一つの説として、王侯貴族などの上流階級の人間には、ある種の病気に苛まれると云う―――
而して、その病名こそは・・・「退屈」。
しかもこの病は、「風邪」や「腫瘍」などの、身体や生命を蝕んでいく病気ではなく、
寧ろ「鬱」や「躁」・・・或いは「ノイローゼ」などの、精神が蝕まれていく類の病気なのです。
その上、上記のような明確なモノではなく、どちらかと云えば「病」として区別されない曖昧なモノでもあったのです。
欲しいモノは何でも手に入り―――自分の気儘に行動を振る舞える・・・
しかしそれでも、心の奥底で満たされぬ感情があるが故に、他者から見れば「退屈」に見えるのです。
「公爵」も実際のところ、ここ数十年の間、そう云った兆候に見舞われてきました。
趣味であった「観劇」などの娯楽も、毎日のようであれば飽きてくるモノであり―――
そう云ったモノを紛らわせるために、「エンターティナー」の要素を取り入れた「格闘技」の「団体」を発足させ、
自身も選手として出場するなどして愉しんだり、また後進の育成にも励んでいたものでしたが、
最初の―――そう云った者達が十分育ってくれば、自分は「大御所」として重宝され、その内選手として出場するのも憚られた・・・
これ以上は何をしたらいい―――・・・?
唯一の楽しみを失わされて―――・・・
その次は何をしたらいい―――・・・??
そして、今にして思い起こさせられる・・・自分の父「大公爵」の処遇―――・・・
嘗ての「帝国」が、功労者である父に対してなされた処遇の「裏」に、父が為した「退屈の晴らし方」に問題があると知っていた「娘」は、
自分はそうならないようにしよう―――と、心に誓っていたものでしたが・・・
やはり、父から受け継いだ血―――「闘争を好む種族」としての「血」は、自分に囁きかけてくるのです。
「このままで良いのか―――」・・・と。
そんな時、大皇からの下知で、昔から親しくしている「友人」と、他所へ行けると云うのは願ってもないことでもありました。
けれど・・・躍進し過ぎてしまって、すぐに下知の事は済ませられてしまった―――
これでは、「友人」とゆっくりする暇もない・・・それどころか、この戦果報告を済ませに、本国へと戻らなければならない―――
折角、主である大皇が、気を利かせてくれたのに―――これでは本末転倒・・・
だからエルムは、未報告のままこの地へと逗留・・・迷う「友人」を誑し込み、容易にパライソへとは帰るまいとしていたのです。
それに・・・エルムは、大皇・ジョカリーヌからの「云い含み」を思い出していました。
「判っているね・・・。」―――その言葉は、往々にして多くの意味を含んでいました。
今後は、大国であるパライソが、他地域の覇権に口出しをしない為にも、一兵卒たりとも協力をしてはならない―――
その為に、上級将軍の地位を捨てさせ、無所属の兵卒として他地域の覇権に係わらせた・・・
つまりは、これが今回、大皇が張り巡らせた謀略の概要―――
この事を、付き合いの長い間柄でもあった彼女達は、詳しい説明を受けないまでも今回の下知を受理し、
またこの時に際しても、オデッセイア国に雇われた兵卒のように振る舞ってもいたのです。
第二十三話;Midnight−Darkness
それはともかくとして―――「友人」がオーレク橋の袂で果々しい戦果をあげていた・・・と、同じ頃。
イコン河に架かる橋の一つである「ベッシュ」で、プロメテウス軍を待ち受けていたのは・・・云わずと知れた「公爵」エルムなのでした。
しかもこの時―――なんと彼女は、プロメテウスの兵士達の前で、優雅にもお茶を呑むなどして、明かなる挑発行動を取り続けていたのです。
そんな誘いに乗じてきたプロメテウス兵に対し―――・・・
エ:フフフフ・・・私の、こんな安い挑発にかかってしまうなんざ―――あんた達も多寡が知れてるようだねぇ・・・。
だけど・・・このまま―――何もしないってのも芸がないから・・・さ、少しばかり遊んであげてもいいんだけどぉ?w
――〜我が影に組まれし 従う者共よ〜――
――〜盟約の主の声により その責務を果たす礎となれ〜――
「公爵」エルムは、言葉で嬲る―――
口から発せられる、普段では何の事でもない様なものが・・・
時と場合により、武器にすら匹敵する事もある・・・
その事をよく熟知した上で、彼らをより・・・一層憤慨させ、正常な思考を紡ぎにくくする方法に、エルムは長けていました。
