「カツ―――コツ―――カツ―――」
階下から、階上へと昇る、木製の段を踏みしめながら、今度こそ、この家の主である人物が、しのの容態を見舞いに来ようとしている。
「一体、どんな人なんだろう―――・・・」
半分期待、半分緊張をしながら、しのは、その人物と対面する瞬間を待ちました。
そして、この部屋の出入り口の扉が開かれると、そこには―――・・・
主:気分は・・・いかがですか―――
この家に居候をしている四人(+一名)が、無意識の内のどこかで畏敬の念を抱いている、この家の主・・・
しかし、しのが、一見で得た印象は、全く異なっていました。
少数ながらも、複数を纏め、自分の云い分を、他の個性に云い聞かせることは、簡単そうに見えて、実は難しい。
しのも、九魔の里で、小隊を受け持っていたことがあったから、そこの処の事情は判っていました。
それに、得てしてそうした役割に就くからには、部下よりも偉そうにしていなくてはならない・・・
そうしないことには、部下から嘗められ、自分の命令に従わず―――結果、帯びていた任務を失敗してしまう事にも成りかねない・・・
そのことは同時に、忍の世界に措いては、最も致命的なことであり、最悪の事態では「死」すら意味していたのです。
けれど―――・・・
不思議なことに、しのを見舞う為に訪ねて来たのは、
拍子抜けするほど、嫋にて、あえかなる存在だった―――
極端に云ってしまえば、とても上に立つ様な人物には見えなかったのです。
だからなのか・・・すっかり毒気を抜かれてしまったしのは、素直なままでこう述べるしかなかったのです。
し:あ・・・は、はい―――大丈夫・・・です・・・。
主:まあ、それは良かった。
実はわたくし、あなたの事が気懸かりで、会合の時でも気が漫ろだったのですよ。
ス:フ・・・「気が漫ろ」―――とは、モノは云い様ですな。
第一、今回も、そんなには重要なことは話し合われなかったのでしょう。
主:ウフフフ・・・どうやら、痛い処を衝かれてしまったようですわね。
ところで、落ち着きましたら、あなたのことを色々と聞かせて下さいな。
脹脛まである、菫紫色の長い髪―――
情熱的な、真紅の双眸―――
なにより、透き通るかのような色をした肌に、しのは魅了されていました。
絶世の美女かと思えるほどの美貌を持ちながらも、その人が微笑んだら、まるでそこから光が零れてくるかのようだった・・・
だから、思わずしのは―――・・・
し:なんて、綺麗なんだろう・・・
主:・・・えっ? あの―――なんです?
し:えっ? あっ・・・いや、その―――なんでもありません・・・
しのにしてみれば、独り言のつもりだったのでしょう・・・
けれど、その「独り言」は、呟きにすらならず、はっきりと、相手に聞こえるまでの声量で発してしまっていたのです。
そのことに、自分のことを褒められたのだと感じたその人は、頬を赤らめながらも、少し困った表情になりました。
しかし、この表情が、またなんとも云えないくらい可愛らしかったので、ついつい、またそう云い放ちそうになったのですが、
しのの方でも、これ以上誤解を招きかねないことは避けたかったので、どうにか寸での処で思い留まったのです。
そんな現場の状況を鑑みて、事態があまり思わしくないと判断したのか、この人物が・・・
ス:それより、今回話し合われたことを、階下で聞くことにしましょう。
こう云った場面での対処は、場数を踏んできている事もあり、弁えているスターシアが、
「東の評議員」でもある、この家の主に、今回、パライソ国で開催された「会議」の内容を、話して貰うように促せたのです。
これにより、しのの病室に集まっていた、この家の居候達(+一名)は、階下の特定の部屋に集まることになり、
これまで賑わっていたその部屋は、急に寂しくなったのですが・・・
そのことに、しのは少なからず安堵をしていました。
土地柄や風土―――習慣・・・人や、物でさえ判らない、況してや、見るのも初めて・・・
けれど、職業柄、そうした興味は尽きぬことはなかったのですが、いざとなると、怖さだけが先に立ってしまった・・・
世間は、こんなにも広い―――
しかもそれは同時に、いかに自分達が、狭い地域内で鬩ぎ合ってきたかが伺われたのです。
そして、どうしても―――と、里を抜ける際、それまで自分を育ててくれた、里の長老から、諌められた言葉・・・
「わしらには、まだ早い―――」
自分の父を殺され、憎しみで頭が一杯になっていた時、そんな言葉は、「及び腰」の何者ではないと感じていましたが、
それが、今になって思う―――やはり、里の長老である、「おじぃ」の云う通りにすべきだった・・・と。
その為に、後悔の念からか、しのの頬には、一条の涕が伝っていたのでした。
それはそうと、この家の階下では―――
セ:で・・・上からは、なんだって―――
