か細い首筋に―――鋭い牙を突き立てられ・・・

今まで自分の身体の(なか)に流れていた、生温かい血を吸われて逝く美女・・・

 

一瞬の恍惚―――そして快感・・・

身体内(か ら だ)を・・・脳内を巡る「生体麻薬(ア ド レ ナ リ ン)」が、過剰に分泌されていたからか・・・

その美女の、生命の灯火が消えた頃には、それまでに感じていた一際の(いた)みは、感じなかったと伝えられるのでした。

 

 

そして―――・・・次にエルムが目覚めたときには、今までにも寝かされた事のなかった、フカフカの寝台の上・・・

見れば・・・部屋の(なか)は、豪華な装飾が施された「豪邸」の様式(そ れ)に、エルムは・・・

もしかすると自分は、未だ夢見心地であり、童話の世界に引き込まれたモノと思い、

そこで自分の頬を思いきり抓って見ると・・・

 

 

 

エ:痛っ―――

  ゆ・・・夢じゃ・・・ない? ・・・と、云う事は、私―――は・・・

 

 

 

「痛い」と云う感覚がある為、自分が今実感している事は、「現実」そのものである事を、エルムは認識をするのでした。

 

ですが―――・・・エルムは、マハトマ教の信者の一人であり、何よりその立身は、以外にも同教会が併立させている「孤児院」の出身者だったのです。

 

だから・・・自分が・・・こんな裕福な暮らしができるモノとは、思ってもみなかった・・・

―――と、するならば、なぜ自分が、こんな処遇に置かれているのか・・・疑問になってくるのです。

 

そこで取り敢えずは・・・用意されていた服飾に着替え、豪邸内を散策するエルム・・・

 

 

 

エ:(広いわ・・・けれど寒い・・・

  お金持ちの人は、寒さも暖かさも思いのまま・・・と思っていたけれど・・・総てがそうではないのね。)

 

 

 

季節は―――寒い冬は過ぎたと云えども、未だ寒さが抜けない春初頭・・・

しかしエルムは、この豪邸の持ち主が、自分が知っている様な―――「暖炉」等を駆使して屋外の寒気から身を護っているのではない事を知りました。

 

豪華で広大ながらも―――どこか寒々しい・・・

けれど実は、この豪邸の持ち主の人格が「そう」だとしたら・・・?

 

すると―――・・・

 

 

 

誰:ほぉう―――ようやく目覚めたか・・・我が娘よ・・・

 

エ:(娘・・・?)

  いえ・・・私は―――

 

 

 

第二百六十九話;私は・・・身寄りのない、たった一人の「孤児」なのです。

 

 

 

エルムがそう云いかけようとした処、その言葉は咽喉の奥に呑み込むしか他はありませんでした。

 

驚くほどに蒼褪めた顔色(がんしょく)・・・その顔色とは裏腹に、紅く燃え盛る眸・・・

それに、本来エルムは、余り異性に興味を示しませんでしたが・・・

そんな彼女ですらも、惹き込まれそうになる美貌に、魅力を兼ね備えた男性が・・・

 

しかし、この男性に見覚えのないエルムは―――・・・

 

 

 

エ:あ・・・あの・・・あなた―――は??

 

男:フフ・・・未だ認識はされてはおらぬ・・・か―――難儀なモノだな。

  汝は、余との契約により、新たに余の娘となったのだよ―――エルム=シュターデン=カーミラ・・・

 

 

 

「あなたの・・・「娘」?」

「蒼褪めた肌・・・?」

「鮮血を思わせる真紅の眸・・・?」

「口唇から覗いて見える・・・「牙」を思わせるかのような犬歯・・・?」

「まさか・・・まさか、「この人物」・・・って??」

 

未だ霞がかかった頭の中でも、宗教人だったからこそ判った事がありました・・・

 

そう―――「この人物」こそは、忌むべき者・・・「ヴァンパイア」

 

しかし?

 

次第にエルムの方でも理解し始めたのです。

 

そう・・・そんな「彼」から、「娘」と云われた「自分」こそも・・・

 

 

 

エ:そ・・・そんな??! わ・・・私―――が・・・ヴァンパイア?