そして―――愚昧な者達は、公爵からの煽りによって、彼女を討とうと躍起になる・・・
けれど、その事を見透かした―――いや、敢えてそうなるように仕向けさせたエルムは、自らの影に仕組ませておいた・・・通称を「従う者」と云う者達を喚起させ―――
群がりくる数多のプロメテウス兵達の相手をさせようとしたのです。
しかし―――召喚された「従う者」達は・・・
従:・・・ち―――喚び出されてみれば、また雑魚相手か・・・
従:へへ・・・まあ、仕方ねえじゃねえか、今のオレ達の存在自体が、こいつなしではいられねぇんだから―――なぁ・・・。
「でっ・・・巨い・・・!!」
「それに・・・なんだ―――あいつの身体の色は・・・」
エルムの影に組まれ、常に彼女からの魔力の補充なしでは、存在さえ儘ならない・・・
その内の一人を―――見上げれば小山のような巨躯の持ち主・・・「キュクノス」
そしてまたもう一人を―――見るからに自分達人間と異なる体色・・・暗赤色をした「フォルネウス」
そう・・・彼らこそは、過去にエルム達と激しく火花を散らし合った、「敵」の成れの果て―――・・・
そんな彼らの滅亡に際し、血や肉片などを自らの体内に取り込み、従属させる儀式によって自分を援助させるための「従う者」に仕立て上げたのです。
それに・・・彼らの意識レヴェルには、耐え難い屈辱がある一方―――他の「従う者」達とは一線を画す待遇があったのです。
それが、彼ら自身が生前持っていた、「技能」や「技量」などを損なわせず、保持させていたことにあるのです。
それは・・・エルム自身がお気に入りで、そうさせている面もあるのですが―――・・・一つ忘れてはならないのは、彼らが過去、なんと呼ばれていたか・・・そこにあるのです。
―――とは云っても、今は批判するよりも、存在自体が紡げられていることを感謝しなくてはならない・・・
現在の彼らの「主」とは、仮初めにもエルムなのであるし―――そんな「主」からの声がかかれば、否応なく応じなくてはならない・・・
そこには、厳しくも哀しい―――「主従の掟」が存在していたのです。
だが・・・彼らは忘れていなかった―――自分達の個々の能力が失われてはいなかったことを・・・
だから、「元」「七魔将」の「三傑」であるフォルネウスは―――・・・
フ:フン―――やはり気に食わん・・・あの放蕩没落貴族のエルムドアならばまだしも、その娘にオレが「飼われている」・・・だと??
エ:おやおや―――勘違いしてるんじゃないよ・・・フォルネウス。
あんた、誰のお陰あって、現在の自分があると思ってるんだぁ〜い・・・。
フ:五月蝿い・・・黙れぇえ―――!
つくづくお前達一族には反吐が出る・・・だが、一つ感謝する処があるとすれば、オレの能力を損なわせずにいてくれたことだ・・・。
詰めを誤ったな―――エルムドアの娘・・・このオレの能力を限定させておかなかったことが、お前の誤算だと知れ!
「フ・フ・フ・フ―――それでこそ・・・」
「それでこそ・・・だ・よ、フォルネウス―――」
「どうやら私のお眼鏡に、狂いはなかったようだ・・・」
「さあ―――愉しもうとしようじゃないか・・・「闘争」と云うモノを・・・!!」
なぜ―――どうして―――エルムがリスクとも云える、「能力の限定」を彼らにのみ施さなかったのか・・・
その一つの理由として、エルムは自身の退屈を紛らわせるために―――敢えて、自らの身を危険に晒そうとしたのではないか・・・
「退屈」と云うモノは、得てして能力の低下を招くモノである―――・・・
どちらかと云えば、ヴァンパイアの一族―――「大公爵」から連なる、血族である彼らの最も恐れていたこととは、
自分達の周囲りに、敵対・拮抗する者達がいなくなり―――
やがては能力の低下―――やがては希薄になり逝く闘争の矜持―――・・・
そして・・・滅亡―――
いや―――滅亡ですら生温い、その存在自体が有り得なかったと云う・・・「歴史上からの抹殺」―――
何かの書物の―――どんなにか安っぽい事が書かれているモノでもいい、端の方に載って、人々の記憶の断片に残りさえすればいい・・・
別に大事業を成し遂げて、有名人になろうとしているのではない・・・「私達はここに確かにいた・・・」と、云う事を、声高にして叫びたい・・・
ただ・・・後の世の人に、忘れられたくはない―――
そのことだけで、闘争を好む種族達は、今日もまた―――戦場を駈け征くのです。
=続く=