盛る業火の中で―――高らかに笑う魔人の声・・・

プロメテウス兵の目には、後世に「焔帝」とまで称されたヱリヤの姿は、その様に映ったモノでした。

 

本来ならば、共和国軍先陣を壊滅させられるだけの業火―――

それが、そのとき偶々(たまたま)居合わせた女騎士の特性によって、この計略は無駄に終わってしまったのです。

 

そして、先程までは、この計略に誘う為に偽りの敗走をしていたプロメテウスの兵達は、今度は本当に逃げ惑っているのでした。

 

そんな、敵軍の混乱ぶりを見逃さなかった蓮也は、突如現れたヱリヤと共にプロメテウス軍を蹴散らし、

そのまま「ザンジバル平原の戦」は終結してしまったのです。

 

第三十三話;大陸統一

 

けれどもそう・・・この時、共和国軍が打ち破ったのは、プロメテウスの正規軍ではありませんでした。

 

云わば隷属―――云わば強制―――

 

つまり、その軍を構成していた兵士のほとんどは、自分達の意志に関係なく、無理矢理プロメテウス軍の鎧を着せられ、

親・兄弟・友人である同郷の人間達を殺さなければならなかった―――・・・

 

しかしそれは仕方のなかった事―――

そうしなければ、自分達がプロメテウス国の王―――通称を「酷王(こくおう)」と呼ばれたる、ゼンウ=メフメト=ゲルトフォルグ・・・

この人物に「殺される」と云う、確約があったのです。

 

だから当然、「ザンジバル平原の戦」に敗れて、おめおめと自分の前に戻り、命乞いをしてきた(とりこ)の兵とその指揮官を、全員吻刃にかけ――

見せしめのため、彼らの生首を陣外に晒して見せたのです。

 

そう・・・この「酷王(こくおう)」なる人物は、虜の兵がどうなろうが知った事ではなかった・・・

ただ彼は、(おのれ)の気の向くまま、同郷の人間同士を殺し合わせ、愉悦に浸る事が出来る冷酷非情の人間だったのです。

 

それに、プロメテウスの正規軍は、共和国の人達が思っている以上に、卑劣で―――残虐で―――冷酷で―――狡猾でした・・・

 

しかも彼らは、共和国が乾坤一擲にと臨んだ「ザンジバル平原の戦」ですら、共和国軍を誘い出す為の囮でしかないと認識をしていた・・・

と、なると、プロメテウス正規軍の本隊は今どこに―――?

 

その一つは、ホーゲン街道を南進し・・・旧サライ国王城―――とどのつまり、現サライ・オデッセイア共和国の都城ともなっているユーニス城を攻略する為に、酷王(こくおう)・ゼンウ自身が率いる本隊と、

もう一つは、ケンム街道を東進し、旧オデッセイア国の王城でもあったノーブリック城を目指す、酷王(こくおう)・ゼンウの右腕―――将軍・シユウが率いる分隊が・・・

 

つまり彼らは、自分達の国家が保有する、強い軍事力を背景に、今度こそ本気でサライとオデッセイア両国家の併呑を視野に置いていたのです。

 

しかしこれでは―――最早両国家の命運は、風前の灯火か・・・と、思えば―――・・・

 

 

 

ラ:ふふん―――やっと来おったか、余りに遅いんで、百年先延ばしにしたのかと思ったぜ・・・

 

 

 

将軍・シユウが率いる分隊の前に現れたのは、「黒狼」ことラスネールでした。

彼は、この世に生を受けて数百年―――その永い年月の間に、刻み込まれた知識に経験がありました。

それに今回、酷王(こくおう)・ゼンウが、自らが保有する強兵を、二手に分ける事は、戦経験の豊富な「彼ら」にしてみれば、看破することなどものの数に入らなかったのです。

 

つまりは―――そう・・・酷王(こくおう)本人が率いる本隊の前には、あの人物が・・・

 

 

 

べ:フッ―――フフフ・・・それにしても、なんともお粗末な計略です。

  その程度の軍をして、二つに割こうなどとは・・・軍略を語るにしても、余りにもお粗末すぎます。

 

 

 