  ウ・・・ウソでしょ? ど・・・どうして敬虔なマハトマの信者である私が・・・

 

大:(・・・)その事を覚悟の上で―――とのことであったと思ったのだが・・・

  判らぬモノだな・・・人間と云うモノは。

 

  だが、その事は今はよい・・・余と共に来るのだ、会わせたい者がいる・・・。

 

 

 

「笑えない冗談」・・・

自分がヴァンパイアとなってしまうまでに、どんな出来事があったかは知らないけれど、

まさか自分が、教会の教義に反している存在に成り下がってしまうなんて・・・

 

しかし・・・そう―――エルムには、ヴァンパイアとなってしまうまでの直前の出来事の記憶が、失われていたのでした。

 

ですが、そんなエルムの状態がどうであろうとも、「大公爵」には関係のないこと・・・

それに、彼にしてみれば、喩え成り行きとは云えども、「後継者」が出来たと云う事は僥倖であり、

その「お披露目」に・・・と、とある場所を訪れたのです。

 

そう・・・エルムドア大公爵自身が所属をする、「シャクラディア帝国」の皇都・・・

 

 

 

エ:あの・・・ここは?

大:うん? まあ・・・ここで待っていろ、すぐに呼んでくる。

 

エ:あ・・・ああっ―――!

  ・・・行っちゃった―――・・・

  でも・・・「待っていろ」って云われても、こんな不案内な処・・・不安だわ。

 

 

 

差し込む光も(まばゆ)い―――「皇」の居城「シャクラディア城」・・・

しかし、エルムにしてみれば、実際にも見た事も来た事もなかったので、気も(そぞ)ろ・・・だったようです。

 

しかも、そんな処に一人残された事も手伝ってか―――・・・

 

 

 

エ:(ああ・・・それにしてもどうして私・・・ヴァンパイアになっちゃったんだろう・・・)

  (私の身に、何があったかは判らないけど・・・こんな事になるくらいなら、いっそ死んだ方が・・・)

 

 

 

「現在の自分」が享受できないからか、「現在の自分」を否定し、こうなってしまった経緯を悔いるエルム・・・

そして自分の眸からは、大粒の涕が溢れ・・・

 

 

 

エ:(「涕」・・・? フフ―――なんだ・・・私、ヴァンパイアになっても、泣く事は出来るんだ・・・)

 

 

 

てっきり、血も涕もない化け物の類になってしまったかと思われたモノでしたが・・・

(いた)み」も感じる事は出来るし、また哀しくもなれば「泣く」事も出来る・・・

その事を感じ、少しばかり安堵をするのでしたが・・・

 

そんな、一喜一憂をしているエルムを見ていた、見かけも成人女性の存在が・・・

 

 

 

誰:ねぇねぇおねえたん、だいどぅぶ?

エ:(え・・・?)あなた―――は??

 

 

 

それが、その成人女性の特性なのか・・・

舌足らずで、知性の欠片も見当たらない―――まるで幼児の仕草(そ れ)・・・

外見とは全く不釣り合いな、無邪気な存在にエルムはしばし戸惑うのですが・・・

 

 

 

エ:ええ〜と・・・その??

誰:おねえたん、さっきないてたよね?

  そえであたち・・・おねえたんにでんきだしえもやをうとおもて・・・はい!

 

エ:(あ・・・)お花―――これを私に?

誰:うんっ! あたち・・・おねえたんのわやうあおがみがくえ・・・

 

エ:ウフフフ―――そう・・・ありがとうね。

 

 

 

この・・・「外見とは不釣り合いな成人女性」の、思わずも思いやりのある行為に、エルムは胸が詰まりました・・・。

 

「初めて会うはずなのに・・・そんな私に気を遣ってこの子は・・・」

「この子なりに、精一杯を尽くしてくれようとしている・・・」

「それなのに・・・こんな子に、ここまでの心配をさせてしまうなんて・・・私ってダメな大人ね・・・。」

 

 

それは・・・まさしくの、「運命の出会い」でした―――

 

それと云うのも、この「外見とは不釣り合いな成人女性」こそ、エルム生涯に措いての―――・・・

 

そしてそのことは、彼女達の「親」である者達の間で交わされている会話に、要約されていたのです。

 

 

 

誰:お前が来るとは珍しい・・・

  だが、その様子だと、お前の理念(コンセプト)に合った者が見つかったと云うことか、マグラ・・・。

 

大:まぁ・・・そう云う事だ、ラゼッタ。

  それで、あやつはいるのか。

 

ラ:(!)お前っ―――! あの方に対し、「あやつ」などと・・・

  いつからお前は、そんなに偉くなったと云うのだ。

 

  (・・・)まあいい、それで、そいつは私の娘―――「ヱリヤ」に会っているのか。

 

大:その手筈なのだが・・・心配なら、見に行ってみるかね?

