それは・・・どこからともなく流れてきた、二人の旅人でした―――
この二人組の旅人は、「男」と「女」であり、二人とも堂々たる体躯の持ち主でした。
しかし、慣れない風土―――加えて、かなり遠くから来たものと見られ、二人とも疲労は極度に溜まっており、特に女性の方は深刻と云えました。
その原因と云うのも、この女性、普通よりも大振りの剣を携帯していたのですから。
それでも、男性は女性の身を案じており、曲がりなりにも野宿などはせず、どんな肋屋な建屋でもいいから、無事に身体を休められる場所を探していたのです。
なぜなら・・・この二人は、「夫婦」なのですから。
第三十五話;流浪者
前のお話しで、リリアの改革論に是非を問うた、反対(保守体制)派の官吏達が居ましたが、
以前にも見られなかったリリアの正論―――加えて、この国の正統の統治者であるソフィアからの擁護もあり、
次第とそちらの声は抑えられて行くのでした。
それに、「急進的」とも取られなくもないリリアの改革も、ふとしたことから知った「世界情勢」のあり方から、
もしかすると自分達の国は、非常に遅れているのかもしれない―――とした、リリア自身の「焦り」もあり、
喩え、反対(保守体制)派が多数を占めようとも、断固として推進する意志は持っていたのです。
そして―――そうした反対派の官吏達との押し問答の最中、リリアが訪れるようにと薦めていた「先進国」から、
戻ってきた「ある人物」に対し、例の国がどんな印象だったか、改めて質してみると・・・
ソ:確かに、あなたがこれからしようとする事を、何も知らない者達からしてみれば、戸惑いだけがあるように感じますけれど・・・
ですが、なるほど―――あなたが感じていた「焦り」にも似た感覚、あなたが行ってみるようにと薦めた国にて痛感してまいりました。
そして・・・今まで疑うことなく、日常的に「常識」としてきた私達の「それ」が、「世界」の国々の内でどんなにか遅れている事も実感としてきました。
だからこそ・・・私達の国も、変わらなければならない―――それが喩え、今まで私達が「常識」としてきたこととは、かけ離れた事であったとしても・・・
それに、一部の人達は、あなたの「改革」に対し、「急進」「革新」だとか云いますけれど、
間違ってはならないのは、この「改革」は、まだまだほんの「序の口」に過ぎません。
いくらリリアさんでも、「効き目の強い薬」を使用するのは、「劇薬を投ずる」にも似た感覚にあったのでしょう・・・
ですから、その最初期において、妨げをする行為は、「共和国」の女王であるこの私の権限において禁止とさせて頂きます。
ソフィアもまた、「凡庸」で終わる人間ではない・・・そのことを見抜いていた為、リリアは当時として最先端を征く「先進国」の有り様を見届けるよう薦めたのです。
その結果、リリアの思惑通り、自分とは付き合いの長い幼馴染も、「大皇」の人柄や考え方に感化され、自分が描く「計画」の出発点に、ようやく立つことが出来た・・・
そんな時に起こった出来事だったのです。
「大丈夫か・・・」
「ええ・・・もう、心配いりませぬ。」
「そうか、では参ろうか。」
少しばかり体調に快復の兆しが見えたので、旅の続きを再開させる夫婦―――・・・
その仲は睦まじいばかりで、周囲りから見れば、誰もが羨むほどでした。
そして、宿を借りた家主に一通り礼を述べると、その足は「南」へ・・・と、向かうのです。
そう―――「南」へ・・・
「北」と「東」の間から来たと思われるその夫婦が目指していたのは、「南」・・・
「サライ・オデッセイア共和国」がある、「エクステナー大陸」だったのです。
それにしても、この「夫婦」は何者―――?
普通の旅人ではない事は、夫婦に宿を貸した家主にでさえ判りました。
異国の顔立ち―――
恵まれた体躯―――
気品さを伺わせられる立ち居振る舞い―――
本当は、どこかの異国の、上流貴族ではなかろうか―――
そんな「夫婦」が、一体何の目的をして、エクステナー大陸にまで足を運んだのか・・・
それは、サライ・オデッセイア共和国の都である、ユーニスに辿り着いた時、その一部が明らかにされようとしていたのです。
そんな折、当のリリアは、国の統治全般を、女王であるソフィアに押し付けると、自身はいつもの様に市井へと出ていました。
それと云うのも、どうやらリリアは、自分の引き際と云うのを弁えていたらしく、
今まで国を牽引していた官吏達を、大勢罷免させて―――自分だけは席を温める・・・
そうした誤解を与えない為にも、自らが率先して責任ある役目の一線から退いたのには、
これからの後事を取り仕切るソフィアの為にもならないとの、配慮の見方が多かったのですが・・・
本当の動機は、リリア本人にしか判らないわけであり、そのことも所詮は憶測に過ぎなかったのです。
そうした時に、「偶然」か果てまたは「必然」か・・・この両者は邂逅を果たすことになったのです。
ユーニス城のお膝下である城下町で、特に目立った行為をしていたわけでもないのに、周囲りとは異彩を放っていた為に、
街の治安維持並びに、警察権を行使する役人に呼び止められている一組の男女が居ました。
その現場を、通りかかったリリアが見かけ・・・
