華奢な身を貫く衝撃―――・・・
エルムには、どうして自分達が・・・自分達を指揮し率いていた人物に、背後から襲われなければならなかったのか、全く理解できませんでした。
けれども、一つの事だけは、薄れ逝く意識の内で・・・朦朧としながらも判ってきました。
「今まで―――敬愛し、尊敬してきた人に・・・裏切られた・・・」
その事は、当時のエルムにしてみれば重大であり、口腔より、おびただしい量の血潮を吹きながらも・・・
しかも「前門の虎後門の狼」の状態であっても、自分達をこんな目に遭わせた嘗ての上司に、拳を向けたのです。
第二百六十八話;アキラメの拒絶
エ:がはっ―――! ぐふっ・・・
ど・・・どうして―――どうしてなのです・・・なぜなのです! キュクノス審問長!!
なぜ・・・あなたが―――・・・
キ:これが運命―――だからよ・・・エルム。
そう云うお前も、ワシの事を疑っていたのではないのか。
エ:(!)そ・・・それ―――は・・・
キ:「疑っていた」・・・だからこそ、ワシに対しても拳を向けるのであろうが!?
無理にでも捻じ曲げた理屈を前面に出し、自分を正当化しようとする者の言葉に、エルムは愕然としてしまいました・・・。
「まさか・・・まさか私は・・・今まで・・・こんな人の為に身も心も捧げ、忠誠を尽くしてきたと云うの?」
「赦せない・・・それに、今まで苦楽を分かち合って来た筈の仲間達でさえも、こんなにも簡単に手に掛けれるなんて・・・」
愛が深ければ深いほど―――反転した時の憎しみは、より深く激しいモノとなる・・・
その「教え」の通りに、今のエルムにはキュクノスに対しての憎悪が渦巻いていました。
そして・・・前に倒された仲間達の仇を取る為、身構えはするのでしたが・・・
エ:(!)ぐうっ―――! ゴホッ・・・ゴホ・・・
(ま・・・拙い・・・折れた肋が、肺に・・・刺さって・・・)
キ:(・・・)フフフン―――苦しそうだなぁ? エルム・・・
そぅら! もっと苦しめてやろう!
自分の身体の異状を気取られ、更なる追い打ちを加えられ・・・悶絶してしまうエルム―――
なぜ・・・なぜもっと早くに楽にさせてくれないのか―――・・・
エルムには判らない・・・
美女が血を吹き、苦しみ悶える様こそが、「魔皇」に捧げられる極上の供物であった事など。
それでも気丈に・・・目の前は霞み、足元をふらつかせても、抵抗を試みようとするエルムの姿に・・・
フ:ふむ・・・素晴らしい!
今のお前に満ち満ちている憎悪の表情・・・やはり、清く気高き者を穢した時に得られるモノは、そそり立つモノがあるわ!!
エ:(くぅ・・・っ!)こ・・・これ以上・・・お前達の好きな様には・・・させないっ!!
僅かに残る少ない力を振り絞り、キュクノスとの相打ちを狙おうとするエルム・・・
しかし―――その抵抗は、最早遅過ぎるほどに遅過ぎたのでした・・・
キ:カァ〜ッカッカッカ! こそばゆいわ・・・エルム・・・
エ:ああっ―――!!
キ:その技は、確かに己の命と引き換えに―――と、伝えたが、今のお前の残り少ない命の炎では、ワシには蚊が刺したほどにも感じぬわ・・・
どうだ・・・もう立ち上がる気力すらも残ってはいまい。
エ:(・・・)わ・・・私―――は・・・お・・・お前・・・を・・・赦さない・・・
赦すわけにはいかないっ―――!!
フ:ほぉう―――あの状態から立ち上がるとは・・・これは面白い。
キ:中々見上げた根性だ―――エルム・・・
だが、もう・・・お前も辛かろう、せめてもの情けだ、ワシの奥義で―――冥府へと旅立てぇい!!
『――蒙古覇極道――』
立っているのもやっと・・・しかしそれでも、エルムを襲った衝撃は、今まで以上に強力でした。
盛り上がる肩を前面に突き出し―――まるで猛牛の様に突進してくるキュクノスの奥義・・・
そんな技を、受け切る体力も気力も尽きかけていたエルムは―――
それ以上の表現が見当たらないほどに、軽々しく宙に舞い上げられ、そこから二度・・・三度・・・
そして終には、頭から地面に叩きつけられてしまったのです。
こうして、その聖職女の苦悶と憎悪と絶望の感情を、総て手に入れたカルマ達は、
最早こんな、何の用もない土地から離れて行ったのです。
しかし・・・実は―――・・・
このあと、本来紡がれるはずの歴史に、少しばかりの差異が生じようとは・・・
そう・・・この時代からしてみれば、「未来」から来た―――「彼女達」が・・・
このとき偶然にもリリア達は、今回惨劇が繰り広げられた、この町へと入り・・・
そこで、惨劇の結末だけを目にしてしまったのです。
リ:(あっ??)あそこに人が―――いや、あそこだけじゃない、他にも・・・
市:一体何がここで・・・
玉:(・・・)ふぅむ、いかんな・・・
全員が全員、無念の死を遂げておる所為で、不浄の情念が渦巻いておる。
蓮:なんと・・・では―――・・・
玉:うむ、恐らくこの者達は―――・・・
(む?)あそこにおるのは・・・
リ:エル・・・エルムさん?!!