評:実は・・・「北の大陸」に、新たな動きがありました。
ス:「北」―――と、云えば、「ツィクル」なる国家が、一大勢力を誇っていた・・・と、聞いていたが。
ル:でも・・・確かその国は、大皇様からの怒りを買い、一方的に援助を打ち切られたとも聞いていますが・・・
サ:うっへ―――相も変わらず、容赦ないねぇ。
単なる、経過措置のみの話し合い―――だけかと思っていたら、
今となっては、唯一、統一が立ち遅れている、「北の大陸」―――「エグゼビア」・・・その地での現状が、話し合われていたようでした。
「それにしても、一体、階下で何が話し合われているのだろう・・・」
情報―――殊の外、間諜に携わっている事もあり、しのは、階下で話し合われている事に、興味が湧いてきていました。
どんな内容なのだろうか・・・聞くだけでも聞いておきたい―――そうした、忍としての性に正直なしのは、
取り敢えず、任務に就いていた時のように、足音を忍ばせて、この家の人間(+一名)が集まっている、この家の階下の特定の部屋に寄り付き、
そこでの、会話の内容を盗もうとしていたのです。
そして、期せずして、内容は、「エグゼビア大陸」での、新たな展開の話しへと移り―――
評:ですが、その影響で、「ツィクル国」は衰退・・・代わって、勢力の版図を伸ばしてきたのは、「トロイア」と云う名の国家だと云う事の様です。
サ:「トロイア」・・・そいつは、どんな国家なんです―――「J」。
大皇からの怒りを買い、パライソ国からの援助を打ち切られた国家の末路とは、まさに画に描いたかのように衰えたモノでした。
その、そもの原因も、国家の危急に、真摯に向き合おうとしている官吏もおらず、只、自己の保身に奔る者達ばかり・・・
それでも大皇は、「一人でも良い・・・自分の側にいる、タケルや婀娜那のような忠臣が、いるはずなのでは」―――と、一縷の望みに賭け、援助を惜しまなかったのですが・・・
今、公表された事実からも判るように、真実を知ってしまった大皇は、怒りを露わにし、
当時、パライソ国を訪問していた、「南」からの客人を前にしても、「ツィクル国」の外交特使に、「国交の断絶」及び「国権の剥奪」を云い渡していたのです。
そして、その「結果」―――と、しての、新たなる勢力の台頭・・・
而して、その新国家が、自分達の新たな希望になり得るのならば、これ以上の、自分達・・・殊の外、大皇の頭痛の種は、無くなると云うモノなのですが・・・
子爵・サヤが、エグゼビア大陸の新興勢力―――「トロイア国」のことについて、詳しく聞こうと、「東の評議員」個人の名を、明らかにしようとしたところ・・・
し:―――あっ・・・
ス:そこでなにをしている・・・
部屋の外の異変を感じ取り、スターシアが、しのが聞き耳を立てている扉を開けてみると、
そこには、盗み聞きをしていたことがバレてしまい、バツが悪そうにしているしのの姿が・・・
しかも、事の不祥を見つけたスターシアからは、凄まじいまでのプレッシャーが、しのに与えられていたのです。
すると―――・・・
J:・・・お待ちなさい―――
ス:(!)しかし―――・・・
J:いいから・・・。
それにしても、いけない子ね。
わたくしたちの話しを、盗み聞きするなんて―――
返す言葉もない―――
事実、しのは情報を盗むことに、失敗をしてしまったのだから・・・。
だからこの上は、どんな罰でも、甘んじて受けなければならない―――
任務の達成とは、本来ならば、自分の生命を賭して然るべき・・・もし、それが出来ないのであれば、忍としては、末代の恥晒しなのだ―――と、父からは厳しく教えられていたこともあり、
だからこそ、しのはそこで観念をしていたのです。
ところが―――・・・
第五十一話; J F K
J:・・・ところで、そう云えば、わたくしたちは、あなたの名前を、まだ聞いていませんでしたわね。
斯く云うわたくしは、ここにいる皆さまからは、J―――JFKと、呼ばれています。
し:ジェイ・・・エフ・・・ケイ? 私・・・は―――
・・・いえ、「ボク」の名は、しの―――加東紫乃と、云います。
厳しい言葉で、叱責を受けるものかと思っていたら、それとはまったく違った対応・・・
実は自分達は、未だお互いが誰であるとも知らないままであることを察した「J」からは、
本人の口から、恐らく彼女自身の名前を紡いだはずなのですが・・・
なぜかそれは、しのの耳には、何かで変換されているかのように聞こえたモノでした。
代わってこちらでも、自分がどう呼ばれていたかの「名前」―――と、同時に、
自分のことを相手に伝える時の為の「一人称」を、敢えて飾らずに伝えてみたのです。
そしてそれは・・・知らない者同士が、互いに歩み寄る第一歩―――
こうしてしのは、自分でさえ知らない、未知の土地・・・「ロマリア大陸」での、
父の仇敵を追い詰める、第一歩を踏み出したのです。
=続く=