下着姿にされ―――石牢の壁に鎖で繋がれていたリリアの運命は、まさしく風前の灯火にも似たモノでした。
しかしそんな彼女を、あと一歩の処で救っていたのは、実際にリリアを捕縛したラスネール・・・
一個の生命を断たせる寸前まで追い込んでおきながら、中々そうはさせない―――
一見して矛盾だらけの彼の行動・・・ですが、実はこれには筋が通ってあり、彼自身―――最初に下った命の下、遂行していたにすぎないことだったのです。
それにしても・・・ラスネールに、最初に下った命―――とは・・・?
お忘れだろうか―――彼自身が崇めて已まない一人の人物から、直接承った下命・・・「南方の大陸の意思を反映できる者の探索とその保護」―――
そう・・・彼は、その事を忠実に護っているに過ぎなかったのです。
それも―――自分の「主」の前で・・・
プ:くぅ・・・っ! ええい―――離さんか無礼者!
リ:ラスネール・・・? お前―――そいつがお前の主じゃないのか?
ラ:フッ―――フフフ・・・ハッハッハッハッハ!
こんな下衆野郎がワシの「主」・・・だと? 冗談でも止めて貰えんか―――お嬢。
リ:え? いや・・・だって―――・・・
プ:このぉ・・・この私を下衆だとぬかしおるか! 崇高にして権威ある我がプロメテウスを侮辱すると―――
ラ:・・・おい、言葉に気をつけろ―――
お前みたいな安い奴が、「崇高」などと云う言葉を使っていいもんじゃねえ―――
今度その言葉を口にしてみろ・・・次は速やかに、そして確実に・・・お前と云う存在をこの世から抹殺してくれるからな・・・。
度重なるラスネールの不可解な言動に、業を煮やし始めたプロメテウスの官を、リリアは彼の者こそがラスネールの主ではないかと勘繰りを入れていました。
でも―――彼女の目の前で繰り広げられているのは、そんな事とは結び付かない裏腹なことばかり。
もし―――ラスネールが彼の者に従う者ならば、口答えや・・・況してや狼藉横行は働かない―――
しかも、リリアは先刻、ラスネールからこんな事を云われていたのを思い出すのです。
「実はな・・・このワシの「主」は、もうここに来ているのだよ』
「・・・ここに? いや、確かに―――ここには私以外には・・・あと一人、身売りの少女が・・・」
けれど―――眼の錯覚か・・・それとも自分の思い違いだったのか・・・
先程、その少女がいた筈の檻の中を覗き込んで見ると―――そんな者は最初からいなかったかのように、蛻の殻なのでした。
しかし、とは云っても―――・・・
ラ:フ・フン―――流石に中の異状を感じて群がりやがったか・・・
―――で・・・どうです? ワシの申してた通りになったでしょう。
リ:え・・・え―――? ナニ―――お前・・・一体誰に向かってそんな・・・
自分達の主人を護る為に、予め石牢の外で待機していたプロメテウスの兵士達が、石牢内の異状を感じ取り詰めかけてきたのです。
その数―――ざっと20名・・・
その内の数人の小脇に抱えられて、プロメテウスの官が口早に「奴ら全員を殺せ」―――と、囃したてる。
それに、今回の戦場は、「石牢内」と云う事もあり・・・かなり限られた空間内での戦闘となり得ることから、プロメテウスの兵士達は予め「ダガー」などの短剣を所持していたのです。
それに対し―――ラスネールは、相変わらずの大身の剣「ジャイアント・バスタードソード」しか装備していなかった・・・
これでは剣が石牢の壁に当たるなどして、邪魔になることこの上ない―――剩、リリアは未だ石牢の壁に繋がれたまま・・・
そんな時に、果たしてラスネールは誰に対して物申していたのか―――
ここにいるのは―――リリアと、ラスネール・・・そして・・・
第五話;侯爵
?:にゅふふ~ん―――♪ いやぁ~上出来、上出来♪
バルちゃんも、ようやく他人様のお役に立てるようになったんだぁ~ねいw
リ:・・・は?? ―――はい?!バ・・・「バルちゃん」??
