階下で、スターシアと「J」が、今回の一件の諸々を話し合っていた頃。
等しく階上でも、しののお召し替えが終わり、階下にいる二人にお披露目をしてみた処・・・
ス:おお、どうやらそちらも―――
J:あらっ、まあっ。
一刻でも早く、こちらの空気に馴染んでもらう為、それまでしのが着ていた「着物」から、ルカが見立てた「服」に着替えさせたところ、
予測を越えた格好に、スターシアは呆れ、「J」は頬を緩ませたのです。
それに、しのも、この服には不満があるらしく・・・
し:ちょっとこれ・・・どうにかなりません?
なんだか、動き辛くて―――
元来、忍であるしのは、動き易さ重視で装飾などを択んでいたものでした。
その為、袖や裾も短めなものが多く、二の腕や腋は勿論、太腿も大胆に露わとなっていたのです。
けれど、今回ルカに着せ替えて貰ったモノは、スターシアやルカと同様に、裾の長いスカートに、袖の長いドレス・・・
だから、しのにしてみれば、動き難いこと、この上ないのですが―――
ですが、スターシアからの反応は、寧ろ喜ぶべき様なモノではなかったようです。
それと云うのも―――・・・
ス:くぉら!ルカ!! お前は一体、何を考えているんだ!
ル:ええっ?!
・・・でも―――私は、こっちの方がいいと思ったんですけど・・・
ス:こんなのがいいはずがないだろう!
それより、セルバンテスにサヤにヨハン! お前達は、この格好に対して何の意見もしなかったのか!?
セ:ケケケw 「意見」も、なにも、ラゼッタ―――この娘の格好は、お前の趣味を反映してるじゃねぇかw
サ:そうそうw それをさぁ~~w私ら如きが、「意見」出すなんてなぁ~~ヨハンw
ヨ:へへへ―――そう云う事w 大体、ルカ姉は、ラゼッタさんの若い頃そのままなんだしさぁ、仕様がないよね~~w
ス:キ・サ・マ・ら~~・・・ふざけるのも大概にしろ!
私達は、異邦人でもあるこの娘が、この大陸に馴染むような格好にしてやれ―――と、云ったんだ!
それを・・・これでは、馴染むどころか・・・
J:あら、でも可愛らしくっていいじゃないですか。
わたくしは、こう云った趣味は、嫌いではありませんよ。
元々、ルカ某は、「大公爵」が、「龍皇・スターシア」の血を採取したことで創り上げた、云わば一種の「形代」のようなものでした。
それに、その原理は、現在の「セルバンテス」や「ヨハン」にも、同じ事が云えていました。
つまりは、この部屋にいる七人もの存在の内、実在しているのは、「J」と、しのと、サヤだけだったのです。
それに・・・更に云うならば、スターシアとルカは、元の素材が同じ―――縦しんば、成長をしていたとしても、「性格」や「趣向」などは、変えようがなかった・・・
だから、そこで、スターシアが否定的な立場をいくら取ろうとも、虚しいだけだったのです。
とは云え―――その時の、しのの格好・・・
まるで、どこかの国のお姫様の様な、フリル付きのスカートにドレス・・・キラキラと光る装飾品などは、スターシアからの猛反発を受けて取り外され、
急遽、こちらで普及している、普通の―――綿製のワンピースとエプロンに、取って代わられたのです。
ス:・・・これでいい―――全く、お前達に任せていたら、収まるモノも収まりはしない・・・。
サ:ア~レレw 無理しなくてもいいのに―――w
セ:あいつ、後で絶対後悔することになるぜww
ル:あ~あ・・・勿体ない―――
ヨ:そ~だよ・・・絶対さっきのが、受けがいいって。
ス:コラ!そこ!! 外野は黙っとらんか―――!
それより「J」・・・この娘に、やるべきことを―――・・・「J」??あんたまで何を・・・
J:え? ああ―――先程、携帯式ので撮影した映像、ジョカリーヌに転送しておきました。
あの方も、ああ見えて、結構な可愛らしい物好きですからね。
この「組」で正常な判断をしているはずなのに・・・これではまるで、自分一人のみが異常―――異端な判断をしているのでは・・・と、さえ、思ってしまいました。
それはそれとして、姿・格好だけは、この大陸に住まう娘達と、少しも変わらなくなったしのに、初めて与えられた仕事―――と、云うのが・・・
し:は・・・あ、ここ―――って、「お店」だったんですね。
それにしても―――色んな種類の植物があるなぁ・・・。
表向きは、彼らが居住をしている建物は、種々様々な「花」を売る、「花屋」を営んでいました。
お店の名は、『フォゲット・ミー・ノット』―――
その店内の、整理と清掃が、しのに最初に与えられた仕事だったのです。
それにしても・・・しのはやはり、普通の娘とはどこかが違っていました。
その事は、先程の、しのの科白にも含まれていたのです。
普通ならば―――棚に陳列されている「花」を、「そう」だとは認識せず・・・もっと大きい括りでの「植物」だとしていたこと・・・。
けれど、しのがそう云ったのも、はっきりとした理由があり、最大の原因としてあげられるのが、やはり・・・しのが、「忍」だと云う事。
早い話し、この職業の根幹として挙げられるのは、得てしてその「植物」が、「毒」になるのか、「薬」になるのか、果てまたは「食べ物」として、命を繋ぐ糧となり得るのか―――
そんな知識が、最優先されたからなのです。
そんなしのが、この「花屋」に来てから、数週が経ち、しのの素朴で気立ての良さが、立ち所に評判となり、
現在では、しの目当てに、足繁く通ってくる固定客が付き始めた頃のお話し―――・・・
この店に、しのが出るようになってから、初めて見る常連客が来店し、
その日、店の当番をしていたしのに、ある事を訪ねてきたのでした。
第五十三話;ツアラツストラは斯く語りき
客:・・・お邪魔するよ―――
し:ああ―――はい、いらっしゃいませ。
何か所望の品がありましたら、なんなりとお申し付けください。
客:ああ―――ちょっと、済まないが・・・ユリアさんはいるかね?
