
少女はただ―――イコン河に架かる四つの橋梁の一つ、「オーレク」にて、プロメテウスの軍の一つと対峙していました。
そして、プロメテウスの斥候が、自分達の進軍を阻んでいるのが、思いもよらない存在・・・一人の少女であることを告げると、
指揮をしていた将軍は憤慨し、サライ侵攻の最初の手向けとして、その少女を蟻のように踏み潰そうと―――行動に踏み切ろうとした時・・・
ヱ:―――あら・・・この私に刃を向けようと云うの。
・・・構わないわよ、今の私は、頗る機嫌が好いのだから―――
けれど・・・用心はしておいてね―――お前達・・・
最近の私は、とっても気紛れなの―――それを「あいつ」は、私の気が短くなったと云うのだけれど・・・
・・・それ―――って、ひどい言い草だとは思わない・・・?
その「少女」は、畏れを知らない大軍に、「戯れ」を吐きました。
いや・・・けれど・・・それは、「少女」にとっては、きっと大真面目なのかもしれない―――
それと云うのも、次に「少女」の口から出た言葉は、最早「少女」の・・・いや―――人間の紡ぐ言葉の範疇を越えていたのです。
ヱ:さて―――それでは始める前に・・・一つだけ忠告をしておいてあげましょう。
可哀相なお前達―――お前達は、これから全身全霊をもって、私を悦ばせなければならない責務を、今からここで負ってしまうの。
勿論―――私を殺す気でかかってきて頂戴。
・・・いえ―――そうでなくては、私が困るの・・・
お前達は―――本当に可哀相なお前達は・・・私の「敵」でなくては困るのよ・・・
いや―――そも・・・
第二十二話;果たして 汝らは 我が「敵」に 値すべきか ・・・
最早その笑みは―――「人間の娘」のそれではない・・・
これまでに生きてきた間に、幾千・幾万と云う血をその身に浴び、啜ってきた者のみが発せる弁・・・
たった一人の「少女」―――その「少女」に、今・・・十数万と云う大軍の将兵が気負されようとしていました。
しかし・・・それにしても、忌むべきは「自信」と云うか―――「誇り」と云うべきか・・・
そんなモノが過剰に備わってきている為に、「我が軍の沽券にかかわる」と自負する司令官の一言により、十数万と云う命の数は、捧げられたも同然となったのです。
けれどヱリヤは―――そんな小賢しい人間の考えなどすぐに見抜くと、一気に焔を巻き上げ「真紅の騎士」へと変貌を遂げると、
息つく暇も与えずに、紅蓮の槍である「スカーレット・ブリューナク」を創造すると、その司令官に向かって投擲―――
哀れ・・・その司令官は槍の露と消えてしまったのです。
ところが―――以外に当てが外れてしまったのはヱリヤの方でした。
自分たちならば、仲間や・・・況してや主を侮辱された時には、本人以上に憤り、前後の見境なく敵陣に突撃を敢行したモノでしたが・・・
どうもここでの戦は、勝手が違う―――だからこそ調子が狂ってくるのです。
今―――彼らを統率する最高司令官らしき人物を、一撃で仕留めてみせたのに・・・
そんな自分に対して憤って見せるどころか、逆に薬が効きすぎてしまったかのように怖じて委縮してしまい、遠くからこちらの様子を伺いたてる始末・・・
「これでは駄目だ」―――とは思いながらも、一応は彼らの秘められた闘争心に期待をして、敢えて待ってみることにしたのです。
それにしても―――・・・皮肉と云うべきは、前線の事を中央の人間が知らないでいると云う事は、いつの時代・・・古今を通じて儘にしてあったようで、
たった一人に足止めを食わされていると云うのは、とんだ職務怠慢だとし、代わりに好戦的な将軍を、その戦線の増援に向かわせたのです。
そしてその好戦的な将軍が現地に到着してみると、自軍はたった一人の・・・それも敵方と思える女性の騎士を前に脅え―――縮こまっているばかり・・・
この状況を見て、重症だと判断したその将軍は、自分の武勇を見て奮い立ってくれるモノと思い、
その女性の騎士―――ヱリヤに対して「一騎打ち」を申し込んできたのです。
すると―――ヱリヤは・・・
ヱ:ほぉう―――ほうほうほう・・・そいつはいい。
中々に気の利いた趣向を凝らしてくれるものだ、私もそう云ったモノは嫌いではない・・・いや、寧ろ歓迎する処だ。
その将軍の体格は、ヱリヤの倍―――いや、それ以上・・・
見かけの上では、ヱリヤの苦戦は必至だと思われていたものでしたが、所詮それも「見かけの上」だけの話し・・・現実としては有り得る話ではありませんでした。
けれども、今までの事で学習したヱリヤは、すぐに終わらせてしまうのでは面白味に欠けてしまうモノとし―――
またここで、そう云う事をしてしまった暁には、今度こそこの軍は本国まで撤退しかねないと思い、一芝居打ってみることにしたのです。
しかし・・・これが中々―――
生来、力加減をするのは不慣れで、この時にも途中までは巧く云ったモノでした。
わざと力押しで負けたフリなどをして、女の子みたいに地べたに尻もちをついてみたり―――
「悪いヤツ」のように、急に甘ったるい声でベソを掻いてみたり―――
本当はそうでもないのに、痛がって身を捩り・・・艶のかかった声など出して、股座を開いてみたり・・・尻を突き出してみたり―――
色々と、色仕掛けや「萌え」攻撃を(慣れないなりに)繰り出してみたのですが―――
次第に、こんなモノのどこが、そんなに興がそそられるのか―――また面白いのか・・・急に莫迦らしくなり、
なんと、ちょっとした拍子で、その将軍を行動不能に陥れてしまったのです。
そして、ここで思い起こされる―――「悪いヤツ」エルムからの一言・・・。
「お前サマってば、本当に気が短くなっちまったよねぇ〜。」
嗚呼―――宜なるかな・・・どうやら、彼女が云っていたことの方が、真実だったようです・・・。
ヱリヤは、自分の足元に転がっている大男を見下しながら、後悔することしきりでしたが・・・それは後の祭り―――
けれども、プロメテウス軍の方にも意地があった為か、本国にこそ帰りはしませんでしたが・・・
初めに後退した地点より動くことはなく、戦線はここに膠着してしまったのです。
=続く=