両者とも―――城外にて、たった単身でプロメテウス軍を迎え撃とうとしている・・・

それに、自分達が率いる強兵の軍隊を軽く見られたと思ったので、これからの景気づけに・・・と、精鋭部隊を当たらせてみたのですが―――

なんとその精鋭部隊は、彼らに軽く捻られてしまった・・・

 

しかも彼らからは、どこか挑発めいた仕草まで繰り出してくる始末―――・・・

そこで今度は、名のある将校が率いる部隊を二つほど当たらせてみた処・・・

心配する文言を書き連ねた書状を添えられてまで、云わば半ば同情をされて引き揚げさせられてきた・・・

 

ここにきてようやく、酷王(こくおう)は思う処となり、一度自分達の国の都である「ビウ」に戻り、体勢を立て直した上でもう一度侵攻戦を仕掛ける・・・

そのはずでした―――

しかし、その時にはもうすでに遅し・・・自分達が国の都としていた「ビウ城」は、自分達が出師(す い し)をしている間に何者かに―――

 

難攻不落として知られる名城でも、主が不在の時に攻め込まれればいかに脆いか。

そして今度は、自分の城の堅牢ぶりを、自分達自身が味わわされることとなったのです。

 

そんな・・・途方に暮れている、この城の元の持ち主を、眼下に捉えたリリアと蓮也は―――

 

 

 

蓮:それにしても―――リリア殿の申し分の通り、以外に呆気なかったでござったな。

 

リ:それはな、実に簡単なことなんだよ―――蓮也。

  今回の、ザンジバルであった戦い・・・アレがもし、奴が私達を完膚なきまでに叩き潰す目的で、奴自らが正規軍を率いていたなら・・・こんな結果には終わらなかっただろう。

  だが奴は、余りに自分達の国の軍事力を過信し、その上に慢心をしていた―――だから、あの戦いに虜の兵を投入すれば、私達との戦線は膠着するだろうと考え、

  その隙に「ユーニス」と「ノーブリック」を陥落(お と)せば、ザンジバルで戦っている私達もろとも粉砕できる―――これが奴の描いていた構想なんだろう・・・。

 

  けどな、こっちには力強い味方がいたんだ―――そのお陰で、私達は生を拾う事が出来た・・・

 

  だが、奴らはそのことも判らずに、軍を二つに分け、おまけにこの城を防衛する者達は、私達の国から(さら)ってきた連中・・・

  だからなのさ、私が送った書状によって、この城を明け渡してくれたのは・・・

 

 

 

プロメテウス都城「ビウ」―――この城は「天蓋要塞」で、正攻法の城攻めなら、まず間違いなく多大な犠牲を払わないと陥落させられなかった・・・

 

けれど、酷王(こくおう)が自分達を滅ぼす為に全軍をもって戦を仕掛けてきたなら―――

恐らくこの城には、いたとしても自分達の国から(さら)ってきた「虜の兵」しかいないだろう―――

 

リリアのこの読みは的中し、城内に一つの書状を投下するや否や、難攻不落の城は、瞬くの間に無血開城してしまったのです。

 

 

しかし、この事態を知って腹の虫が収まらないのは、プロメテウス酷王(こくおう)―――ゼンウ・・・

この一報を聞くと、知らせた伝令をすぐさま斬り殺し、自分の城を奪った空き巣の様な連中を(みなごろし)にすることを誓ったのです。

 

とは云え・・・問題は、この城をどうやって攻略するか―――

 

元々城の構造は、外から攻め(にく)く―――内から護り易いのが典型的であるので、容易に陥落(お ち)ないであろうことは、薄々酷王(こくおう)・ゼンウには判っていました。

 

だから、そこで酷王(こくおう)は考えたのです。

城を占拠した愚者共の一掃と、再び自分の手に戻す挽回の策を―――

ところが、酷王(こくおう)の考えがまとまりもしないうちに・・・

 

 

 

ゼ:―――なんだと? 籠城戦ではなく、わざわざ野戦に・・・?