市:ええっ?!
蓮:なんですと?!!
数名の、同じ衣装を纏った者達の残骸・・・その内でリリア達が目にしてしまったのは、本来の自分達がいた時代でも知っている、ある恩人の無残な姿なのでした。
しかも―――・・・
玉:むう・・・このままでは拙い―――このままでは、死んでしまうやもしれぬ。
リ:でも・・・あれ? だったらなんでエルムさんは―――
玉:わしが知っておる道理ではな、「不死者」となるには、生命の灯火が尽きかけるまでに、そうした術を修めねばならん・・・
じゃが、今のエルム殿では―――・・・
ここは已むをえぬかもしれぬが、手を加えねばなるまいかのう・・・
そう・・・本来あるべき歴史ならば、エルムはキュクノスの奥義を受け、苦悶と憎悪と絶望の間で絶息をしていなければならないと云うのです。
ところが・・・こうした、「イレギュラーな者達」の手を介することにより、僅かながらも生き永らえれられたとしたら・・・?
それに―――・・・
リ:(?! この気配・・・)
玉:(! 僅かながらに・・・磁場が歪んできておる・・・?)
市:(それに・・・この・・・強烈なまでの気中り!)
蓮:(相当の武の持ち主と見た!)
四人とも言葉を交わさないまでも、この場所に―――余程の実力者が往来するのを感じていました・・・。
しかもそれは―――
大:いい―――臭いだ・・・
男が斬り殺される臭い・・・ 女が嬲り殺される臭い・・・ 子供が突き殺される臭い・・・ 老人が焼き殺される臭い・・・ 獣が屠られる臭い・・・
そして・・・「死」の臭い―――・・・
フ・フ・フ―――ここで、余の欲求を充たすだけの闘争が行われたと感じたモノであったが・・・
どうやら一足遅かったようだ・・・な。
畏るべき事を口にし、何よりも良質の「闘争」を好む「その存在」こそ―――・・・
ヴァンパイア・大公爵・エルムドア=マグラ=ヴァルドノフスク―――・・・
この彼の気配を察したからか、玉藻前は後世の歴史に影響を与えてならないとし、早急にリリア達に物陰に隠れるよう促せたのです。
(しかし・・・実は、この時点でも既に後世の歴史に影響は与えていたのである。)
(なぜならリリア達は、「この時代に存在しない者達」であり、そうした存在が、「この時代に存在している」エルムと遭遇してしまったと云う事は・・・?)
(けれども、「後世の歴史」のあり方が、「こうした出来事」を総てひっくるめて―――と、したなら・・・?)
そして・・・運命は交錯する―――・・・
今ここに・・・一つの闘争に敗れた者と・・・闘争嗜好者が出会う―――と云う事実・・・
大:(ほう・・・この者から、余が感じていた極上の・・・良質の闘争の感触がする・・・)
だが・・・まだ死にきれておらぬようだな―――さて、どうするね・・・マドモアゼル。
すぐにでも、楽にして貰いたいかね・・・それとも―――・・・
なんと、偶然か必然か・・・闘争嗜好者である大公爵は、一つの闘争に敗れ・・・死の淵をさまよっていたエルムに近付き、
彼女に・・・未来の選択を迫ったのです。
そう・・・それは「選択」―――
あとは死を待つだけの彼女に対し・・・これから 生きるべきか死ぬべきか ―――その選択を迫ったのです。
するとエルムは―――・・・
エ:ぅ・・・ぐふっ・・・
ゆ・・・赦さ・・・ない・・・わ・・・私・・・は、あいつを・・・赦す・・・わけ・・・には・・・・いかない・・・!
私達・・・の・・・気持ちを・・・踏みにじり・・・カルマ・・・に・・・与する者を・・・赦しておくわけ・・・には・・・いかないっ・・・・!!
喩えっ・・・この身が・・・っ・・・!!!
大:フフフ―――諦めきれぬ・・・か。
それで? 覚悟はあるのかね―――
エ:覚・・・悟・・・?!
わ゛だじは・・・っ! あ゛い゛づに復讐を゛―――み゛ん゛な゛の゛復讐を゛はだせる゛なら゛っ・・・
人間でなぐでも゛い゛い゛っ―――たとえ゛っ・・・この血の゛一滴が・・・枯れ果てようとも゛っ―――!!!
大:フフフ・・・ハハハハ―――!!
善い・・・実に善い覚悟だ・・・!
その通りだ、マドモアゼル―――
「諦めが人を殺す」・・・
だが、その諦めを拒絶した時、「人」は人道を踏破する権利を得るのだ。
マドモアゼル・・・名は?
エ:エルム・・・エルム=シュターデン=カーミラ・・・
大:そうか・・・ではエルム、汝はこれから、余の「娘」となるのだ―――
そして共に・・・「父」である余と共に、良き闘争を紡ぐのだ!!
こうして・・・大公爵エルムドアは、この時点ではまだ人間だったエルムの首筋に牙を立て、
彼女の生を・・・生命の等価である「血」を吸い尽くしたのです・・・。
そして、この事は同時に、新たなる契約の下―――「真祖」となった、エルム=シュターデン=カーミラの出現となったのです。
けれど・・・彼女は未だに知ろうはずもありませんでした・・・
これから・・・自分の身に起こって行く、数々の運命の事など―――・・・
=続く=