リ:おい、どうしたんだ。
警:ああ、これは・・・いえ実は―――
リ:ふぅん、なるほどな・・・この辺りの衣服ではないからか―――よし、お客人、もう行って構わないよ。
警:えっ―――ですが・・・
リ:いいんだよ―――それに、お前が職務に忠実なのは、この私が目にしたから、上から何か言ってきたら私に云えば済むことだ。
それとも何か、それでもこのお二人を強引に逮捕したい・・・って云うんなら、明日からこの私が、この人たちと同じ衣服を着てその辺を出回ってやるよ。
リリアは、この大陸全土を歩き潰したことによって、自然と「人を鑑る目」が備わってきました。
だから、この「夫婦」を一目見ても、この国に害意を持っているかどうかの判断が即座についていたのです。
しかし、リリア独自の判断によって、職務に重大な差し障りがあり―――と、役所の上層部から役人に対し、問責がかけられた場合、
迷うことなく自分の名前を出すように・・・と、温情をかける一方で、それでも頑なに、異国からの旅人を無闇に拘束する場合、
自分も咎人と同じ格好をする―――などと、少し皮肉がこもった事を述べたのです。
こうして、異国からの旅人である「夫婦」が関わった騒動は鎮静化し、それまで様子を伺っていた野次馬連中がその場から去ると、
徐に「夫」と見られる男性の口から、こんな言葉が―――・・・
夫:・・・見つけたぞ、ようやく―――
妻:それはようございましたな。
して、どうなさるおつもりです。
夫:待つ・・・さ、それに、お前も「待つ」のには、慣れているだろう・・・。
「夫」のその言葉に、「妻」は深く頷き、しばらくこの国に滞在する為の物件を検討するのでした。
そう・・・つまり、この「夫婦」には、ある「目的」があり、自分達が生まれ育った故郷を離れ、遙か遠くに在るこの国に来ていたのです。
しかもその「目的」も、「ある人物」に出会う事により、「夫」がその真贋を見極め、
足掛け「50年」にも亘った、「目的」を追求した旅が、この地で終焉ることを、彼自身の口から仄めかされたモノだったのです。
それにしても、この夫婦の旅の「目的」―――
実は、この「目的」の為だけに、夫婦の故郷では禁忌とされている「樹海」を突破し、その先にある「ロマリア大陸」を経て、この「エクステナー大陸」に辿り着いた・・・
「樹海」は、「ロマリア大陸」と「ある大陸」を隔てる、云わば「環境保護特区」の様なモノであり、永らくの間、「ロマリア大陸」と「ある大陸」の交流を阻んでもいたのです。
更に云えば、この「樹海」の一部には、あの「ヴァルドノフスクの杜」も存在していた・・・
と、くれば、あの夫婦の出身がどこかは、朧げながらも推察が出来てくるモノなのです。
そして夫婦は、翌日からその「目的」の為に、すぐさま行動を開始しました。
先日、自分達が困っていた処を救ってくれた恩人を捜すため、自分達を職務質問しようとしたあの役人に訊ねようとしたところ・・・
なんとその前に、「目的」の方から自分達の前に現れた・・・
もう少し素直な見方をすると、ここ最近のリリアは、街中で容易に見つける事が出来ていたのです。
そんなわけで、先日のお礼も兼ね、「夫」が、これから何かしらの用件で出かけようとしているリリアを引き留め、
自分達の「目的達成」の為、一歩前に踏み出したのです。
夫:昨日はどうも、難渋している処を助けて頂き、有難うに存じ上げます。
つきましては・・・お礼を返したいのですが、少しばかりお時間をよろしいでしょうか。
リ:ああ・・・誰かと思ったら、お前達は昨日の―――あの時は、被り物をしていたからよく判らなかったが・・・なんだ、取ると結構いい顔をしているじゃないか。
そこの―――奥方も・・・な。
それで―――なんだ、私に何か用なのか、だったら手短にしてくれよ。
妻:なにを・・・そんなに急いておられる、それは、今のそなたの格好と関係しておられるのかな。
夫:これ―――ああいや、気に障られたのなら勘弁下さりませ。
それに、これからあなた様が出かけると云われるのならば、ワシら夫婦もご同行させて頂きたいのですが―――いかがですかな。
リ:ふぅん・・・まあいいけど、私はリリア―――リリア=デイジィ=ナグゾスサールだ。
そう云うあんた達は・・・
妻:なんと・・・お主―――・・・
夫:ほう・・・あなた様も「リリア」と仰せですか、これはまた奇遇な・・・
いえ、ワシらの知人の中にも、同じ名前のお方がいましたものでしてな・・・
言葉の「綾」・・・少しの掛け違いで、争い事は絶えないモノ―――
実はその場も、そうしたことで少しばかり険悪な雰囲気になりかけたモノでしたが、ふとしたきっかけで・・・
その「きっかけ」も、互いの紹介を兼ねて簡潔に行おうとしていたところ、実に意外なことが判明してきたのです。
それが―――「リリア」・・・
この名前を聞いた途端、「妻」も、そして「夫」も・・・奇妙な縁が自分達を引き寄せたのだと思いました。
それに、何よりその名は、過去に自分たち二人が交流を深くしていた人物と同じだった・・・・
しかも―――リリアの方も、この夫婦の「夫」の名を知るに及び、同じ境地に達観せざるを得なかったのです。
=続く=