いつしか・・・ここ、エクステナー大陸では、一つの奇妙な噂が流れていました。
よく、他者の姿を模しながらも、決してそうではない―――・・・
而して、その事は、「変装」を得意としている人物の仕業では―――と、思ってしまうのですが、
或る者の証言によると、自分の知り合いの人間に、限りなくよく似た他人―――の身体に触れようとした瞬間、
その姿は、霧か霞のように消えてしまった・・・と、云うのでした。
そう―――つまりは、「幻影」か「幻術」を得意とする者の仕業であることが、この証言で明らかとされたのです。
第四十話;根拠なき風聞
とは云え、件の幻術師は、別段これと云って、悪行を重ねているようでもなく、実害としては報告された例がなかったのです。
しかし―――・・・
ここで、この国―――サライ・オデッセイア共和国の出身ではない、異国の二人に関しては、この噂に関してはそうではなかったようなのです。
それと云うのも―――・・・
市:―――御免候・・・
蓮:おお、どなたかと思えば、市子殿ではござらぬか。
未だ―――西洋の薫り、色濃く漂う、サライ・オデッセイア共和国にて、異国の・・・東洋の風情を醸し出す二人。
盲目の剣士こと、市子と―――リリアの食客、蓮也。
この二人の郷里は、奇しくも同じであったが為に、互いのことは勿論のこと、昨今噂に上がっている、例の奇妙な噂のことも、知っているのも不思議ではなかったのです。
それに、「例の奇妙な噂」の特徴に関しても、この国の人間達には不思議がられているようでしたが、この二人に関しては、意外とそうではなかった・・・
それと云うのも、市子に蓮也は、「例の奇妙な噂」の「大元」ともなっている、自分達の郷里で伝説ともなっていた、ある人物のことを知っていたから・・・
だからこの時も、渦中の人物が、「或いはそうではないか」―――と、云う、事の真意を糺す為に、市子が蓮也の屋敷を訪ねてきたことでもあったのです。
蓮:―――どうぞ・・・
市:では一服・・・。
―――良いお点前で・・・。
あたら客人でもある為、蓮也は市子を軒先に留めては置かず、何の用件で自分の屋敷を訪ねたのかを訊く為、屋敷内に招き入れたのです。
そして、永らくの慣習でもあった為か、五合ほどの間に設えさせた、接客の為の部屋に市子を通すと、手慣れた様子で、「もてなし」を仕立てたのです。
「茶道」とは―――サライ・オデッセイア共和国より、遥か東にある、市子と蓮也、共通の郷里で発達した、「嗜好」・・・。
特に、「侍」「武家」と云った階級の間で流行り、「名品」と云われる道具一式を、一揃えするのは、並大抵の努力(こうした場合、「資金力」と云う事になる)がなければならなかったのです。
閑話休題―――この時の蓮也も、自分が所蔵する一品で、市子をもてなし。
そろそろ、何の用件で、市子が自分を訪ねてきたのかを、質してみた処・・・
蓮:―――市子殿、よもや・・・とは思いまするが。
市:はい―――蓮也さんもお察しの通り、私が今日、ここを訪れたのは、件の噂の主のことなのです。
蓮:「本人と違わぬ幻影を創りだせる」・・・と、なれば、やはり―――
市:はい・・・私達の憶測に、過ちがなければ、彼の人物こそは―――
この二人が、件の噂の人物のことを、縦しんば知っていたとしても、口が憚られていた事実―――・・・
それは、この「噂の人物」こそは、自分達の郷里でも人心を惑わし続け、多くの金品を強奪し、それと同じくらいの人命を奪ったとされる、「極悪人」でもあった・・・
しかし、この「当」の「極悪人」は、現在よりも寧ろ過去の人物であり、その過去に、こうした悪人を取り締まる機関に捕えられ、衆目の中で、公開の処刑に晒されたことを知っていたのです。
だ、と、すれば―――?
今回の「噂の人物」とは、この「極悪人」を騙った、真っ赤な贋者ではないか―――と、云う事になるのですが・・・
実は、市子と蓮也は、更なる仮説を、この時導き出してもいたのです。
そう・・・それが―――この「畏るべき幻術の業を、現代に伝承する者」の存在・・・
もし、こんなモノが、現実として、脈々と受け継がれているとすれば―――・・・
そして、こうも思うのです。
だとしたら、なぜ「噂の人物」は、この国に入ってきたのか―――・・・
やはり、自分達の郷里では、手狭に感じてきたから、この国で、自分の幻術がどこまで通用するか、ひとつ試してみる為ではないのか―――・・・
などと・・・様々な思惑は交錯していたのです。
そうした折に、リリアが蓮也の屋敷を訪ねてきたのでした。
それも、一人の少女を―――・・・市子や蓮也と同じく、東洋の風情を醸している、そんな人物を伴って。
リ:おーい、蓮也―――いるか〜?!
蓮:おお、これはリリア殿ではござらぬか。
今日は珍しい日にござるな、実は市子殿も・・・
リ:おっ? なんだ―――市子も来ているのか、なんだ、手間が省けたな。
市:(?!)・・・・・・。
リ:―――ん? どうした、二人とも・・・、私の他に、誰か・・・
けれど、その事を、市子は訝しんだモノでした。
それと云うのも、その少女からは、少なくとも、自分達と同じような、「武家」の感じがしてこない―――
云うなれば、「民」のそれと、同義であることが判るのです。
だからそこの処を、そんな少女を連れ立ってきたリリアに、理由也を訊いてみたところ―――・・・
リ:ああ、そうそう―――ここの住人に、暴行を受ける寸前だったからな。
だから、不憫だと思って、助け出してやったら、ここまで付いてきてしまったんだ。
市:そうでしたか・・・。
それで―――そなた、名は・・・?
少:・・・・・・・・・。
リ:無駄だよ、市子。
そんな事は、ここに着くまでに、私が飽くまでやった・・・。
けれど、名前は愚か、今まで一言として交わしたことはないんだ。
この時、リリアに同行して、蓮也の屋敷を訪れた一人の少女。
この国の住人達に、某かの理由によって、自身の命を危うくされそうになっていた時に、偶々通りかかったリリアに救われて、
その事に恩義を感じて、リリアに同行しているものと思われました。
けれど、依然として、口を利いてくれない―――
だから、そう云った障害の持ち主ではないかと、思われたモノでしたが。
蓮也は、実はこの少女は、意図的にそうしているのではないか―――と、疑っていたのです。
それと云うのも、幼くもあどけない顔立ちなれども、時折見せる隙のない目配せ・・・
まるで―――「隠密」や、その類を生業としてきた者達の、仕草・・・。
そのことは、得てして市子の方でも感じているのではないか―――と、思われるのですが、果たして・・・?
片や、市子は普段から両目を塞いでいるので、周囲りの人間の一挙一動が、「自然」であるのか、またそうではないのか・・・が、判別できていたのです。
そして、そのとき市子が下した判断も―――『限りなく、「黒」に近い「白」』・・・
つまり、市子の内でも、この少女の、挙動の不審さは感じており、
とは云っても、それ以外では、件の噂以上の不審さは、感じなかった―――
恐らくは、この娘も、どこぞかの「忍」の流れを汲む者に、違いはない・・・
だけど―――・・・
そんな市子や蓮也にでも、一つだけ判らないことがありました。
それが、この少女の、「目的」―――
なぜ、リリアに同行し―――
なぜ、故郷離れた異国の地に来たのか―――
もし、この少女が、「忍」の者だとしても、里の長から、どう云った密命を帯びているのか・・・
総てが、「謎」に包まれたままだったのです。
=続く=