し:(え・・・?)はい? 「ユリア」―――? ボクの名前は、しのになるんですけど・・・
客:はは―――そうか・・・では、すると君が、ここ最近で評判となっている、この店の五番目の店員さんだね。
そうか・・・彼女はいないようだな。
し:あの―――ご用件があるのでしたら、代わりにボクが聞いておきますけど・・・
客:ははは―――いや、それには及ばんよ。
私も、近くまで来たから寄ったまででね。
どうやら、お邪魔をしたようだね。
し:・・・あ・・・っ、しまった、名前を聞いとくのを忘れちゃった―――
不思議・・・と、云えば、不思議な感じのするお客でした。
見かけは初老の男性で、話し方も物腰柔らか、だから、取り立てて怪しむ事もなかったわけですが、
その来客が云っていた、特定の人物名を指す、「ユリア」―――
一体、誰のこと・・・
しかし、しのには、すぐに目星がつきました。
この店の内で、固有の名前が判っていない―――「J」とか「JFK」と呼ばれている人物・・・
そこでしのは、所用から戻ってきた、この店の主に、その事を訪ねてみることにしたのです。
すると、「J」は―――これから、しのからなされる質問よりも前に、その質問の「きっかけ」ともなった、謎の客の来訪を感じ取ったのです。
し:あの、済みません・・・一つ、訊ねてもいいですか―――
J:(ヴェネディクト・・・)なるほど、彼が来たと云う事は、転送された映像を見た「彼女」が、わたくしに相談がある―――と、云う事の様ね・・・。
それに、しのさん、あなたがわたくしにかけている疑問から、お応えしなければなりませんでしょう・・・。
わたくしの―――現在の名は、ユリア・・・「ユリア=フォゲットミーノット=クロイツェル」と、申し上げます。
し:ユリア―――「フォゲット・ミー・ノット」?? このお店の名前・・・
ユ:それにね、しのさん・・・。
あなたが、このわたくしに対して、一番に疑問を感じていたのが―――他は、「スターシア」や「サヤ」「セルバンテス」・・・と、固有の呼び名があるのに対し、
どうしてわたくしの時だけが、靄がかかったかのような聞こえ方をしていたのか・・・
だって、あなたは、わたくし達の間では、赤の他人ではあるし、果たしてそのような存在に、最初から総てを明かして良いモノなのか・・・
そこの処は、「忍」であるあなたが、一番よく心得ているはずなのですよ。
そう・・・つまり、結論から述べるとすると、これまでしのには、あるプロテクトが掛けられていたのです。
それにしても、一体、いつ―――・・・?
お忘れでしょうか、しのが、ロマリアへ来た経緯を―――
彼女は、ここへと初めて来た時、自らの意思ではなく、広大なエクステナーの原野で、途半ばにして行き倒れていた処を、サヤに救い出されて連れてこられた事を・・・
そして、体力が衰弱していた彼女を救う為、ユリアのアーティファクトである「ツアラツストラ」が使用された事を・・・
そう―――ユリアは、しのを救うに際して、最初から総てを明かすべきかどうかの判断に迫られていたのです。
そして、辿り着いた結論が・・・予め、ツアラツストラには、ユリア自身のことを判り難くする為、
ユリアの名が呼ばれた時、しのの耳に届くまで、「イニシャル」に変換する信号を発信していたのです。
しかし、いつまでも、このような関係でいると云うのは、ユリアが望んでいたわけではなく、
ならば―――このプロテクトを解く鍵を、誰しもが、案外見落としがちな処に設定しておいたのです。
その、一つの契機となったのが―――今回の、あの「謎」の客・・・
この、ロマリア大陸の人間ではない―――ユリアに用件のある人間のみが、ユリアの名前を口にした時、このプロテクトが外れる・・・
そうした仕掛けがなされていたのです。
=続く=