ラ:やれやれ―――またそいつですかい・・・いい加減、止めて貰うわけにはいきませんかねぇ―――侯爵様。
第一、 未だワシの事を「ちゃん」づけで呼ぶもんだから・・・迫が、手前の方から足が生えて逃げて行っちまう・・・。
侯:にゅふふふ・・・そいつは悪い事をしたもんだぁ~ねい。
けど、バルちゃんはアタシが手塩に掛けて育ててきたサーヴァントさんだから、思い入れがつおいのも、とーぜんちゃあ当然なんだぁ~よいw
ラ:はぁ~あ・・・しまんねぇ―――これだからヤダだってつってたのに・・・けど、まあ―――しゃあねえか。
すると突然―――どこから現れたのか・・・少女が一人。
しかもその少女は、どことなく―――先程、檻の中に入れられていた身売りの少女のような・・・そんな気が、リリアはしてなりませんでした。
けれど・・・それはそれで結構なのですが―――どうもその少女と、ラスネールの会話を聞いて行く内に、この二人が「主従」なのではないかと云う気がしてきたのです。
とは云っても、それは不釣り合い―――いくら百歩譲ったとして、従者である事は判るにしても、年老いた者を子供扱いするとは・・・
普通ならばそれが逆―――ラスネールの年齢ならば、孫の一人や二人がいてもよさそうなものなのに、そんな彼を子供扱いするこの少女とは・・・一体何者―――?
その核心に迫るのには、ラスネールから紡がれたある言葉・・・「侯爵」―――
「公爵」「侯爵」「子爵」などは、ある一族の間で世襲されており―――中でも取り分け、今回は一族の内でも公爵の次に実力がある者が、
実に10年も前から、自分の従者と共にこの大陸を訪れていた―――・・・
そしてこの大陸を訪れて3年―――侯爵のお眼鏡に止まったのが、「オデッセイア」と云う国の姫君・・・リリア=ディジィ=ナグゾスサール―――
その彼女が、侯爵やラスネールの主が云う―――「南方の大陸の意思を反映できる者」かどうかを見極める為、本格的に張り付きだしたのが凡そ7年前・・・
そう―――リリアが、不審な視線を感じ始めた頃のことだったのです。
つまり、事の発端はここにありました。
さある勢力の意向を受けた、その一族の「侯爵」である「マキ=キンメル=ヴァルドノフスク」が、リリアを見定めたその瞬間から・・・
まあ―――確かに、(リリアに)熱を入れ込み過ぎている感は否めなくはありませんでしたが、彼女一人が戦場に投入されただけで戦局は大きく変わろうとしていたのです。
それに―――彼らは知らない・・・この狭い戦場の・・・それも最前線に立つ、少女の実力を・・・
とある一族から、脈々と受け継いだ―――闘争の系譜を・・・
リ:ああっ―――ちょっ・・・危ない! あんな小さい子を前に出すなんて・・・どう云うつもりだ!!
ラ:フ・フ・フ―――どう云うつもりも何も、闘りたいって云ってきたんだぜ・・・侯爵様自らが・・・な。
それに、ワシ如きが出しゃばった日にゃ、あとできつぅ~いお灸をすえられちまうからな―――危うきに近寄らずと云った処よ。
ラスネールが強い事は、リリアもよく心得ていました。
なにより―――自分を無傷で捕えて、石牢に繋げたのは彼自身なのだから・・・
そんな彼をしても、遠慮がちにさせてしまう―――侯爵と呼ばれたこの少女の実力とは・・・
すると侯爵・マキは、身に纏っていた布衣を投げ捨てると―――そこには・・・上背が低いながらも、よく締まった身体つきをしており、なんと肌が青白かった・・・
あれはどこか身体の調子が悪いのではないか―――と、リリアがラスネールに訊ねると、彼方からはあれがその一族の証しだとも云う・・・
そう―――マキの一族・・・ヴァンパイア・・・だと。
マ:さぁ~ってっと―――ん・じゃ、そろそろおっ始めちゃいましょうかね♪
・・・と、そのまえに―――ほいよ、ごくろーさん。
リ:あっ―――・・・どうして?
マ:いや、まあ~ね、今からここ血生臭くなっちゃうから―――それに、リリアちゃん巻き添えにしたくないっしね。
それに元々・・・こいつら色々鬱陶しかったんで、この辺で片付けちゃお~かな~~なぁんて・・・
あ―――だからと云って、こいつら誘き寄せる為だけにリリアちゃん囮にしたんじゃないんだよ?ホントだよ?
そして、これからの闘争の景気づけ―――とでも云うように、壁に繋がれたリリアを解放してやると、下着姿だった彼女に可愛い衣装まで着させてくれた・・・
しかも驚くべき事は、それら総ての事象は、たった一つのマキの指鳴りによるもの・・・
人間だった時分には、備わっていなかった膨大なまでの魔力―――
それが出来ると云う事は、ヴァンパイアであると云う証し―――
紛れもなくマキは、我々が知らない間に、立派なヴァンパイアになっていたのです。
=続く=