 

 

 

酷王(こくおう)・ゼンウにしてみれば、耳を疑いたくもなるような、向こう側からの打診・・・

わざわざ優位な立場を捨ててまで、苦境の道を歩まんとするその姿勢・・・

 

我が軍隊が侵攻すると聞こえただけで、震え縮こまっていた連中が―――

常勝無敗である我が軍隊と、野戦で決着をつけようなどと―――

 

そんな・・・不敵とも思える挑戦状を―――敢えてゼンウは受けて立ちました。

そして、自分の不在を狙って占拠した空き巣連中が、半ば不利とも思える野戦に持ち込んできた動機も、(あなが)ち間違った認識の下―――程度にしか認識していなかったのです。

 

そんな中・・・要望に応じ、野戦の場に出てみれば―――

相手は、一人の・・・それも女性―――

 

その事実に、ゼンウは一笑に付し―――それと共に、女騎士めがけて単身で斬りこんできました。

 

そう・・・今のゼンウの(なか)には、最早「(いきどおり)」しか有り得ませんでした。

自身で自負する「最強」の自尊心を傷つけられ、騎馬を利用しての突撃力と、得物である大剣を振るう際に生じた遠心力を利用して、その真紅の女騎士を両断しようとしました。

しかし、相手も()る者―――女騎士自身の得物である真紅の鑓で応戦し、両者手に汗を握る、古今稀に見ない好試合となったのです。

 

その内に、ゼンウが騎乗する馬がやられ、地上戦で決着が問われようとしていた時、不意に鍔迫り合いになりかけ―――

するとゼンウが懐中から短剣を取り出し、女騎士の豊満な胸元に兇刃を突き立てたのでした。

 

 

 

ゼ:グワハハハ―――()ったぁ〜! 愚か者めが、(おのれ)の分を(わきま)えずに、このオレと刃を交わそうとするからこうなるのだ!!

 

 

 

確かに―――手応えは感じました。

それに、実際的に有視で確認しても、ゼンウの兇刃は、女騎士―――ヱリヤの胸元深く突き刺さっているようにも見えたのです。

 

そう・・・確かにそう見えてはいたのです―――

 

それにゼンウは、まだ更なる犠牲を求めようと、冷たい躯に突き立っている自分の短剣を抜こうとしたところ・・・

 

 

 

ゼ:グフフフ―――・・・うん? な・・・なんだこれは!

 

 

 

不思議なことに、ゼンウの短剣は、目で見えていた部分だけを残し―――そのほとんどは無くなっていたのです。

いや―――実際には、「消失」はしておらず、鋼の刃がヱリヤの外皮に接触したのと同時に、彼女の高熱なる体温のお陰もあって融解(と け)てしまっていた・・・

それに―――・・・

 

 

 

ヱ:フ・フ・フ・フ―――剣呑、剣呑・・・

  まさか、そんな小細工を弄してくるとは思わなかったので、な。

  いきなりだったので対処が遅れてしまった・・・

  ついては、先程のこの位置よりのリテイクを申し込みたいのだが・・・いかが―――かな。

 

 

 

こちらとしては、大真面目に「活きる」か「殺す」かの真剣勝負―――の、はずだったのに・・・

それが向こうは、気を紛らわす程度の遊興感覚だった―――・・・

 

それに、確実に生命を奪ったはずだった短剣での一撃も、ヱリヤにしてみれば戯れにも満たないものだった・・・

 

その時、産まれて初めて、ゼンウは「恐怖」と云うモノを感じました。

そしてそれが「本能」であるということも・・・

 

今、自分の前に立っているのは、自分を「敵」ですら思っていない・・・

もし、自分を「敵」と見初(み そ)めれば、そこにあるのは「確実なる死」―――

 

今までに、自分が、サライやオデッセイアの人間達に与えてきたことを、

今度は自分が味わわされようとしている・・・

 

生命(い の ち)の軽さ―――・・・

圧倒的な強者の前に晒された、弱者としての運命―――・・・

それをゼンウは今、全身に感じていたのです。

 

その事を自覚したゼンウは、自ら率先して武器を放棄し、この時点をもってプロメテウスはサライ・オデッセイア共和国に全面降伏―――

ここにこうして、サライ・オデッセイア共和国は、エクステナー大陸全土を統一するに至ったのです。

 

 

 

 

=続く=

 

 

 

 

あと