 

ラ:(〜〜)皮肉を云うな・・・。

  それにあの子は、本来ならこの世に産まれてくる事などなかった・・・。

  「私」と云う個体しかいなくなってしまった私の種族は、私自身が「両性具有」・・・「雌雄同体」ではない限り、この世に存在しえない処だったのだ。

  それを・・・お情けも同然で、あの方々が保有していた、私の種族の先祖に当たる存在の、冷凍保存された精子を使い、どうにか種の絶滅は免れた・・・

  だが―――忌むべき事に、あの子が・・・産まれ落ちた時には・・・総てに措いて未熟だったのだ・・・。

  いや・・・母体であるこの私が、先祖の遺伝に耐えられないほど、劣っていたのだ・・・。

  だからこそ、何れの能力に措いても未発達のまま・・・

  それを・・・私は・・・あの子可愛さに、つい手を差し伸べてしまっている―――・・・

 

大:フ・・・それこそが、親のあるべき姿だ―――と、思うのだがね・・・

 

 

 

そう・・・この時、エルムに会っていた「外見とは不釣り合いな成人女性」こそ、後世に措いてもエルムの唯一無二の親友である、

ヱリヤ=プレイズ=アトーカシャ―――だったのです。

 

そして今の、エルムドア(マグラ)とスターシア(ラゼッタ)の会話の内では、

ヱリヤが産まれてきた経緯を示したモノでもあったのです。

 

そうしている内に・・・良好な関係を築いているか―――の確認をする為に、待ち合わせ場所に来た処・・・

 

 

 

ラ:遅くなってしまった―――な(???)

 

大:なにをしているかと思えば・・・何をやっているんだ、あんたは。

 

誰:ああ〜〜いや、ははは・・・・

  どうにもこの子が泣きやまなくて〜〜なんだかこっちの方が泣いてしまいそうだよ・・・

 

エ:(!)もしかすると―――・・・あ、やっぱり・・・

  あの・・・誰かおしめの替えを持っていませんか?

 

ラ:「おしめ」・・・ああ―――替えなら持っているが。

 

エ:すみません、ではそれを・・・

  それにしても・・・用意が良いですね、お若いのに感心です。

 

ラ:(・・・)「感心」もなにも、私はその子の親なのだが。

 

エ:ふぅ〜ん・・・そう―――・・・

  (・・・)え? 親?? ・・・って、あなた、そんな幼い身体で―――

 

誰:それにしても・・・手際が良いね。

 

エ:え? ああ・・・まあ・・・私は孤児院出身ですし、小さな子の面倒をよく見ていたモノで・・・

 

ラ:それより・・・どうしてこうなってしまったのだ?

 

誰:ああ―――実はね・・・

 

 

 

てっきり、二人とも打ち解け合っている・・・「だろう」と思っていましたが、なぜか「外見とは不釣り合いな成人女性」が泣きじゃくっており、

そんな幼女一人にうろたえている美女・・・

 

しかしこの美女こそが、これからスターシアとエルムドアが、自分達の「娘」をお目通ししようとしていた人物であり、また「君主」同然の人物だったのです。

 

ですが・・・突如泣き出してしまった「外見とは不釣り合いな成人女性」に、どう対処していいやらも判らず、慌てふためいていたのですが・・・(半ベソ状態w)

エルムの方は、なぜ「外見とは不釣り合いな成人女性」が突如泣き出し、今もなお泣き止まないのかの原因に心当たりがあった為、

周囲の大人達が関心をする程の手際の良さで、外見とは不釣り合いな成人女性の不始末の処理を終えたのです。

 

それから色々と驚かされる事はあったようですが・・・

 

今一つ判らないのは、どうして自分達の「君主」が、自分達よりも先んじて、これから会わせる予定であるはずの者達に会っていたのか・・・

興味は尽きないのでした。

 

 

 

 

=続く=

 

 

 

 

あと